ソーシャルネットワークはビジネスに使えるか?
シリコンバレーにアルファ・ディテールという医療関連のIT(情報技術)ベンチャーがある。一般に、薬の販売では、セールスマンが医師を訪問して効能を説明するディテーリングという手法が取られるが、これをインターネットで代用しようというものだ。
薬や医療機器などのマーケティング調査もする。製薬会社等を顧客とし、医師や看護師などに情報を提供したり、彼らを対象としたオンラインアンケートを行う。
さて、そのアルファ・ディテールが最近始めたサービスに「キー・オピニオン・リーダー調査」がある。特定の医療分野で、影響力を持つ「キーマン」のマッピングを行う、というものだ。「この分野の疑問は誰に聞きますか」といった質問をオンラインでアンケート。その結果を統合すると誰がキーマンかわかる、という仕組みだ。
製薬会社が薬を売るとき、キーマンに「この薬はいい」と認めてもらえれば、そこから草の根的に情報が伝わる。情報が伝わるだけでなく、「あの人が言うなら」という「お墨付き」も加わる。製薬会社は、こうしたキーマンに集中的に営業をすることができれば、大勢のセールスマンを繰り出し、じゅうたん爆撃的にすべての医師にセールスをするよりずっと効率が良い。
最近、「ソーシャルネットワーク」と呼ばれるオンラインサービスが盛んだ。「誰が誰と知り合いか」という人間のネットワークをオンラインに落とし込もうというもの。ユーザーは自分のプロフィルと、誰が知人かを登録する。
結果として「誰かに紹介してもらうには誰に頼めばよいか」がわかることとなる。「デジタル芋づる」とでも言おうか。ソーシャルネットワークは、日本ではより「遊び」の色彩が強い形で進行中だが、アメリカではビジネスのネットワークを主体としたものが多く、企業内システムとして販売されるケースもある。
アルファ・ディテールのキーマン調査は、ソーシャルネットワークが直接ビジネスになるという好例だ。
しかし、このキーマン調査がそのまま日本で受け入れられる可能性は低いのではないか。というのも、日本では、医療のみならず多くの業界は一部の「著名人」を頂点としたピラミッド状になっており、その「著名人」が誰かはその業界の人なら誰でも知っている、ということが多い。であれば、あえてオンラインで調査するまでもない。
一方、アメリカでは、専門領域が非常に細分化されており、それぞれの領域で権威が存在する。しかも若手でも短期間の間にめきめきと台頭する人がいるのに加え、大学・ビジネスの双方で人材が流動する。結果として、アメーバ式にネットワークが広がり、しかもそれが常に変化する。
さらには、日本では肩書が重要だが、アメリカでは個人が重要、ということもある。どんな会社・大学のどんな肩書を持っているかよりも、個人としてどれだけ信用があるかが問われるのだ。
そんな日米のビジネス慣習の差が見え隠れする「キーマンネットワーク調査」であった。
11 月 26, 2004 in 日経産業新聞 | Permalink
巧妙化するネット犯罪
十月になって、立て続けに二つの法案が米国議会で可決された。いずれもインターネット詐欺に関するもの。いかにサイバー犯罪がアメリカを悩ませているかを象徴するできごとだ。
インターネット上の犯罪行為は飛躍的に増えている。たとえば「クリック詐欺」。サイトに広告を掲載、それがクリックされれば広告料が入るという仕組みを利用し、自動的に広告をクリックし続けるプログラムを書いて広告料を人工的に増やすというもの。また偽のメールで一般のインターネット利用者から金をだまし取る手口もある。
そして今大きな問題になっているのがphishing(フィッシング)だ。password harvesting fishing(パスワード獲得探索)の頭文字をとったもの。電子メールのパスワードを聞き出すという比較的害の少ない犯罪に端を発し、最近では銀行口座やクレジットカードの番号、社会保障番号などを奪い取る悪質なものに発展、預金を勝手に引き落とされる、クレジットカードを盗用されるといった被害が広がっている。
被害総額は年間五億ドルから二十億ドル超と様々な調査結果があり、未だ正確な数字はつかめていない。しかし、かなり控えめな調査でも多くの被害者が出ている実態が明らかになっている。
