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1 月 28, 2009

命をかけて病院に行く人々

今朝の新聞に、「病院の救急受付がいかに危険か」という記事が載っていた。

シリコンバレーはSan JoseにValley Medical Centerという公立病院があるのだが、そこの救急受付にはガラスのシールドがある。患者と病院の受付の人との間が強化ガラスで仕切ってあって、怒り狂った患者から病院職員を守っているのであった。で、このガラスを取り外そう、という案があり、受付で働く人から「身の危険が!」とクレームがあがっている、と言う記事だ。強化ガラスの厳重な仕切りっぷりはリンク先の写真を見てください。

なんでこんなことが起こるかと言うと:

  • アメリカ国民3億人中、4700万人が無保険。生活保護を受けるほど貧困だと公的保険があるので、無保険はいわゆる「ワーキングプア」の人たち。
  • そういう人たちは、本当に具合が悪くなったらやむなく公立病院の救急へ行く。基本的に救急はどこの病院でも患者を拒否しては行けないのだが、特に公立病院の場合は必ずそういう人をケアしないといけない。なので、多くは公立病院へ。
  • 公立病院の救急の待ち時間は8時間とか、そいういうとてつもない長さ。こちらの記事によれば、Los Angelesの方にあるとある病院の救急では、平均待ち時間12.2時間、16.6%の人が待っている間に諦めて帰ってしまうと。(そして、病院の駐車場で死んだ、といった事件が時々起こる)。

    シリコンバレーの別の公立病院のSan Mateo General Hospitalで働く人に話しを聞いたことがあるが、
    「2食分のお弁当を持って救急に来る人もいる」
    とのこと。(それくらい待つことを覚悟できている訳です。)

というわけで、そもそも公立病院の救急に来る時点でかなり切羽詰まっている人が多く、しかもこんなに待たせられて怒り心頭。そして銃は簡単に手に入る。

で、強化ガラスで受付の人を守らないとならない訳です。金属探知機がある病院もあるとのこと。

病院にかかる方も命がけなら、病院で働く人も命がけなのであった。

ちなみに、ミニ知識ですが、アメリカで無保険の人を病院が見た場合、料金を支払ってもらえる割合は10−20%。保険がある人でも、自己負担分は個人が支払うのだが、この集金率もたった50%。(McKinsey Quarterly: Overhauling the US health care payment systemより。このレポート、アメリカの医療経済がマクロでどう動いてるか知りたい人は必読。登録すれば誰でも無料で読めます。)
で、そういうコストは回り回って税金として国民に降り掛かってくる。ホント、ダメですね。

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1 月 27, 2009

睡眠時無呼吸症候群にPureSleep

睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea)の人は、夜寝ている間に呼吸が何度も止まる。多いのが「いびきをかいてる間に、ガッと呼吸が止まってそのまましばらく無音、その後急にガーッと呼吸再開」というタイプ。数十秒呼吸が止まることもある。これで昼間ひどく疲れやすくなり、ひどくなると心臓に負担がかかって命が縮まるという恐ろしい病気である。患者は大量にいるのに、確実に治る方法がまだなく「コレが治せたら大事業」ということがわかっている病気の一つ。常にいろいろなベンチャーがあれこれネタを出している。(こういう病気/症状は、医療の世界には沢山ある)。伝統的に効果が高いとされているのがCPAPという機械。加圧された空気をマスク越しに送り込むのであるが、面倒くさいし装着感が悪いこともあって、継続して使う人が少ないのが玉に傷。

というわけで、ここからいきなりテレビショッピングのようなのだが、素晴らしい商品のご紹介。その名もPureSleep。(アフィリエイトも広告も何もなし。真心のお勧めアイテムw)。たった30ドル60ドルのマウスピースなのだが効果は歴然。苦しんでる方は是非お試しあれ。「いびきがひどい」というだけの人にもお勧めします。

「効果」の被験者はうちのダンナ。Sleep Apneaで、7年ほど前に手術までしたのだが、結局成果はイマイチだった。他にも、超安価な鼻の上に貼るテープのような物から、数百ドル出して歯医者で作ってもらった歯ぎしりガイドみたいなものなど、いろいろ試したがどれも効果なし。

