なぜアメリカの低所得家庭の子供はエリート大学に行かないのか

Stanford BioX Clark Center
Stanford大学 BioX Clark Center

New York Timesの先週の日曜版に掲載されたBetter Colleges Failing to Lure Talented Poor。3月に発表された論文(PDF)の内容をベースに書かれた記事だが、私が「やっぱりね」と思ったのがこの点:

全国で学力がトップレベルの高校生を、親の収入で4段階に分類してみたら、親の収入が一番多い方から順に、34%、27%、22%、17%だった

ちなみに、この記事の「学力トップレベル」とはトップ4%。4%は、日本だと早慶+国立というレベルになるようだ。(いずれも、大学を受けない人も母数に含む)。

何が「やっぱりね」かというと、「親の努力で変えられる子供の学力の割合は小さそうだ、やっぱりね」と。・・・・いや、このデータからこの「やっぱり」へは少々飛躍があって(ADDだから)、そもそも「収入が高い親ほど子供の教育に熱心な傾向が強い」という前提が必要だ。また、分類結果は「25%、25%、25%、25%」ではなく、統計的には親の収入レベルと子供の学力が有為に相関している。なので、収入が高い親ほど教育熱心という前提が正しいとしても、その努力が子供の学力に影響を及ぼしていないわけではない。

・・・ということはわかるのだが、実感レベルで言うと、

「高収入の親御さんたちがあんなに頑張っても、やっぱりトップレベルの高校生の17%は、ボトム25%の収入の家庭から来てるんだ〜」

というところが私的な「やっぱり」なのであった。別に勉強するのにそんなにお金かからないものねぇ。できる子はできるし。

して、この記事で取り上げられた論文では、何が「低所得家庭の優秀な高校生」のエリート大学進学を阻んでいるのかを考察している。そういう学生は、成績の上では良い大学にいくらでも入れるのに、敢えてそれをせずに地元の短大(コミュニティカレッジ)などに進学して、しかもそれすら卒業しないで終わってしまうケースが多い、それはなぜ、というのが問題提起だ。

ポイントは:

  • 一旦エリート大学に入った後の学位取得率を見ると、親の収入は関係なかった(親が貧しくてもちゃんと卒業している)
  • 違いが出たのはどんな大学を受験するか。高所得グループの64%が自分のレベルにあったエリート大学を複数受けているのに対し、低所得グループではその割合は8%だけだった。
  • 一方、自分のレベルよりはるかに低い大学しか受けていない高校生は、高所得グループでは11%しかいないのに、低所得グループでは53%もいる
  • しかし、実は貧しい学生の経済的サポートはエリート大学の方が手厚く、そういう学校に行った方が安く卒業できる

背景

一応、薄い背景としては、現在race-based affirmative actionのケースが最高裁で争われている、ということがある。
貧富の激しいアメリカ社会の安定を保つには、資質と努力次第で誰でも成功できるアメリカンドリームを保つことが重要。親が貧しくても子供は
リッチになれる・・というアップワード・モビリティ(出世?)が必要だ。そして、学歴はその後の社会階層に大きく関連する。だから、良い大学に恵まれない学生を入れるのは大事なことだ。そして、これまでは「恵まれているかどうか」の基準を人種別にしてきたが、これだとお金持ちで恵まれていても、黒人やヒスパニックというだけで有利になり、貧乏でも白人だと不利という問題が生じる。

というわけで、「受験生が恵まれているかどうかの基準として人種を使うのは違憲かどうか」ということが最高裁で討議されている。そして、恵まれないかどうかの指標として人種が使えないという判決が下された場合、親の所得がその代わりになるのでは、と考えられている今日この頃なのであった。

(ちなみに、「恵まれない人種」はunderrepresented minority=人口比率に比べて合格者比率が低いマイノリティ人種ということなのだが、これにはアジア人は含まれません。overrepresentedなので。カリフォルニア大学は1990年代後半に人種別の合格基準を取り払っており、その結果、UC Berkeleyの新入生は4割以上アジア人、白人は25%弱になってしまった。)

学費を安くしてもダメだった

大学としては、ダイバーシティは重要ながら、その学校に見合った知的レベルの学生に来て欲しいわけで、「家は貧しいが本人は賢い」というのは願ったり叶ったりな生徒となる。

