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2 月 28, 2009
JTPAブランディング・マーケティングセミナーの録画クリップ
私がモデレータをして、マーケティングの専門家のKay Zerenさんにお話を伺いました。
ustreamでストリーミングしながらやったので、その録画は下記から見ることが出来ます。マイクが不調で中々始められなかったので最初の3分は飛ばしてください。
ブランディング、マーケティング、プロダクトマネジメント、インバウンドとアウトバンド、コンシューマグッズとハイテク製品でのマーケティング の違い、アーリーアダプターに浸透した後、マスマーケットに移る場合の注意、日本にローカライズする苦労などなどと話しが続きます。
会場には50人強、加えてustreamで30数名が見ていたようですが、ustreamのチャット画面からも質問が来るのが面白い。しかし、いやはや、何たる時代になったことやら。シンガポールから見ていただいた方まで居た模様。複数の国境を越えて動画をリアルタイムで配信するって、ホンの5年前でも大騒ぎ、10年前だったらCNNか、って感じですね。
セミナーの案内はこちら
Kayさんの略歴は下記の通りです
Kay has more than fifteen years of high-tech and consumer goods product marketing experience. She has helped both emerging companies and industry leaders increase market share and profits, through successful product concept and development and product launches. She has launched over 50 products ranging from Diet Coke(tm) to Palm(tm) handhelds.
Before Miselu, Kay was Senior Product Manager at SideStep, Inc., a travel search engine. Previously, Kay owned her own marketing consulting company, A2Z Launch Consulting, and also worked as International Product Manager at Palm, where she launched 15 models in 7 languages.
Earlier in her career, Kay was Brand Manager at Coca-Cola Japan, helping to establish new soft drink categories in Japan, and revitalize the company's presence in sports drinks, both in Japan and in the United States.
Kay holds an MBA from Darden Graduate School of Business Administration at the University of Virginia and a BS in business and economics from Sophia University.
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2 月 26, 2009
日系人アントレプレナー
日系人アントレプレナーのパネルディスカッションに行ってきた。パネリストはYoicsのCEOのRyo Koyama、RockYouのCEOのLance Tokuda、i-hireのCEOのJeff Maruyamaの3人で、モデレータがコンサルタントのMichael Kanazawa。Ryo Koyamaは一つ前の会社はNVIDIAに売却、Lance Tokudaはやはり一つ前の会社をYahooに売却した、という経歴。(Ryo Koyamaは日本生まれで3歳の時アメリカに来たそうなので、日系人・・・というのはちょっと微妙だが。)
Ryo Koyamaいわく
「周囲にblend inするという日本人のカルチャーはアントレプレナーに向いてないんだよね」
とのことでした。実際、シリコンバレーのビジネス界で活躍する日系人が少ないので、相互に啓蒙し合おうと作ったNLeadershipという団体が主催したセミナーでありました。
ビジネスをする上で、日本人で良かったことは?という質問には、Lance Tokudaが
「ソフトバンクとの提携交渉で孫正義と会ったとき、『You are Japanese. I'm Japanese. Let's do the deal』と言ってくれて話しがついた。この時ほど『日本人で良かった』と思ったことはない」
とのことでした。直接的メリット。ホントはこういうのが沢山あると、中国人ネットワークにも勝てるんですが。
***
ちなみに、全く関係ないが、英語のネイティブスピーカーは「りょう」と言えず、Ryoは「リオ」という発音になってしまうことが多い。京都が「キヨト」になってしまうのと同じ原理である。とはいうものの、さすがに日系人同士だと、たとえ日本語が出来なくても、名前くらいはちゃんと日本語発音で言えることが多いのだが、今日の司会のJeffは、Ryo Koyamaを「りお」と呼びかけていた。やっぱりリョウって言えないのでしょうか。
(さらに余談だが、小さい「ゃゅょ」のうち、英語のネイティブスピーカーが曲がりなりにも発音できるのは「ゅ」だけ。cuteとか。でもそれもゆっくりいうと「い」と「ゆ」に分解してしまう。cuteをゆっくり言うと「き・ゆーと」になるんですよね。)