手術は口蓋垂軟口蓋咽頭形成術と呼ばれるもので、口蓋垂、口蓋扁桃、軟口蓋の一部を切除し、気道を広げた。(by Wikipedia

3週間くらい食事もままならずに寝込むという大手術であった。そして、手術後口の中を見たら、「のどちんこ」(うーむ、コレ以外のまともな名前が中々ない体のパーツである。口蓋垂って言われてもわからないですよねぇ)がなかった。蛙のようであった。驚いた。

手術直後はかなりApneaの方はよくなったが、数年したらもとのもくあみで、いびきが高鳴ったかと思うと突然呼吸が止まり、数秒(時には10秒以上)してから、ガフッと息が再開する、という典型的なApnea症状再開。(一応、apneaの定義は10秒以上呼吸が停止すること)。あんな大手術をしたのに・・・。

あまりにダンナのいびきがうるさいので、私は毎日耳栓をして寝て、時々内耳炎気味に。本人は眠りが浅くて疲れて起床する日々。

が、このPureSleepを使い出してからは、無呼吸もいびきもほぼ解消した。素晴らしい。

本人曰く、時々つばがうまく飲み込めずに目が覚めることがあるが、それ以外は至って快調だそうでございます。

日本でも、睡眠時無呼吸症候群、マウスピースで検索するといろいろ出てくる。要は、下あごが前にちょっと出た状態(受け口気味)で固定されれば何でもいいわけです。

PureSleepは、最初に全体を熱湯につけて柔らかくしたあとで、ぐっと噛んで跡をつけることで、自分の歯形にぴったりあわせる。その後はカパッと寝るとき口にはめるだけというお手軽製品でございます。30ドル60ドルということで、今のレートだったらたった27005400円。

PureSleep Online Shop

Apneaには「中枢神経の異常で呼吸が止まる」というタイプもありますが、それには効きません。気道がクッと閉まっちゃうタイプ専用。(でもそれがApneaの大半)。念のため。

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1 月 26, 2009

大企業が新しいものを生み出す時代の終焉

マイクロソフトのSongsmithの中央研究所話で思い出したんですが、そういえば最近、NTTの次世代サービス共創フォーラムのサイトでこのような文章を書きました。

ICTでのイノベーション・クリエータ主役交代

■大企業が新しいものを生み出す時代の終焉
■望むと望まざるとにかかわらずグローバルでないと勝てない時代になった
■大企業ができること
の3章からなってます。

さらにご参考まで、2004年にはR&Dの変遷というブログエントリーもあり。

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1 月 25, 2009

身悶えするほど恥ずかしいマイクロソフトのSongsmith

「中央研究所で作ってしまったが、営業部門がどこも売ってくれない技術・製品」というのは、多くのメーカーが抱える密かに頭の痛い問題である。通常は、「開発があるレベルまで進んだら、営業部門に開発コストを部分的に負担させる。開発が進むとともに、その比率をだんだん増やして行く」といった方法で、「完成したけど引き取り手がない」というのを避ける。(途中でスポンサーになる営業部門を見つけられないと自動的にプロジェクトがストップするので)。

しかしだ。新たな解決策を提示したのが、この1月8日に発売されたマイクロソフトのSongsmithである。その解決策とは、研究所から直接発売すること。そしてそのクオリティは、恥ずかしさに身悶えするほど。開発者の方には申し訳ないのだが、ここまで行くとそれはそれで素晴らしいというレベルである。

Songsmithは、コンピュータに向かって歌を歌うと、プログラムが自動的に伴奏をつけてくれる、というもの。

で、冒頭のビデオがマイクロソフトが作ったCM。お父さんが「暗闇で光るタオルのキャンペーンを考えなきゃ」と悩んでいるところに、娘が「マイクロソフトのSongsmithを使えば簡単にCMソングが作れるよ♪」とミュージカル風に歌う。お父さんが、それを別の人に見せると、「マイクロソフトなんだ。じゃぁ使い勝手もいいね」と。

こちらの記事によれば、この、お父さん役の人と、「使い勝手も・・・」と言う人が、Songsmithの開発者だそうである。二人とも、ビデオの中でちゃんと歌っている。明らかに素人さんですが。