実にインターネットユーザーのうち一五%が個人情報を盗まれたことがあり、二%は金銭的損害を受けた、というのだ。損害の平均金額こそ百十五ドル、一万円強と小さいが、ユーザーの六―七人に一人が情報を盗まれたことがあるというのは尋常な数字ではない。
フィッシングでは、ユーザーがコンピューターをどうタイプするかを自動的に記録して収集する「キーロガー」という手段も利用される。しかしこれは、自分のコンピューターにキーロガーのプログラムが忍び込んでいなければ起こらない。
一方、多くのユーザーがだまされるのは古典的な「メール詐欺」だ。「料金未納であなたのインターネット接続が使えなくなるので、今すぐクレジットカード番号を連絡するように」といったメールにうっかり返答、それが詐欺師の手に渡るというもの。本物の銀行やプロバイダー(ネット接続業者)のロゴやメールアドレスを使ったりしていて、一見しただけでは詐欺とは思えない巧妙な手口である。
私も様々な詐欺メールを受け取るが、中には持ってもいない銀行口座が凍結された、という笑えるものもある。一説によれば受け取った人の五%近くが返答してしまったフィッシングメールもあるとのこと。日本の「オレオレ詐欺」同様、「自分だけはだまされない」と思っていても引っかかることもある。
英国リバプール・ストリート駅の事務員アンケートでは、「チョコレートと引き換えだったらパスワードを教える」と回答した人がなんと七一%もいた。インターネット犯罪を防ぐためのソフトウエアがあちこちで開発されているが、その前に利用する人間の側がもう少し慎重にならないといけないようだ。
10 月 18, 2004 in 日経産業新聞 | Permalink | コメント (0) | トラックバック
質問の答え、ネット上から検索 個々の「知識倉庫」活用
マイクロソフトがAsk MSRという開発プロジェクトを進めている。MSRはMicrosoft Research(マイクロソフト研究所)の略で、マイクロソフトらしい直球の名前だ。「マリリンモンローはいつ生まれたのか?」といった自然文をインプットすると、インターネット上から答えを探してくる検索ツールである。
Ask MSRはこんな仕組みになっている。
1) まず、元の文章を分解し、その中の言葉を組み合わせていろいろな構文を作ってみる。機械的に行うので、間違った構文ももちろん誕生するが、「マリリンモンローが生まれたのは」という正しい構文も中には生成される。
2) 全ての構文で、インターネット上を検索する。
3) いろいろな検索結果が返ってくるが、間違った構文を含むページは少ないので、この時点で間違った構文は消えるので問題ない。また、正しい構文でも間違った記述をしたページが検索されてしまうこともある。しかし、インターネット全体を見れば、より数多くあるのは正しい答えのほう。よって「マリリンモンローが生まれたのは1926年」という正解が検索結果の上に表示される。
マイクロソフトの開発者は、「検索結果の上位3位に正解がある確率は75%」としている。試しにGoogleで「Marilyn Monroe born」という三つのキーワードで検索してみると、上位には正しい答えが記されたページが並ぶので、確かにAsk MSRは機能するだろう。
これまでも「自然文検索に正しい答えができるようにしよう」という試みはたくさんあったが、それは人工知能を利用するものだった。そして、通常その答えの源泉は、注意深く作り上げたデータベースだった。ところが、Ask MSRが利用するのは「インターネット上に圧倒的多数の人々が作り上げた知識倉庫」である。つまり、「インターネット上には、世界中の大勢の人たちが情報を掲載している。ただ、そのほとんどは無名の人たちによるものだし、真偽のほども定かではない。しかしその量の膨大さから、全体としてみれば、より正しく有益な情報が浮かび上がってくる」という事実の活用だ。
最近では、ごく普通の個人でも簡単にインターネット上に自分のホームページを持つことが可能になった。中でも毎日のようにさまざまな出来事を書きとめるものはブログと呼ばれるが、ブログはその作成の簡単さもあって、爆発的に増加しており、私自身も2年近く続けている。私のブログでは読んだ人は誰でも自由にコメントが追加できる仕組みになっているのだが、いつも感心するのは、どんな質問を投げかけても、必ずといっていいほど誰かが答えを返してくれることだ。また、私が書いた内容に関する興味深い情報を教えてくれる人もいる。