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アメリカの就労ビザを取りたい人への注意事項
業務連絡ですが、アメリカで就労ビザを取ろうとしている人は、インターネット上に「今観光ビザ(または学生ビザ)でアメリカにいるけど、アルバイトで働き始めてます」などと書いてはいけません。就労ビザがないのに働くのは違法です。プライベートなつもりで軽く書いても、検索すれば一発で出てきます。実際にこれでビザが出なかった人がいるという話しを聞きました。最近はオンラインでも簡単に翻訳できるし、東京のアメリカ大使館でビザを出す仕事をしている日本人の方もいるし、たとえ日本語でもやめましょうね。
特にまかり間違ってもFacebookに書いたりしないように。
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2 月 23, 2009
低学歴の親を持つ東大生はシリコンバレーに行く
先週末、シリコンバレーの東大同窓会ランチがあって行ってきた。60人ほど参加して大盛況だったのだが、そのとき、一緒のテーブルに座った人たち(年代は30代がメイン)の親の学歴:
6人の親が高卒・中卒。大学を出た親がいるのは2人だけ。
(親大卒2人のうち一人は韓国出身で今もご両親はソウルにいるそうなので、純粋に日本育ちの人という母集団で大卒の親がいるのは一人だけであった。)
なんでそんなことを聞いたかと言うと、実はかねがね「アメリカに勝手に来て住んでいる東大卒業生には、親が大学を出ていない人が多いのではないか」という仮説を持っていたので、「・・・と思うんですけど、皆さんは?」と聞いたのである。(ま、こういうことが正々堂々と聞けるのも、自分の親が高卒という強みがあるからではある。)
仮説を持った理由は、アメリカに来てから「両親高卒」とか「両親中卒」という東大卒の人に複数出会ったから。それまで、日本では、在学中も卒業後も親しくした知り合いの東大生はみんな親が大卒、しかも大企業の重役、みたいなパターンがほとんどだったので、とても意外に思っていたのでした。
で、8人のテーブルで聞いたところ、
「あーうちも、うちも」
と8人中6人が高卒以下と相成った。
そもそも仮説を抱くに至った地方出身の「親高卒仲間」の知人からは
「でも、親が大学でてない東大生って、大体地方出身だよ。地方では、親の世代だと大学に行くのはそれほどメジャーなことじゃなかったら高卒が一杯いる。東京は親の世代から学歴社会だから。渡辺みたいに東京出身で親が大卒じゃないのは珍しい。」
と言われていたので、さらに同窓会のテーブルで
「東京出身の人は?」
と聞いたところ、隣の席の女性が挙手。しかも彼女は私と同じ高校であった。都立西校という学校なんだが、高校時代も親が大学出ていない人ってあんまりいなかったのに。いと珍し。(彼女がサンフランシスコの今の会社で働くことになったのは、「アメリカで働いてみよう!と職探ししたらオファーもらってビザも出してくれたので来ました」というなかなか真似できないキッカケであった模様。)
ちなみに、一般的に東大生の親が大学を出ている割合はどれくらいだろうと思ってちょっと検索してみたが、あまりオフィシャルなデータはなくて、東大生100人アンケートで、父親の74人、母親の75人が大卒だった、という記事(を参照したもの)を発見。母親の方が一人多いのは中々興味深いわけであるが、そこはまぁスルーして、果たして片親だけが大卒という人がどれくらいいるかはこのデータだとわからないが、まぁほとんどの場合片親が大卒だともう片親も大卒、ということだと仮定しよう。すると、「東大生の親が大卒である確率」=75%。
とすると、8人の東大生が集まって、大卒の親がいる人が二人しかいない確率は
0.75^2 * 0.25^6 * 28=0.38%
(逆に、大卒の親がいる人が6人いる確率は31%と100倍もある。)
ま、8人では統計的に有為ではないが、anecdotalにしてもすごいですねー、と。
さて、かように、日本では滅多に出会わない親が高卒以下の東大生が、シリコンバレーには沢山いる理由の仮説出しをしてみた。
まず私が考えたのは、
1)そもそも親がひいたレールと言うものがない。なので働くに際しても「こうあるべき」という枠組みがなく、海外で働くという選択肢も含め、自由な選択が出来る
これとは全く逆の案を出した人もいて、
2)通常家族がたどってきた道を歩むのが普通なのに、親が大学に行ってないのに自分は敢えて東大に行く、というところで、「枠組みを超えた挑戦をする」という傾向を10代の頃から持っている。だから、「日本で働く」という枠組みを超えるのも簡単
全く違う角度からの意見として、
3)学歴のない親を見て、「日本は、学歴がない人が浮かばれない困った社会である」と実感しており、海外に目を向ける
という人もいた。
理由は不明だが、「親が高学歴じゃなくて東大に行った人」に会いたかったら、シリコンバレーに来るとざくざくいるんじゃないかと思います。はい。
ちなみに当地の同窓ランチは毎年一回開催。来年の案内を受け取りたい方は、こちらの桑港赤門会サイトで登録しておくと、連絡が来ますので是非。
[付記]下記の新案がIM、メール等でやってきました:
4)親が高卒
類友か。ありえる。
5)「そんなことできるわけがない」「頭でっかち」みたいなことを言われてきた人も多かったり、そもそも家で自分が普通だと思う会話ができなかったりして日本に居づらい
これもありえる!物理的に本当に頭が大きい私は、よく家族に「テレビ見えないからそのでかい頭をどけてくれ」とか言われたものである。
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2 月 22, 2009
JTPAカンファレンス参加者へのお知らせ (You might be missing out!!!)