さて、この何が恥ずかしいかと言うと「伴奏」の音が30年前のシンセサイザーみたいなこと。これ以上安っぽくできん、という感じである。デジタル先進国日本では、このチープなシンセサイザー音を聞いたことがない若者もいるかもしれない。そんなあなたにとっては、Songsmithは新鮮かもしれない。

どれくらいチープかは、「本物」のミュージシャンのボーカルだけを持ってきて、それにSongsmithで伴奏をつけたものが一番良くわかります。もう聞いた瞬間に、「ムンクの叫び」風に体が自動的によじれて、「ぎゃっ」と言ってしまうレベル。

まずはGizmodoにPure Horrorと言われたVan HalenのDavid Lee Rothバージョン。

昨年、オープンソースで音楽を売って商業的に大成功し話題となったRadioheadのもある。

全米が泣いた。

ハイグレードな音源を使ったらもう少しなんとかなると思うんだが。あと、実はマイクロソフトには、ほんまもののミュージシャンもフルタイムで働いている(はず)。昔、「ジュリアード音楽院作曲科を卒業した後、マイクロソフトで働いていた」という人に会ったことがあります。ウィンドウズの効果音などを作っていたそうである。そういう人もチームにいれば、音楽的にハイレベルになったんじゃないだろうか。

とはいうものの、どこの会社も、実は部門間の壁は厚くて高いんですよね。中央研究所の人は研究所の人だけでなんとか作らないと、、、って感じになってしまったのでありましょう。

しかし、よく販売を許可したなぁ。初音ミクが売れるならこれも、って思ったのでしょうか。深読みすれば「クールっぽいことをしようとすると、どうしてもアップルのパロディになってしまう」という自社をさらにパロっているのかもしれない。冒頭のマイクロソフト自らが作ったプロモーションビデオでも、使われているラップトップはMacBook Proである。(SongsmithはWindowsでしか動かないのにも関わらず)。うーむ。謎である。マイクロソフトのマーケティングの方、教えてください。

Songsmith、マイクロソフトのオンラインストアから29ドル95セントでダウンロードできます。

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1 月 21, 2009

テレビ番組がとてつもなく複雑になっている

今日からLostの新しいシーズンが始まる。今回と、その次のシーズンでおしまいなのだが、ストーリーは超複雑。登場人物がわらわらといて、それぞれを核とした別の物語が展開するだけでなく、未来と過去を行ったり来たり、主要舞台の島まで動く始末。私はシーズン1以降見ていないので、もはやキャッチアップ不可能でございます。

New York Timesのこちらの記事によれば、脚本チームには、「過去の話しの展開を記録、新しいプロットに齟齬がないかを確認するだけの担当者」がいるそうな。彼がこれまでに書き留めたメモは、プリントアウトしたら、トルストイの戦争と平和も真っ青の分量とのこと。

そういえば、Everything Bad is Good for Youなどという本もありますな。「ゲームとかテレビとか、そういう『良くない』と言われている物は、実は人間の認知能力を高めるのに役に立っているのである」という主張の本。

テレビ番組は、放映後にDVDを売るのが儲かるが、一回見てわかった気になるようではDVDを買ってもらえない。なので、最近のテレビドラマは、とてもさらっと見てもわからないくらい複雑・難解なストーリー展開になった、と。

確かに。

昔々の「水戸黄門」なんか、1話に出てくるストーリーラインは一つ、しかも悪役はかならず青緑のアイシャドーを塗って登場するという親切なものであった。

それに比べて、最近のアメリカのテレビドラマは、ハードディスク録画して巻き戻しできないと困ってしまう難しい展開が多い。(日本のテレビドラマは見ないので知りませんが・・・。)50年くらい前の人が見たらその高度さに驚くのではないでしょうか。

  

(邦訳発見。中々よろしいタイトル)


(全く余談だが、日本で買う洋書って安くなりましたね。Everything Bad is Good for You、アメリカのAmazonで10ドル20セントが、日本のAmazonだと1260円。でも、DVDはやっぱりまだ高い。LostのDVD、アメリカだと30ドルの物が日本だと7770円。字幕を入れる手間がいるとはいえ、倍以上。)