IT関連で著名なコラムニストのダン・ギルモアもブログを持っているが、彼は昨年、自身の書く本の骨子をブログで公開、さまざまな人からのフィードバックを受けた上で最終稿に持ち込むという手法で執筆中。「インターネットを始めとした新たなメディアの誕生でいかにジャーナリズムが変わりつつあるか」がテーマで、うち一章はインターネットを利用した本の執筆プロセスそのものに割かれる予定だ。
どれほどの専門家であっても、個人が知ることのできる量には限界がある。そしてインターネットの向こう側には、たとえ個々の知識は断片的であっても、全体としては壮大な知識が広がっている。Ask MSRはこの新たな知識の海を活用する試みとして注目に値するだろう。
9 月 7, 2004 in 日経産業新聞 | Permalink | コメント (3) | トラックバック
テロリストとインターネット
The 9/11 Commission Reportと称される本がオンライン書店Amazon.comのNo.1ベストセラーになっている。7月22日に発表された9/11についての公式調査結果だ。長い時間をかけて詳細にまとめられた報告書は600ページ近い大作で、しかも政府の調査結果というお堅い読み物にもかかわらず、非常に読みやすく、テロリストの人間味あふれるエピソードにまで触れ、ベストセラーとなった。
こうした調査でも明らかになってきているのが、テロリストたちがいかにインターネットを駆使しているかだ。
まず、テロ組織はプロパガンダを広める場としてインターネットを活用している。ウェブサイトやメーリングリストを通じて、賛同者へのスローガンや、国際的なメディアに対する声明文が発表される。また、時には、敵対国市民に対して心理的攻撃を仕掛けるツールとしても利用される。捕虜の処刑といった残忍な映像を見せたり、将来の攻撃をほのめかすことで恐怖を喚起する、といった方法がそれだ。さらに、インターネットは資金調達の場でもあり、賛同者が募金を送ることができる銀行口座が掲載されたり、クレジットカードでの募金受付が行われたことまである。
また、新メンバーのリクルートにもインターネットは活用されている。世界のチャットルームや掲示板を観察し、自分の組織に賛同する意見を言う人を見つけ出して連絡をとるのである。
インターネットはまた情報収集の場でもある。飛行場、港湾設備、発電設備、高層ビルといったさまざまな施設に関して、詳細な情報がインターネットから収集できる。アフガニスタンで発見されたアルカイダの訓練マニュアルには、「パブリックな情報のみで、攻撃に必要な情報の80%は収集できる」と記されており、テロリストたちが深くインターネットでの調査を進めていることがわかる。
そして、ひときわ重要なインターネットの役割が、テロリスト間の連絡の手段だ。通信の匿名性、迅速性、世界中どこからでも使えるアクセスの容易さ、といった特性を生かし、Eメールやチャットルームを駆使した連絡が行われている。こうして個々のテロリスト間の連絡が容易になったことで、テロ組織の形態までが変わりつつある。「一人のリーダーをトップとしたピラミッド上の組織」から、「世界に点在する自立した小規模なグループ」へと変化しているのだ。結果として、組織の一部が機能しなくても、他のグループは自立して行動を続けることができるという強靭さが生じ、アメリカ本土への同時複数攻撃という大胆な攻撃も可能になった。
「インターネットは従来の紙ベースの文書や、電話、ファックスを代替する手段ではなく、全く新たな組織の形や仕事のあり方を実現するもの」とは良く語られるが、果たしてそれを実践している企業はどれくらいあるだろうか?だいぶ減ってきたが、いまだにEメールアドレスに部署名が含まれている会社もある。異動のたびにメールアドレスが変わるようでは、「個人は組織のパーツ」という従来型のピラミッド組織のままなわけで、インターネット型組織になったとは到底いえない。
ITからは程遠いように思われるテロ組織ですらインターネットを最大限に活用、組織の形までも変えている。あなたの会社はついていけていますか?