そういう生徒に来てもらうには学費を安くすればいいかも!ということで、2005年にハーバードが年収4万ドル以下の家庭の生徒の学費をゼロにした。(今は年収6万5千ドルまで学費無料。15万ドルまでは学費上限が年収の10%以下)。

(追記:生活費も奨学金で出る。ハーバードの年間のコストは、学費が37,000ドル、生活費が13,000ドル、トータルで5万ドル。そして学生の6割が平均44、000ドルの奨学金をもらっている。このほとんどは普通の中流家庭で、親の年収が65,000ドルを切っているのは20%しかいない。親の年収が20万ドルを超していても奨学金をもらっている家庭も数百件あるそう。大学が提供している学費+生活費計算サイトを見ると、年収6万ドルまでは貯金が10万ドルあっても親の負担は年間500ドル。貯金が2万ドルしか無ければ年収7万ドルまでゼロ負担。)

しかし、この施策で増加した低所得家庭からの生徒数は、1600人の新入生のうちたったの15人と推定されている。ただでも来ないのかと全ハーバードが泣いた。

では、どうしたらそういう生徒を惹き付けられるのか、ということで、「エリート大学を受験する低所得家庭の優秀な高校生と受験しない高校生の違い」を洗い出したのが記事の元論文。

情報格差が最大の課題

一番の格差は「住んでいるところ」だった。大都市圏に住んでいるとエリート大学を受け、そうでないと受けない、という傾向があった。

アメリカのエリート大学は、全国共通テストの結果が上位の人には美麗で分厚いカタログを送っており、低所得家庭の優秀な高校生にもそれは山のように届く。しかしその手のカタログは全員に同じ情報を提供するものなので、「実は低所得家庭の生徒にとってはエリート大学の方が奨学金が豊富で安上がり」なんてことは前面に押し出されていない。

それでも、ニューヨーク、ボストン、ロサンジェルス、サンフランシスコなどの大都市圏では、経済的に恵まれない優秀な高校生を対象とした特別な公立高校やサポートプログラムが多々あり、そこで手厚い情報提供を受け、さらに同じレベルの優秀な生徒との切磋琢磨を通してエリート大学を現実のものとして感じられるようになっている。また、その手の大都市だとちょっと電車かバスに乗れば良い大学を見に行くこともできる。

しかし、それ以外の田舎となると、同じレベルの友達も少なければ、学校の先生もそんないい大学を出ていない、エリート大学なんて見たこともない、という状態になり、「ハーバード?スタンフォード?自分とは関係ないし」みたいな感じになってしまうのが一番の問題、と。

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やっぱりここは一発、

「ハーバード出血大サービス!なんと4年間学費&生活費無料!卒業すれば新卒の平均年収Xドル!40歳の平均年収Yドル!超絶コストパフォーマンス!お電話一本であなたの近くの卒業生が家庭訪問!」

とかいうチラシでも作ってカタログに折り込みで入れる、とかですかね〜。

 

 

<追記>コメントで、元記事の続編があり、実際にチラシ的なものが効果をあげている、というコメントを頂きました。A Simple Way to Send Poor Kids to Top Collegesがその記事で、低所得&成績優秀な生徒に、特別に作った資料を郵送したら受験率が上がった、というもの。

 

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なぜアメリカの低所得家庭の子供はエリート大学に行かないのか」への3件のフィードバック

  1. 高校教員(日本ですが)をしていることもあり,非常に興味深く拝見しました.
    最後の「チラシ」に関してですが,大学側がそれを必要としていればとっくに実践してるのではないでしょうか?
    やってないということは,やはり本音と建前の部分があるのでは,と感じます.もちろん優秀な学生は欲しいですが,特にそこまでしてかき集める必要はない,と.(中堅校なら逆に必死で生徒集めをする必要性があると思いますが.)
    大学側には何かメリットはあるんでしょうかね?(イメージ的なメリット以外で.)貧乏学生が増えたほうが補助金が増えるとか?

    いいね

  2. ピンバック: 低所得で優秀な生徒の進学を阻むものに関する私見 | On Off and Beyond

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