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1 月 20, 2009

短期記憶障害型シリアルアントレプレナー

昨日書いたuWinkのファウンダー氏だが、Atari→Chuck E. Cheese→uWinkという起業歴があるシリアルアントレプレナー。で、Atariはゲーセンのゲーム機製造、Chuck E. Cheeseはゲームができる子供向けレストラン、uWinkはゲームができる大人向けレストラン、ということで、やっていることはかなり同じ。

ということで以前の私のシリアルアントレプレナーの分類上、「短期記憶障害型」に近いですね。その分類を書いたのは5年も前なので以下抜粋。

ちなみに、何度も起業するシリアルアントレプレナーには、こんな種類がある。

 1)パラサイト型

他の人のよいアイデアを探して、それを事業に育てようと、虎視眈々と探す。「Entrepreneur in Residence」と呼ばれ、ベンチャーキャピタルのオフィスでうろうろしながらDue Diligenceなど手伝い、これはと思うベンチャーがあったら自分が社長で乗り込む、というのもこの「パラサイト」タイプ。一旦事業を成功させたら、会社を辞めて、ぶらぶらしつつ次のアイデアを探す。 このタイプが一番多く、正統派のシリアルアントレプレナーである。

Kiseiju

2)短期記憶障害型

同じアイデアで、何度も何度も起業する。

いろいろなパターンがあるが、たとえば、資金調達して、ある程度まで育ったところでそれを大企業に売却、また起業、など。中には、製品が行き詰ってきたりして、結局事業を清算、その後技術(IP)を二束三文で買い受けて、再度同じネタで起業する人も。信じられないことには、全く同じベンチャーキャピタルから資金調達できてしまったりすることもある。今まで聞いたところでは、10年以上かけて、3回同じネタで起業している、という例も。まるで、一旦起業したことを忘れたかのように同じコトを繰り返すところが短期記憶障害的。

「諦めない」「しつこい」というのは、アントレプレナーの基本要件であるが、ここまで行くと、「一旦だめになったアイデアで何度も資金調達するのって、ホントに論理的?」という気もするが、本人にとっては大事なアイデア。生涯一芸型、ともいえる。

 

Memento
Mementoは、短期記憶障害を持った主人公の映画。最終場面が一番最初にあって、そこから10分刻みで時間を逆行する、という凝った流れ。クラーイです。)

3)Return of the King型 (ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還)

自分の起業した会社から一旦追い出されるが、やがて再臨、復興を果たす、というSteve Jobs型。Jobsは、1985年9月にchairmanの座を追われ、1986年3月には、1株を残してApple株の全持分を処分、という劇的なexitを果たすが、その後1996年にアドバイザーとして復活、2000年には正式なCEOの座に返り咲く。同じ会社に返り咲くのをシリアルアントレプレナーと言ってよいかわからないが、Steve Jobsの場合は、Apple以外にもいろいろ起業してるからOKか。

 

Viggo Mortensen

Steve Jobsの健康状態が心配され、アップルの指輪物語も「もしかして最終回」と心配される今日この頃ではあります。

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1 月 19, 2009

ゲームビストロのuWinkに行ってみた

uWink round table
Google本社のあるMountain ViewにあるuWinkは、「ゲームをしながら食事ができる」という、ゲーム喫茶(死語?)ならぬゲームレストランである。去年の9月にチェーン店の3号店としてオープンした。「イロモノだなぁ」と遠巻きにしていたが、話しのネタに行ってみました。

外観はこんな感じ。

uWink entry

中は広くて清潔、モダンなインテリア。モニターがずらっと並ぶ様は結構壮観だ。

uWink inside

冒頭の写真のように、テーブルには一人一台モニターがある。モニターはタッチスクリーンになっていて、ゲームプレー以外に、食事の注文や支払いも可能。メインメニューはこんな風になっている。

uWink main menu

Order Beveragesをクリックするとソフトドリンクがずらりと。uWink beverage order screen

ゲームは、と言うと、コントローラはないので、大して複雑なものはなくパズル系がメイン。子供向けもある。

ちょっと意外だったのは、同じテーブルの人間同士のマルチプレーヤープレーは不可なこと。一人でひたすら自分のモニターでプレーするしかない。ただし、店内マルチプレーヤーはある。「みんなでするゲーム」の参加者を募るタイミングがあって、それに参加すると、トリビアやら二枚ある写真の間違え探しやらをすることに。(ただし、ゲームそのものは個人プレーで対戦相手が画面に登場する訳ではない)。最後に成績発表でプレーヤーと順位が発表される。壁にもスクリーンがあって、ゲームに参加していない人でも結果は見える。(↓こんな感じ。下が自分のモニター。)
uWink group game