8 月 10, 2004 in 日経産業新聞 | Permalink | コメント (2)
イーベイ経済
インターネットオークションのイーベイで生計を立てる人が増えている。昨年一年間に同サイトでの取引に参加した人の総計は三千万人で、取引額総計は二百四十億ドルに及ぶ。四十万人以上がイーベイでの取引を継続的ビジネスとして手がけ、うち十五万人はこれだけで生計を立てていると推測されている。
その中には、育児のために仕事をやめ家庭に入った後、アンティークの販売で月商十万ドルを上げるようになった二児の母親もいるし、三人の子供を抱えて離婚した後、イーベイ・ビジネスの稼ぎで家を買った人や、音楽CDの販売で年収十万ドルとなった人もいる。
ネット・オークションでの販売ビジネスが女性に人気なのは、時間が柔軟に使えるから。頻繁に顧客対応をする必要はあるが、ほとんど家でできるし、一日のうち自由になる時間を割けばよいので、子供の面倒を見て家事をする時間も十分に取れる。
最初は、身の回りの不用品の整理から始め、かなりのビジネスになることに目覚めて、骨董(こっとう)・希少品、ブランド物など、分野を絞って商品を扱い事業を拡大する人が多いようだ。
ビジネスに関心を持つ障害者にとっても大きなメリットがある。米国には、障害者にイーベイでビジネスする方法を教えるDisabled Online Users Associationという非営利団体まである。代表のマージー・スミス氏自身も障害者で、月商一万ドルの販売事業をイーベイを通じて行っている。
こうしたビジネスが盛んになるにつれ、イーベイ上で「間違ったつづりで出品されている商品」を安値で買おうと目を皿のようにして探す人たちも現れてきた。
名称のつづりを間違って掲載すると、買い手が商品名を検索しても見つからない。結果的に入札が少なくなり、市価より安くしか売れない。しかし、無論つづり間違いがあっても商品の中身は通常と変わらない。正しいつづりで再度イーベイで売ればもうけられる。
「再販狙い」の人たちは、オンラインのみならず、現実の店舗でも「安く買える機会はないか」と虎視眈々(こしたんたん)と狙っている。
例えば、昨年末にデジタルビデオレコーダーのリプレイTVが間違って安く売られる事件があった。サービス年間契約料込みの価格体系から、ハードだけ売ってサービス料は別という価格体系に変更したのに、「サービス込み」という表示のままだったのだ。
インターネット上では掲示板などを通じて即座に「お買い得情報」が流れ、「再販狙い」の人々が全米の店舗であっという間に買い占めてしまった。イーベイで再販すれば高く売れるという見込みがあってのことだ。
イーベイ最高経営責任者(CEO)のメグ・ウィットマンは二〇〇一年に「イーベイはダイナミックで自律的な経済だ」とアナリスト向け発表で語ったが、ほとんどの人はそれを聞き流し、「ちょっと大規模な蚤(のみ)の市」くらいにしか思っていなかった。
しかし、イーベイはその圧倒的な規模により、個人の零細事業者にも大企業並みに顧客に到達することを可能にし、主婦や障害者といった人たちにも新たな機会を与えつつある。
