作成しているリスニング力強化iPhoneアプリ、Listen-ITの子音編がリリースされました。23個の子音を388単語の聞き分けで習得しよう、というもの。これまでもあった母音編では、281単語の聞き分けで18個の母音を習得します。
フリーバージョンをダウンロードし、より詳細な情報を見た後アプリ内課金で購入できます。voteとboat、passとpath、crashとclash、聞き分けられますか?聞き分けられない方は上記アイコンをクリックしてお試し下さいませ。
あわせて、Listen-ITのブログに、子音編リリース記念エントリー「日本人がRとLを聞き分けられるようになる(かもしれない)裏技」を掲載しましたので以下転載します。
どうでもよいことですが、私は「裏技」が大好きです。
なるべく手間をかけずに成果を得たいので。
本当は、何もせずに成果を得たいところです。寝ているだけで王子様がやってきて助けてくれる「眠り姫」や、ずっと寝てばかりいるのにいざとなると怪力を発揮してありがたがられる「3年寝太郎」は理想のロールモデル。
しかし、一般人の私は、残念ながら「眠り姫」や「3年寝太郎」になることはできないので、なんとかして最小限の努力で最大限の成果がでないものか、といつも「裏技センサー」をはっているのでした。
そのセンサーにかかったのは、例えば最近ではTim FerrisのThe 4-hour Body。「4時間の体」。「なぜ、週4時間働くだけでお金持ちになれるのか?」という本を書いた筆者の渾身の続編です。
「フルマラソンを走る」「やせる」「筋肉ムキムキになる」「不眠症を治す」といったゴールを章ごとに設け、それをなるべく短時間で筆者自らが達成する、というもの。ただし「連続4時間の努力」ではなく、1回15分を週2回、2ヶ月かける、といったような感じではあるのですが、それにしてもかなり驚くべきトレーニング方法が羅列されていて目から鱗です。
すばらしい。
(ただし、ゴールは達成できても、健康に異様に悪そうだったり、体の強い若者以外が真似をすると命に別状がありそうな方法が多いので要注意。たとえば「不眠症改善」のスーパー裏技は「氷風呂に入る」ことだそうです。それって雪山で遭難して「寝たら死ぬぞっ」となっている状態では?)
・・・以上、非常に前置きが長くなりましたが、英語習得でもそういう「裏技」はないものかといつも情報収集を怠りません。しかし、現実には「結局王道の努力が必要」という情報が多くてがっかりします。
しかし、このたび「裏技」になりそうな可能性のある論文*を発見しました。
それは、
「生後9ヶ月前後の赤ちゃんに対し、外国語のネイティブスピーカーに絵本の読み聞かせやおもちゃを使ったインタラクティブな遊びをしてもらう。1回25分のセッションをたった12回行っただけで、ネイティブ並みに外国語の音素が聞き取れるようになった」
というもの。
・・・生後9ヶ月をずいぶん過ぎてしまった私やあなたには全く役に立ちませんが、「世の中に貢献しそうなスーパー裏技」という意味ですばらしいではありませんか。
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まず大前提として、赤ちゃんは、どんな言語のどんな音でも同じように聞き取れる状態で誕生する**ということがあります。その後、周りで話される言葉に触れるにつれ、
「その言語に必要な音の聞き取りを選択的に向上させ、それ以外の音の差は聞き取れなくなる」
という変化が起こるのでした。
たとえば、有名なところではRとL。
英語ではRとLは決定的に違う音ですが、日本語ではどちらで発音しても「らりるれろ」になる。なので、日本語で育つ赤ちゃんが、RとLの差を聞き取れてしまうとかえって日本語理解が阻害される。
「今聞いた『ラッパ』はRのラッパかLのラッパか?」
などと思っては駄目で
「ラッパはラッパ」
とさっと理解できることが「日本語がわかるようになる」ということなのです。
つまり、その過程では
- その言語に必要な音の差が聞き取れる
だけでなく
- その言語に不必要な音の差が聞き取れなくなる
という2つの変化が同時に起こっています。
そして、その変化がいつ起こっているかというと、恐ろしいことに生後6ヶ月から12ヶ月の間くらいに一気に起こるらしい。