3月21日に行われるJTPAカンファレンス。その前後に、有志による様々なオフィス訪問ツアーや談話の会が設定されているのだが、これが意外に申し込みしている人が少ない。
売上げ2兆円の大データベースメーカーOracle訪問や、これまでに7千万ドル近くを増資、シリコンバレーでも有数のインターネットベンチャーのRockYou訪問は、なんと一桁の人しか申し込みがない。
わざわざシリコンバレーまでカンファレンス見にきて、今をときめくRockYouのオフィスツアーに行きたい人、ギラギラ鏡面ビルのOracleに行ってみたい人が一桁しかいないってありえない。これはきっとオフィスツアーの存在を知らない方がいるのではないか、ということで、以下どんな会があって、どこから申し込むかリストアップします。ついでに私も重い腰を上げてカンファレンス翌日22日にブランチをすることにしましたので、ご希望の方はリンク先のFacebook経由でお申し込みください。
(ただし、どれも参加はカンファレンス参加者に限ります。)
まず、こちらに様々なアクティビティに関するトピック一覧あり。
RockYouツアーはこちら
Sun Microsystemsツアーはこちら。
IBMのSilicon Valley Labツアーはこちら。
Oracleのカフェテリアでのランチ&キャンパスツアーはこちら。
Searchme、Dropboxはこちら
スタンフォードのキャンパスで留学中の日本人学生と語る会はこちら
梅田望夫さんと語る場(既に締め切り)、海部美知さんと語る場もあります。
San DiegoかLAから会場まで運転してくれる(しかも無料で)という奇特な方もこちらに。ちなみにLAからの道のりは大変風光明媚です。
コンファレンス参加申し込みは既に締め切っていますが、参加できなくなった人が参加権を譲渡できる、というトピックや、それとは別に参加権譲渡希望者もこちらにあり。
「車がなくて移動できない」という方は、上記Facebookのディスカッションボードで「車に乗せてくれるひと募集」などとするとよいのではないかと思います。まずJTPAシリコンバレーカンファレンスというページの右上の方にある「Join Discussion Board」というのをクリックしてグループに参加すると、discussion boardという所のすぐ下のstart new topicで新しいトピックを立ち上げ可能でございます。
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2 月 19, 2009
シリコンバレーはまだ元気デス
先週、木曜はサンフランシスコで、金曜はパロアルトで、それぞれ日本から来た方々とレストランに行ったのだが、いずれも大入り満員であった。ちょうどバレンタインデーを控えていたのでそのせいもあると思うのだが、それにしても、木曜なんか、サンフランシスコは最近話題の高級目なレストランは全て満杯で予約も取れない状態・・・。木曜のみならず、その手のお店はどこも予約が取れるのは2週間先、みたいな状態だったのでバレンタインは関係ないかも。
ここ一ヶ月ほどシリーズAの投資(ベンチャーが起業して最初にベンチャーキャピタルから受ける増資)の話も増えている。メディアで出てくる話も、特にIT系は突然シリーズAが過半を占める状態。Wilson Sonsiniというシリコンバレーで一番有名な法律事務所があるのだが、そこでパートナーのYokumも1月12日には
I saw a Series A term sheet today ... wonder when I'll see the next one.