インターネットが経済に本格的な影響を与えるのはまだこれから。「イーベイ経済」は、その影響の一つを垣間見ることのできる先端事例なのだ。
7 月 5, 2004 in 日経産業新聞 | Permalink | コメント (2)
ITと生産性向上
インターネットバブル崩壊を経て、ついに情報技術(IT)による生産性の向上が数字になってあらわれ始めた。
一九八〇年代から米国はばく大なIT投資を続けてきたが、その結果はなかなか数字にあらわれず、ノーベル賞を受賞した経済学者のロバート・ソローは「コンピューターエイジはありとあらゆるところで明らかだが、生産性統計にだけは見えない」とまで言った。
しかしやっとその成果が表れてきたのだ。実に、一九七一年にインテルが最初のマイクロプロセッサーを発表してから三十年以上かかったことになる。
九〇年代後半の生産性向上はニューエコノミーと呼ばれ話題を呼んだが、バブル崩壊とともに、ただの幻想だったと片付けたられたかに見えた。
しかし、九五年から二〇〇〇年のブーム時には年間二・五%に過ぎなかった労働生産性向上率が、二〇〇〇年以降は三・四%に上昇。バブルとは関係ない、本当の長期的な生産性向上が起こっていることが明らかになってきた。
しかし、生産性向上は失業者増という恐ろしい結果をもたらす。少ない人手でより多くの仕事ができるからだ。結果としてアメリカは、景気が回復しているにもかかわらず、雇用がなかなか伸びないジョブレス・リカバリーのただ中にある。
生産性が一%向上すると百三十万人が失業する。米国で過去三年間に失われた約二百七十万の職のうち、そのほとんどが生産性向上によるものとされている。
ITによる生産性向上は、長らくIT産業そのものに限られているといわれたが、現実には多くの分野に広まりつつある。好例は電子商取引の拡大だろう。通常の小売業では三―一〇%しかない利益率は、オンラインでは二〇%を超す。
Shop.orgが五月二十五日に発表した調査結果では、〇三年の電子商取引の売上額は前年比五一%増加の千百四十一億となったが、一方では競争力のない小規模な店舗が米国の街角から姿を消しつつある。
アマゾン・ドット・コムの余波で独立系書店が街角から姿を消して久しいが、さらに今、宝石店が同じ運命をたどり始めた。街の宝石屋の大きな収益源だった婚約指輪の購入者がオンラインに流れているからだ。値段が安いだけでなく、ダイヤモンドの選択に必要な知識もオンラインなら自分で納得いくまでゆっくりと学ぶことができる。
こうして、ITとは全く関係ないように見えた宝石販売という業種にまで、IT導入による効率化が起こり、結果として非効率な仕事をしている人たちは職を失う。
この過酷な生産性向上を是とするか否とするかは、経済が成長し続けると信じられるかどうかにかかっている。「常に新たな技術革新が起こり、新しい産業が誕生する」という信念があれば、生産性向上により職を失った人も、必要なスキルを身につけることで新たに誕生する産業に移ることができると考えられる。
しかし、「新たに移っていくより良い産業が誕生しない」、つまり全体のパイは変わらないまま必要な人間の数だけが減るという「ゼロサム発想」に基づけば、生産性向上は悪でしかない。
あなたはどちらを信じますか?