(17人中2位でした。笑)

食べ物は、まぁなんといいますか、ありがちなそれなりに洗練されたアメリカのファミレスという感じで、東洋人的には頻繁に行くのは厳しいものがあるが、別に腰を抜かすほど不味くはない。

月曜の夜ということで、さぞや閑散としているのではないかと行ってみたところ、店内は4−5割埋まっていて結構びっくり。(uWinkがあるCastro Streetにあるレストランは、月ー木は閑散、金、土、日はそれなりに混む、というくらいで割と人気あり、という感じなのであった。)

家族連れも何組もいたが、確かにこれ、ゲームができるくらいの小さな子供を連れて行くにはいいかも。子供はゲームに熱中していただき、大人は落ち着いて食事をしながら会話するとか。伝統的な家族の食事に重きを置く人から見ると、

「家族全員がそれぞれ自分の前のモニターを見ながら食事している情景」

というのは不気味・不謹慎きわまるかもしれないが、たまにはいいんじゃないでしょうか。

+++

ちなみにuWink、ゲームメーカーの老舗Atariの創業者のNolan Bushnellがファウンダーだ。長方形のバーで四角い球(というのも変だが)をひたすら打ち続けるという、先祖的テニスゲームのPongを世に広めたあのAtariです。1982年時点では売上げ20億ドルという大ゲーム会社であった。

で、そのAtariで成功した後、Nolan BushnellはChuck E. Cheese(チャッキーチーズ、と読みます)という子供向けエンターテイメント型レストランチェーンを作る。ゲームセンター兼、昔のデパートの屋上の遊技場的なローテクの子供用遊戯施設があるレストラン。見た子供の心に一生残る傷を残しそうに怖いネズミの着ぐるみを来た店員もいる。小さい子供の誕生日パーティーをしたりするのに人気。


(Chuck E. Cheeseの怖いネズミ男)

(余談だが、映画、Sixth Senseで、主人公のお母さん(決して豊かでない)が、子供のクラスメートのお金持ちそうなすかした母親たちと話していて、「Check E. Cheeseとか?」と言うと、周りの母親たちが「あら、それなーに?」と言う、とうシーンがある。ハイソな人は行かない場所なので、主人公とその母親が学校で階級的に浮いてしまっていることを象徴する会話となっている。)

(なお、さらに余談だが、Chuck E. Cheese、「店内での客同士の喧嘩発生率がやたらと高いレストラン」としてもトリビア界では有名。子供の喧嘩に親が出て、激高した親同士が乱闘になって警察が呼ばれる、と言うケースが非常に多く、ついに火に油を注ぐ的存在のアルコールがメニューから消えた。一週間に一回ペースで警察沙汰になっている店もある模様。イト恐ろし。)

さて、しかし、Nolan BushnellがChuck E. Cheeseの利益を別の自分のベンチャーにつぎ込んだりしたこともあって、Chuck E. Cheeseは倒産、Bushnellは会社を追われる。(その後、会社は再生。)これが1980年代のこと。

で、新しく今やっているのがuWinkなわけです。2000年創業のuWinkだが、最初は「レストラン向けにインタラクティブなエンターテイメントシステムを提供する」というビジネスモデルだったのが、うまくいかずに2006年に方針転換、自らそのシステムを使ったレストランをチェーン/フランチャイズ展開することにした、という紆余曲折を経ている。

ちなみにuWink、怪しいOTC Bulletin Board(OTCBB)で取引されてます。一応財務データも公開されてるので見てみると、直近の1年間で売上げ$2.5 million、赤字が$5.3 million。この経済状況下では厳しい感じ。風前の灯かもしれないので興味のある方は早めに行ってみてください。CaliforniaのWoodland HillsとHollywoodにも支店がある模様です。