「今日シリーズAの条件提示書を見た。次はいつか」とTwitterしていたのに、2月13日には
Working on 5 Series A financings
「シリーズAを5件やってる」
とのこと。(2月13日のはそのあとに and a very sad bankruptcyというのが続くのではあるが)。
当地でも、一部の企業ではレイオフが始まっているが、2001年のドットコムバブル崩壊の規模には全然なってないのでした。まぁ、多分今年はひたすら悪化、来年もさらに悪化、光明が見え始めるのは来年末くらいか、というのが私の個人的予測なので、まだまだ恐ろしいことがあれこれ起こるとは思うが、多分
2001年レベルにはシリコンバレーはならないんじゃないだろうか、と。
こちらのMcKinsey Quaterlyのレポートによれば、2001年には、IT業界の利益(もっと正確に言うとEBITA)はな、な、なんと99%下落したと。つまり業界全体の利益が海の藻屑となった。レポートでは1973年からの4回のリセッションで、それぞれ消費者グッズ(Consumer Discretionary)、エネルギー、金融など10の業界の利益がどれくらい落ちたかを調べてあるのだが、2001年のITを除くと、最悪なのが1980-1982年にかけての素材産業の72%、1973-1975年の消費者グッズ系71%のマイナスがあるが、それぞれ3年かけての下落。ITは2001年の1年間で業界が吹き飛んだわけですなぁ。大変であった。やれやれ。
というわけで、今回はso far世界の他の地域に比べるとかなり緩和された影響を受けているシリコンバレーでした。
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2 月 17, 2009
Y Combinatorの出資を受けてシリコンバレーのインサイダー的ベンチャーになろう
応募締め切りは3月18日。Y Combinatorはインキュベータ的ベンチャーキャピタル。主にインターネット系のアイデアに対し、小額の投資+起業指南+A級の人的ネットワーク紹介をしてくれる。Hackers and PaintersのPaul Grahamが創設者の一人で、2005年から80社のアイデアをバックアップしてきた。
Y Combinator出身のベンチャーの中には、ちょくちょくメディアにも登場するjustin.tv、Scribd、xobniや一流VCのSequoiaから投資を受けたLooptやDropbox、すでに買収されたAnywhere.FM(by iMeem)、Reddit(by Conde Nast)、Omnisio(YouTubeに1500万ドルで買収)などもある。LooptはSequoiaから見放され売りに出されているようだが、Sequoiaからの投資を受けるところまでいったところがスバラシイ。
というわけで、一気呵成にシリコンバレーのインサイダーになりたい人は、是非応募してみてください。
日本からでも応募可能なはず。イギリスのベンチャーでY Combinator出身というのもあったと記憶してます。基本的にはプログラマ向けのプログラムだが、そうじゃなくてもOKだそうです。ビジネスの人とプログラマの組み合わせでの応募というのも可能。
こちらのサイトに説明があるが、申し込みから合格後の流れはこんな感じ:
- 3月18日までにオンラインフォームで申し込み
- 3月30日に一次結果発表、4月17−19日にMountain Viewで面接、即時最終結果発表
- 選ばれたアイデアには、5千ドル+人数×5千ドルを出資。出資比率は2-10%(過去平均は6%)
- 出資比率で合意すれば、その場で当座の資金として必要な額の小切手を渡す。残りは会社を設立した後に会社に振り込む。会社設立はY Combinatorがしてくれる
- 選ばれた人・グループは6−8月の間Mountain Viewに住んでバリバリとコードを書く。Y Combinatorにも使えるオフィススペースはあるが、できれば在宅で働いて欲しい。その方が成功するヨ
- 6−8月の期間中は毎週火曜に選ばれたグループ全員を招いてのディナー開催。ディナーでは、毎回起業に役立ちそうなエキスパートをスピーカーとして呼んでくる
- また、期間中は、いつでも相談に乗る
- 期間中10週たったところで投資家の日を2日設ける。ここでプレゼン可能なので、次のファンディング元を探してね
- 期間終了後もアドバイスするし、これまでにY Combinatorから投資された他のベンチャーとのネットワークもあり