6 月 10, 2004 in 日経産業新聞 | Permalink | コメント (0)
死神と税金
悪条件があるところには、それに対処しようとする技術や産業が栄える。アメリカの偉大な悪条件の一つが、個人の所得税申告の複雑さだ。
Death and Taxという表現がある。「死神と税金」、つまり逃れることができないものという意味だ。
「ジョーブラックによろしく」というアメリカ映画で、人間に扮した死神が大企業の役員会議に出るシーンがある。正体を白状しろと迫られた死神は「税務署からきた」とその場を繕う。しかし、役員たちは蒼白になっておののき、「死神だ」と言われたのと同様の反応する。「死神と税金」にかけたジョークで、アメリカの映画館がどよめくシーンだ。それくらい税務署は国民から広く恐れられている。
四月十五日は確定申告の締め切り日だった。アメリカの税金は逃れられないだけではなく、著しく面倒。日本と違って、個人がみな申告するのだが、申告書作成には「一人当たり平均二十八時間三十分」という莫大な時間がかかる。国民挙げての大事業なのだ。
サラリーマンであっても細かく様々な控除項目があり、それを計算するのは手作業では難しい。例えば、教育費の控除だけとっても、四種類の計算をして最適な選択肢を選ばなければならない。また、AMT(代替最低税)なるものを算出する必要がある人も多いが、これだけでも平均三時間半がかかる。
こうした複雑な納税という「悪条件」によって栄えたのが、納税ソフト産業だ。十六億ドル超の年間利益を上げるインテュイット社は個人向け会計・納税ソフトの老舗。ミスが許されない分野で、しかも非常に複雑度が高いという難条件をチャンスとして今に至っている。
そのインテュイットが、オンラインオークション大手のイーベイと手を組んで「中古品の市場価格提供」を始めた。アメリカでは洋服や家具などをチャリティーに寄付すると、その市価が税金から控除できる。その市価を算出するのに、イーベイでの取引成立価格を利用するのである。
二〇〇三年にイーベイで売買された品物の総額は実に二百四十億ドル、二・五兆円を超す。この圧倒的な取引の中から得られた価格を「適正市価」として提供、万が一税務署がその市価を認めなかった場合には、追徴金をインテュイット側が負担する保証付きだ。
「適正市場価格とは、需要と供給が折り合うところ」というのは経済学の基礎だが、現実には中古品の適正市場価格を判定するのは難しい。しかし、莫大な数の人々が少しでも高く売り、安く買おうとしのぎを削るイーベイでは、そうした需給のバランスが日々刻々と現実の取引実績としてあらわれる。今回のインテュイットとの共同事業で、その取引価格は税金控除にも利用可能な精度を持つことが立証されたことになる。
しかし、こんなデータ販売がビジネスになるのも、アメリカの複雑な納税システムのおかげ。「パソコンが高性能になって、家庭でも複雑な計算ができるようになったのをいいことに、納税の複雑さも増している。悪いのは高性能半導体を開発するインテル」などとお門違いの不満を言う人もいるが、実際のところ情報技術(IT)業界側にとってはありがたいことこの上ない。「悪条件」こそ商機なのだ。
4 月 20, 2004 in 日経産業新聞 | Permalink | コメント (0)
一輪車操業のシリコンバレー
今、シリコンバレー最大の期待は、早ければ数ヵ月後に起こるといわれる、検索サイト、グーグルのIPOだ。上場時の企業価値は200-300億ドル(2-3兆円)とも言われ、好調とされる米国アマゾンやヤフーと同等か、それを上回ることになり、シリコンバレーの歴史の中でも最大のIPOとなることが確実視されている。中々比較の対象もない「超ど級IPO」なのだが、強いて他の技術系企業と比較すると、例えばAT&Tが技術部門をスピンオフしたルーセント・テクノロジーズのIPO時の企業価値が1996年当時170億ドルだったから、それをも凌駕するわけだ。理由は簡単で、グーグルが高収益だから。2003年の売上げは9億ドル、約1000億円、税引き前利益は3.5億ドル、約400億円と噂されている。
グーグルのIPOで期待されるのが、これで一気にIPO景気が上向くのではないか、ということ。それを見越して、ベンチャー投資は既に盛り上がりを見せている。昨年9月ごろから上向き始めており、今年に入ってからは水面下で活発な投資活動が起こっていることが、ベンチャー企業と投資家の双方から漏れ聞こえてくる。