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1 月 18, 2009

追悼書評:アンドリューワイエス 自伝画集

Ano_Nuevo

「アンドリューワイエス 自伝画集」は私が勝手に訳したもので、元はAndrew Wyeth Autobiography。先週金曜に91歳でなくなった画家、Wyethが、自分の絵に背景説明を文章で添えた画集である。「本人が解説する画集」という、いと素晴らしいものなわけ。美学的純粋派の方からは「そんな邪道な!」という声が出るかもしれないが、いや、私は感銘を受けました。1995年の出版時に即買い。

(冒頭の写真は、Wyeth風だが、全然Wyethとは関係なく近郊のAno Nuevoで私が撮ったもの。)

この本に付いては2003年に書いたエントリーでも触れてるので、そこから抜粋。

「芸術の解説」は邪道では、という迷いが以前はあったのだが、それが吹き飛んだのはAndrew Wyethが自らの回顧展の作品を解説したAndrew Wyeth: Autobiographyという本。圧倒される。絵を何倍も楽しめるというのもさることながら、芸術家の頭の中ってのは、普通の人とは次元が違う構造なんだなぁ、と圧倒された。

例えば、奥さんの絵がある。ちょっと紅潮した頬で、やや斜めを向いているが、それは夫婦喧嘩の最中に彼女が激昂して顔が赤くなって激しく彼をなじった瞬間に、

「これだ、私は妻の本質を掴んだ」

と、それを後日絵にしたのだそうだ。

(別に怒っているのが彼女の本質というのではなく、感情が激した瞬間に何か本質的な ものが内部からほとばしり出た、と、そういうことであろう。)

夫婦喧嘩の最中にそんなことを思うダンナを持った妻は大変ではないか。

それ以外にも、ふとした瞬間に

「ある人間・動物・風景・その他もろもろの何かの本質を掴み取った」

と感じ、それを絵にするということが繰り返し出てくる。(逆に「本質」が掴み 取れず、なかなか絵がかけずに苦労したなんて話も出てくる)。

そうやって何かの「本質」に突然迫られ続ける人生というのは、息苦しいものではないのか。

あと、本には、Storm at Seaという、灯台の根元の方だけを描いた絵もあり、これについては、描き終える寸前にWyethの後ろを通りがかったカップルの男が

「ほら、この人アマチュアだよ。灯台の上の方が切れちゃってるだろ。」

と女に語って、それを盗み聞きした(当時既に画家として大御所だった)Wyethが笑う、という記載もあったりする。これはちょっと笑える話し。

深いところでは、「音を描こうとした絵」というのもある。Cooling Shedというもので、トランプカードの家のような洗いざらしの白い壁が曲がりながら連なる、光に満ちた小屋があり、奥には鉛のバケツが置いてある。Wyethはこの絵を描いた動機をこんな風に語る。

And I was taken by the sounds- sounds are so important in my work.  Here I wanted to portray that hollow tin sound when the buckets would be filled.  This is far from just a bucolic or farm scene.  I was thrilled to find such abstraction in the every day.

「私は音に強く引き寄せられた----音は私の作品の中でとても重要なのだ。この絵では、バケツに水が満たされる時の、空洞の鉛のエコーがかかったような音を描き出したかった。これは、単なる牧歌的、または農家的な情景ではない。日常の中にこうした抽象性を見つけることが私を興奮させた。」

天才画家の頭の中をのぞいてみたい人は一家に一冊。画集なので、できればハードカバーをお勧めしますが、ペーパーバック版しかなかったのでそちらをリンクしておきました。

 

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1 月 17, 2009

猫の生態

Cats

人間が人によって全然性格が違うように、猫もいろいろ。そしてそれは、多分遺伝要因と環境要因の両方による(笑)。

日本の実家で飼っていた猫は「巨大・凶暴・王様の風格」という感じだった。当時我が家の主婦だった祖母が近くのスーパーに買い物に行くのを見つけると、付かず離れずの距離で後を追う。途中、彼(猫)のテリトリーの境界まで来るとそこで立ち止まり、その後しばらくの間