もちろんそのくらいの赤ちゃんは話せないし、話しかけられてもわかっているやらわかっていないやら、という微妙な反応。
しかし、その脳内では、上記の2つの変化が怒濤の勢いで起こっているのです。
RとLの聞き分けで言うと、6−8ヶ月の赤ちゃんでは、日本人もアメリア人も正解率は同じくらいなのに、10−12ヶ月ではアメリカ人の赤ちゃんの正答率は跳ね上がり、日本人の赤ちゃんの正解率はぐっと下がる***、と。
RとLに限らず、ありとあらゆる音で
「これは聞き分けないとだめ、これは同じ音」
という脳内マップができてくるのがこの時期だそうです。
そして、この段階で「不必要な音の差が聞き取れなくなる」ということが起こらないと、「必要な音の差を聞き取る」という機能が強化されず、その後の言語発達に問題が生じることが多いようです。「こちらを立てればあちらが立たず」状態。
言い換えれば、
「日本語を習得する成長過程とは、すなわちRとLの差を聞き取らないようにする訓練である」
ということになります。
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さて、論文に話を戻すと、
「どうしたらこの『その言語に不必要な音の差が聞き取れなくなる』という現象に歯止めをかけ、聞き取れる状態を残すか」
という試みが書かれています。
実験では、英語環境で育つアメリカ人の赤ちゃんを対象とし、中国人が話しかけることで中国語の音が聞き分けられるようになるかが試されます。その結果、
「1回25分、12回中国語に触れさせただけで、ネイティブ並みの聞き分けができた」
と。それぞれのセッションでは、9ヶ月のアメリカ人の赤ちゃんを対象とし、毎回10分中国語の本を読み聞かせ、15分おもちゃを使って遊んだそう。期間は約4週間。
残念ながらビデオやCDを使ったのでは何の成果も無く、人間がインタラクティブに語ってあげなければならないそうです。
しかし、25分×12回、トータルたった5時間です。4-hour Bodyならぬ5-hour Language、です。
ただし、実際にこの聞き分けの成果がどこまで残るのかはその後継続調査中ということではあります。
とはいえ、これとは別の調査で、
「1歳になるまでしか聞かなかった言語を、それを全く忘れてしまった後の思春期後に学びはじめた場合、上達速度に何らかの違いがあるのか?」
を調べたところ、「ある」という結果が出たのを聞いたことがあります。なので、この「短時間のトレーニング」も、後々まで残る成果を出すかもしれません。
もし、生後9ヶ月前後の段階で、英語のネイティブスピーカーに12回遊んでもらうだけで、思春期を過ぎて外国語を勉強し始めても聞き取りが楽、という成果が出たらこれこそ本当の「裏技」ですね。
- Patricia K. Kuhl, Feng-Ming Tsao, and Huei-Mei Liu 2003, Foreign-language experience in infancy: Effects of short-term exposure and social interaction on phonetic learning
** 「生後2日目の赤ちゃんでも、母親が話している言語の方を聞きたがる傾向がある」という調査結果もあり、実は胎内から変化は始まっている模様。(Moon 1992 Two-day-olds prefer their native language)
*** TED TALKS Patricia Kuhl 2010, The linguistic genius of babies
++
生後9ヶ月を過ぎてしまった方のために↓
母音/子音聞き取りマスターのためのiPhoneアプリ:Listen-IT
日本人がRとLを聞き分けることのできる国際人に変化するために、日本の国語審議会かどこかで50音に新たに「ら”り”る”れ”ろ”」の5音を追加するという案はどうだろうかなあと考えたことがあります(この場合、50音に5音を追加するだけでなく、日本語の語彙で「らりるれろ」を含むすべての単語に関して、どっちの音にするのかの改訂が迫られるので、もちろん現実的ではない。)
さて、このときに新規追加の「ら”り”る”れ”ろ”」5音は一体Lの音なのかRの音なのか悩むのでした。
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