こういうと「まだ起こってもいないグーグルのIPOを見越して、投資が活発になるなんて単なるバブルでしかない。そもそもグーグルは既に黒字なのだからIPOする意味がどこにあるのだ」と思われる方も多いのではないか。
しかし、シリコンバレーは、技術のイノベーションに徹底的な資本主義を導入して成功している場所だ。この地では、IPOや買収というエグジット(出口)があって、始めて資金が投資家の手に戻り、それがさらに新たなベンチャーへと投下される。個人レベルでも、IPOで、ストックオプションによって億万長者が大勢出現する。そうすれば、さらに一攫千金を目指して世界の頭脳が集まってくる。グーグルのIPOは、こうした「正しいイノベーション循環」の重要な円滑油なのだ。
***
シリコンバレーは、走り続ける一輪車のようなものだ。海のものとも山のものともわからない技術に莫大な資金を投下し、世界の頭脳を働かせてみて、たまさか上手くいったら、そこから回収した資金でまた新たな技術に投資する、という「究極の自転車操業」の地である。今回のグーグルのIPOでも、集まる巨額の資金で何が起こるのか、本当のところは誰にもわからない。しかし、とにかく一輪車を止めてはならないから、よくわからなくてもIPOする。調子がよさそうだったら、一輪車のこぎ手の肩の上にもう一人立つ。さらに調子がよいようだったらどんどん何人もその肩の上に立って、曲芸乗りのまま突っ走る。あまり調子に乗っていると、突然大きな石に乗り上げて、全員が放り出されるような「バブル崩壊」もやってくる。しかしそこで、「根本的に設計をやり直したほうがいいのでは」「やはり補助輪をつけた方がいいのでは」などと悩まずに、もう一回泥を払って同じ一輪車に乗る。最初はヨロヨロしていても、だんだん加速する。そうしたらまた、その肩の上に大勢で乗って曲芸乗りをする。
「アツモノに懲りてナマスを吹く」の正反対の地がシリコンバレーなのである。
3 月 30, 2004 in 日経産業新聞 | Permalink | コメント (0)
米大統領選 存在感増すネット
アメリカの大統領選が始まった。1月19日のアイオア州での予備選を皮切りに、11月の本選まで、1年近くをかけたお祭り騒ぎが続き、予備選が州から州へと移っていくのに従って、テレビCM、番組での討論、大々的なパーティーなどが繰り広げられる。4年中1年が選挙ということは25%の時間が選挙に使われているわけで、それでも世界一の超大国としての国家運営ができているのはにわかには信じがたい。それくらいの大騒ぎである。
今回の民主党予備選では、無名の候補ハワードディーンが彗星のように頭角を現し、緒戦のアイオアで彗星のごとく墜落して話題を呼んだ。どちらの「彗星ぶり」にもインターネットが深く関わっている。
まず彗星のように現われるにあたっては、インターネットの3つの力を最大限に活用した。
1)密度の濃い情報伝達力
ビデオなどのインタラクティブなコンテンツや、選挙活動スタッフが毎日活動内容をアップデートするページを満載したウェブサイトを展開。全体として、分厚い本一冊分くらいの内容がぎっしり詰まっているという深さに加え、誰でも、いつでもその内容にアクセス可能だ。
3)草の根活動組織力
さらに、支持者が国中で自発的に小規模な会合を行うためのツールとしてインターネットを使った。Meetup.comという会社があり、オンラインで知り合った人たちが実際に会う、いわゆる「オフ会」と日本で呼ばれているものをサポートしているのだが、ディーン候補はこのシステムを活用。支持者が自発的にあちこちで5人10人と集まれるようにした。さらに、支持者に対して「ゴア前大統領にディーン支持を依頼する手紙を送ろう」とMeetup.comを通して呼びかけ。2500人以上が実際に手紙を出した結果、ゴアはディーン支持に回った。
3)大勢から小額ずつ集める資金調達力
最大の威力を発揮したのは資金調達だ。クレジットカードによるオンライン決済の仕組みを取り入れ、「200万人から100ドルずつ募金を」を合言葉に、アイオア予備選までに4千万ドル、実に40億円以上を調達した。クリントンが候補だったときに達成した「3ヶ月で1千万ドル調達」という記録を塗り替えたのに加え、調達額2位の候補の倍近くを集めて瞠目される。