というわけで、何が素晴らしいかと言うと、もらうお金じゃなくて指導と人的ネットワークの紹介。Y Combinator出身ベンチャーは、シリコンバレーの蒼々たるアントレプレナーがエンジェル投資家として名を連ねるところも多々あり。
なお、日本から応募して6−8月のMountain View滞在のビザはどうするんじゃ、という懸念があるかもしれないが、一応給料もらう訳じゃないので観光ビザで滞在可能なはず。(Y Combinatorからもらう資金は出資であって給料ではない。)米国入国の通関で「バリバリコード書いて起業するためにアメリカに来ました」とか言うとマズイことになるとは思うが。
受かったら、安く住むところくらいはお探ししますのでメールしてください。
+++
ちなみに、100−200万円ほど投資してくれるこのY Combinatorにどういう意味合いがあるかと言うと、そもそも自分でコードがかける人にとっては、インターネットベンチャー起業には大して資金がいらない、ということがある。
PricewaterhouseCoopersとNational Venture Capital Associationが、1995年から四半期ごとに取っているベンチャーキャピタル投資額の推移グラフがこちらにあるが、これを見るとわかる通り、1999年から2000年にかけての投資額はものすごい。しかし、それ以降はweb2.0だなんだと大騒ぎされる割に全然突出しておらず、淡々と推移。感じで言うと、日本の人口ピラミッドのでこぼこをさらに激しく強調した雰囲気である。さすがに2008年の10−12月はちょっと減っているが、2000年から2001年にかけてのものすごい減り方に比べればどうということもない。
なにがいいたいかというと、web2.0系のベンチャーは雨後のタケノコのようにできたが、ベンチャーキャピタル投資はそれに対応して増えていないということ。ベンチャーキャピタルは多額の資金を運用しているところが多く数百万円、数千万円規模の小額の出資は面倒。しかし、ベンチャー側は少なくとも最初はそんなにお金はいらないし。
ということで、その隙間に対応するのがY Combinatorなわけです。
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2 月 12, 2009
インテルが大不況下おなじみの大規模投資を発表
インテルが、今後2年間で70億ドル(6千億円超)を投下して米国の工場をアップグレードする、と発表した。
Intel: See, We're Not Dead!
7000人の雇用が守られるそうだが、「またか」という感じでもある。というのも、シリコンバレーが死の淵からなんとか脱出しようとしていた2003年2月にも、インテルは20億ドルの設備投資を発表したのであった。2003年初頭がどういう雰囲気だったかは、当時の私のブログエントリー「シリコンバレーは復活するか」などご覧あれ。「もうシリコンバレーは終わり」という人がいっぱいいた時代であります。
半導体というのは需要のアップダウンが周期的に襲ってくるので、景気の悪いときにちゃんと設備投資しておくと、次に景気のいいときに一気に売上を伸ばせる。のではあるが、頭でわかっていても、実際に「この世の終わり」みたいな景気の時に多額の投資をするにはガッツがいることでしょう。
もしくは「年の功」。
「ワカモノよ、今はこの世の終わりみたいに感じるかもしれないが、景気の波は世の定め。こういうときこそガツンと行こう」
と言える海千山千、百戦錬磨のオヤジこそが正しいマネジメントなのでありましょう。
ま、とはいうものの、2002年以降インテルが米国内のR&Dと工場に投資してきた金額は500億ドル、ということで、平均して年間70億ドル。規模的には、今回の「2年間で70億ドル」というのもbusiness as usualなのでしょうが。
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2 月 11, 2009
○×△の起源に関する意外な情報
なぜ海外では通じない○×△という記号が日本で普及しているのか、という疑問について、はてなID:goldheadさん情報。こちらのリンク先を90%くらい下のほうにスクロールしたところに「配当という本の後書きに、競馬新聞の◎○△▲×の起源が載っている」という話が。
簡単に言うと、最初にあったのは よい=○ と もう少し=△で、後から、結果が未知数なもの=× が誕生。その後 × が「ダメ」に降格した、という説。(あくまで競馬新聞で、ですが)。事実は小説より奇なり!