「むぅわーを、むぅわーを、むぅわーを、むぅわーを」

と鳴き続ける。これがものすごい大きい声で、近所中に響き渡るというもの。

祖母は「恥ずかしいからやめて欲しい」とよくこぼしていた。

この「むぅわーを」を人間語に推測翻訳すると

「刺身買ってこい、刺身買ってこい、刺身買ってこい」

でしょうか。

というのも、祖母はほぼ毎日「まぐろのなかおち」を買ってきて、猫にあげてたからなんですね。(なかおちは刺身を作る時の余り物みたいな部分で、パックで100円くらいで売っていた)。

で、このなかおちを皿に入れて出すと、姿勢よく座ったまま(でも猫背だけど)、まず手の爪にばしっとなかおちを引っ掛けて、それを口に持って行ってむしゃむしゃと食べる。

最初に刺身をあげた時は、よっぽどおいしかったらしく、一口食べた後、後ろから見守る我々の方を振り返り、我々をしっかと見据えて一言

「ムニャッ」

と言い、さっと皿の方に向き直し、残りを平らげていた。

「ムニャッ」を推測翻訳すると

「旨い!褒めてつかわす。」

王様かよ。

焼き魚も好きで、魚を焼いていると「むぅわーを」といいながら台所にやってくるのだが、それがサンマだと、ふん、とにおいを嗅いだだけで一口も食べずに去ってしまう。(アジなどは大好きだった)。どうしてサンマが嫌いなのかは不明。

夕飯が刺身の時は、台所のテーブルの周りから離れない。人間様は、猫が椅子に乗って来ようとするのを阻止しつつ食事。ある時、私がテーブルの奥の方にある物を取ろうと、ホンの1秒ほど椅子から腰を浮かせて、座り直そうとしたら、既に椅子にはお猫様がデーンと座っており、手で刺身を略奪しようとしていた。(体重12キロ+という猫だったので、「デーン」です)。

さて、で、今飼っている二匹は、刺身など見向きもしない。飼い始めた頃、さぞや喜ぶだろうと、刺身を小さく切ってあげたのだが、しばらく疑わしそうに「ふん、ふん、ふん」と匂いを嗅いだ後、すたすたと歩み去ってしまった。刺身が嫌いな猫がいるなんて・・・・ショック。

白黒のモニモニ猫(7.5キロ・写真参照)のムスビはキャットフード以外食べない。刺身も肉も鰹節も全て興味なし。でもキャットフードは何でもかなりいける。
Musubi bag Musubi intensely looking at nothing Musu and Mashiro

キジトラのチャイは、キャットフードの好き嫌いは激しく、嫌な物を食べると吐いてしまうくらいだが、鰹節は大好き。チキンもちょっとなら食べる。
Chai chai Chai between curtains

チャイはムスビを母のように慕っている。(どちらもメス。同じ野良猫シェルターで保護されていたのをもらってきた)。チャイはいつでもムスビの近くにいたいが、ムスビは面倒くさがっていて、すり寄ってくるチャイを「シャー」っと威嚇したり、猫パンチで殴ったり、噛み付いたりする。しかし、時々気が向くと、近寄ってきたチャイの顔を舐めてあげることもある。そういうときチャイは

「至福です〜」

という顔をして、目を閉じてうっとり。この喜びが忘れられず、8割以上の確率で「シャー」「パンチ」「ガブッ」とくるのに、「もしかしたら舐めてくれるかも」と、来る日も来る日もすり寄っている模様。

Musu and Chai Musu and Chai Chai and Musubi

ちょっと不思議なのは、ムスビは、しばらく愛しそうにぺろぺろと舐めてあげた後、突然凶暴化してガブガブと噛み始めることがあること。愛憎は紙一重、ってことでしょうか?

あと、チャイはどれほどムスビを慕っていても、チャイの方からムスビを舐めることはない。どうもそれはムスビに対して失礼な行為のようである。「舐めてあげる」というのは相手の従属を伴う場合に限られた愛情の発露である、ってことでしょうか。そういえば、犬の群れでもボス犬が手下犬を舐めることはあっても逆はない、と聞いたことがありますが。うーん、深いのぉ。

さて、チャイは外に出て鳥やモグラやトカゲを追いかけることを心から愛しており、よく一人で外に出ている。チャイがどれほど家に帰って来なくてもムスビは全く動ぜず。

Chai cornering a mouse

(地ネズミを家の中に連れてかえってきてご満悦のチャイ。春先はチャイが外から持ち込む様々な生き物で家の中はスリル満点。)