しかし、偉業を成し遂げた「インターネットの世界のディーン」も、テレビ討論などでの「リアルな世界のディーン」が攻撃的過ぎて失速。アイオア予備選では、大方の予想を裏切って3位という大敗を期した。さらには、大敗直後の演説で、顔を紅潮させ「いい結果だった」とする「現状否定型勝利演説」をぶち上げ、しかもその最後をとんでもない「イャー」という叫び声で締めくくった。その姿はあまりに異常で、メディアでは「狂牛病」ならぬ「狂ディーン病」などと揶揄されたのだが、最大の打撃は、インターネット上で彼の叫び声を取り込んだラップ音楽が流通したこと。彼の演説を聞いた人々が、「これは変だ」と叫び声と音楽をミックスしてインターネットに掲載したのである。それがさらにあちこちのテレビ番組やラジオ番組で取り上げられて一躍話題となってしまった。
というように、インターネットと命運を共にしたディーン候補だが、彼の選挙戦の成功いかんに関わらず、インターネットが有効な選挙ツールであるということについては、もはや疑うものはいない。草の根が大きな力を呼ぶインターネットによって、一部の金持ちや強力な団体から、バラバラと散在する個人に力が移っていく時代がやってきたのである。
2 月 3, 2004 in 日経産業新聞 | Permalink | コメント (0)
新しい知の時代
スタンフォード大学は、サンフランシスコから南に50キロほどのところにある。私のオフィスからは目と鼻の先にあるのだが、久しぶりにそのスタンフォード大学の図書館に行って驚いた。どのフロアにも、見渡す限りコンピュータが並んでいる。学生たちは、あるものはキーボードを叩き、ある者は画面をひたすらスクロールして資料を読んでいる。コンピュータの前の学生たちは、学内外の数百のデータベースにアクセスし、情報を調べ、読み込み、分析しながら課題をこなす。昔ながらの「本が累々と並び、学生はそれを机に並べて読む」という情景は殆ど見られない。
この光景を見て、「体系化された本を、一冊ずつ読み重ねることでものを学ぶ、古きよき時代は終わった」ということを実感した。学生が勉強すべきことは爆発的に増えている。15年前には博士号論文レベルだった遺伝子組み換え実験を、最近では高校生がするようになった。膨大な情報量に、さらに新しい情報が刻々と加わっていく現代では、オンラインでなければ、とても必要な情報にアクセスしきれない。
さらには、技術革新が早まり、学校で学んだ知識では安住できない今、オンラインで必要な情報を調べ上げる方法自体が、生涯において必要となるスキルでもある。例えば、スタンフォードのビジネススクールでは、学内の図書館で閲覧可能な有料データベースを、卒業生に対しても格安で提供しており、数千種類の学会誌や専門誌にアクセス可能。「検索スキル」のみならず、「最新の情報」そのものを提供しよう、というわけだ。
もちろん、何かを系統立てて理解するにはやはり本の形になったものが優れている。しかし、溢れるほど本がある中で、一体どれを読んだらいいのか。本当に読むべき本を選別するためにも、オンライン情報での精査が効率的だ。
世界最大のオンライン書店、Amazon.comでは、この10月からSearch Inside the Bookというサービスを始めた。本の中身の全文検索を可能にし、検索結果が載っているページを画面上で見ることができるというもの。対象は12万冊、3千5百万ページに及ぶ。同社では「サービス開始後一週間で、全文検索対象の本が、そうでない本より9%売上げが伸びた」としており、「オンラインで精査した上で本を購入」という潜在ニーズがいかに高かったかわかる。
一方で、従来考えられなかった上質なオンライン・コンテンツも増加している。例えば、理工系大学として世界最高峰の一つであるマサチューセッツ工科大学では、学校の授業の内容を全てオンラインで公開するOpenCourseWareを9月から開始した。33学科の500コースに関し、その教材、授業ノート、試験問題、課題などを、世界中から誰でも自由に見ることができる。
インターネットが本当に社会に変革をもたらすのはこれからだ。特に教育は、大きく姿を変えるだろう。志と探究心さえあれば、どこからでも豊富な良質情報に触れられるようになることで、世界中からより優秀な人材が誕生するようになる。そして、その優秀な人材は、英語を共通語とするだろう。英語で得られる情報は、質・量とも、圧倒的に優れているからだ。
当面この英語優位は揺らぎそうにない。