以下、ちょっと長くなるけど引用します。
2000(平成12)年4月からディック・フランシスを読み始めた。競馬シリーズを興奮、大穴、本命と、月に二冊のペースで読み続け、2001(平成13)年1月にやっと、20冊目の「配当」を読み終わった。そして、以前から疑問に感じながら見過ごしていた事が氷解したのである。
競馬新聞でおなじみの◎○△▲×マークである。◎は明らかに良いマークであるのはわかった。順番に○△▲×と人気の順位である事は、なんとなくイメージ的に理解できた。新聞よっては△▲×の順位が逆のケースもあるが、それは大した問題ではない。問題は最後の×である。×はぺけでありダメのサインではないだろうか。
にもかかわらず、×印の馬は時々入着したり、先頭でゴールするときもあった。何故、馬に×印を付け、しかも、時々その馬が活躍するのか。誰に聞いても、納得の出来る回答は得られなかった。
そこでディック・フランシスの登場である。しかし、同じ「配当」の本を読んでも、ハヤカワ・ミステリ文庫でなければ疑問は解決しない。ミステリー文庫の後書に、結城信孝氏が「予想や家業は儲かるか?」というコラムを書いている。その中で、競馬の◎○△のルーツは、大正時代の小学校の通信簿からきているという。このことはノヴェルズ版には掲載されていない。
◎=たいへん良い、○=良い、△=もう少し、という評価が当時の小学校の通信簿につけられていた。馬券発売が復活し大正時代の終わりごろに、競馬予想の印としてつかわれ、◎(本命)-たいへん良い、○-(対抗)良い、△-(連穴)もうすこし、となった。問題は×で、これは通信簿の評価とは無関係。ルーツはアルファベットのX(エックス)が転じて、未知数の魅力 を持った謎の馬というのが起源だそうである。
×印の馬はペケではなく、未知数の魅力を持った謎の馬というならば、今までの活躍もやっと理解できた。
ということは、もしかして
◎○△が誕生したのは大正時代の通信簿
↓
さらに×を導入したのは競馬新聞
↓
そしてそれが世の中へ
という流れもありえるわけですね。だとすると、
「○ と × の間のレベルとして △ が編み出された」
というのは間違いで、
「まず ○ と △ があった。あとから、『結果にばらつきのあるリスキーなもの』という × が導入された。そして、時を経て『未知数』の × が『ダメ』に降格となった」
ということ。日本人的にはどうやったって普通「まず ○ と × ありき」で考えるところに、この意外なシナリオ。しかし、あまりに意外であるがゆえに真実味を感じたり。
で、もしこれが真実だとすると、日本人気質を表してて面白い、と思ったのでした。「未知数が高く、超うまく行くかもしれないけどボロボロかも」(ファイナンス的に「ハイベータ」) というものは、一般的に日本ではあんまり好かれない。そしてそれを表す記号が、時を経て「ダメ」になると・・・・。
スペイン語で「確実な」という意味のseguroという単語が、フィリピンで使われているうちに、いつのまにか「多分」という意味になってしまった、という話がある。フィリピンでは、実はよくわからなくても、相手の気持ちを慮って「大丈夫」と気前の良い返事をすることが多いから、ということらしい。ちょっとそれに似た話かも。(タガログではsiguroとスペルするようです)。
とはいうものの、上記の○×△の起源は、あくまで仮説なので、本当かどうか誰か調べてくれたりするとすばらしいです。
(上記以前に集まった情報を取りまとめたエントリーとして、○×△の起源情報:とりあえずの結果発表もあります。)
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2 月 09, 2009
ドイツはいまだに第二次世界大戦の戦争犯罪裁判をしているという驚き
タイトル以上の中身は全然ないのだが、びっくりしたので。
New York Timesの”In Germany, Whispers of ‘Enough’ at a War-Crimes Trial"
実際に記者の人が傍聴したドイツでの裁判の記事だが、被告は90歳のドイツ人。イタリアで民間人を14人殺した罪に問われており、証人はイタリアからビデオ電話で通訳付きで参加、というもの。
ナチスという特異なものがあったとはいえ、戦争が終わって60年以上も戦争犯罪を裁判し続けるとは・・・・ドイツ人ってすごい。(でも、ドイツ人は、日本が、自国民が住んでいない北方領土返還を求め続けているのを聞いてすごいと思う、というのを聞いたことがあるので、いい勝負かもしれないが。)
一応、「もしかして、私が知らないだけで、日本でもまだ戦争犯罪裁判が細々と続いていたりして?」と思って調べてみたが、さすがにそんなことはないようです。