一方、ムスビは日がな一日ダラダラ家の中で寝ていてあまり外には興味なし。しかし、時々、ムスビが外に出たまま、うっかり閉め出してしまうことがある。最近も、ムスビだけ二階から外に出たまま、私は階下のオフィスで仕事をしていたら、ホンの10分ほどでムスビが大声で文句を付け出した。

「にゃおーん、にゃおーん」

二重防音ガラスで、しかも家の反対側の外で鳴いているのに聞こえる大声。

「ちょっと!家に入れなさいよ、あんた!」

って感じ。(ムスビは普段の行動がオバサン臭いので、ムスビの鳴き声はオバサン語に脳内変換される。)

即座に家の中のチャイが、喉も裂けよとばかりに

「むわを、むわを、むわを」

と鳴き出した。

ちなみに、この「むわを」系の猫の鳴き声は、猫を飼ったことのない人は驚くかもという発音。とにかくものすごい大きな声で、「にゃーん」という感じがかけらもない発声だ。猫は「ぎゃっ」とも言うが(しっぽを踏んだ時とか)、それとも違う「長時間にわたって警告を発するための声」って感じでしょうか。distress callですね。

いずれにせよ、チャイは普段は他の猫と比べても蚊の鳴くように小さい声で「ニャーン」と言うだけなので、こんな大声が出るなんてびっくりするレベル。こちらは

「ママがピンチ!助けて!助けて!助けて!」

と脳内変換。ほんの10分閉め出しただけなのにこの騒ぎか。

ちなみにチャイが大声で鳴くのは、ムスビが外に閉め出された時だけである。ムスビの方が数年年上なんだけど、先にムスビが死んだらチャイはどれほど悲しむでしょうか、と心配なので、あと何年かしたら子猫をもらってきてチャイの愛情の矛先を分散しようかと考えている。

さて、ここからが猫が犬ではないゆえんなのだが、これだけ大騒ぎした後で、私が

「しょーがねーなー」

と2階に行ってドアを開けると、ムスビは

「ふん、遅いのよあんたっ」

という風情を醸し出しつつ、全く無言のまま、何事もなかったかのようにすましてスタスタと家に入ってくる。

チャイは

「は?誰か何かいいましたか?」

というとぼけた雰囲気でソファの上で猫座布団化している(「猫が手足を体の下に格納して四角く座る様」を猫座布団と言う・・・かどうかは知らないが)。

・・・ちょっと、あんたたちがあれだけ大騒ぎしたから、こうしてわざわざやって来てドアを開けてるのに、その何もなかったような顔はなによ、と少しだけ思う私。これが犬だったら、

「わーん、ありがとう、ふがふがふが、わふわふわふ」

とまつわりついて、顔をべろべろ舐めたりするんじゃないかと思うんですが。

ま、猫を飼う醍醐味は、この辺のちょっぴり屈折した猫の感情表現にあるのでした。

Musu totoro

(注:写真の著作権はクリエイティブコモンズのAttributionですが、Nさんのように「トトロは実在する」と子供をだますためにこの写真を利用することは固く禁じます。)

<ほぼ毎日、今日のお猫様写真アルバムはこちら。>

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1 月 15, 2009

ベルカーブはトンデモ本ではありません

Real Educationの著者は、以前The Bell Curveという本を書いており、この本、ものすごく論議を読んだ本なのだが、決して「トンデモ本」ではない。ベースとなっているのはまともな科学的調査。もちろん、読んでみて「これは違うだろう」だと判断するのは自由だが、他人が言ったこと(たとえそれがStephen Jay Gouldであっても)を鵜呑みにして、読みもせずに「トンデモだ」というのは勿体ない本じゃないかと思います。Bell CurveもReal Educationも決して読み物として楽しくはないのが痛いところなのだが。

論議を呼んだ経緯は英語のWikipediaに詳しい。最初の方にcontroversialと書いてあるので「批判された」本だと勘違いする人もいるかもしれないが、これ「議論を呼んだ」という意味の単語ですのでよろしく。

(付記:グールドの「人間の測りまちがい」という、Bell Curve批判の最右翼(左翼?)的本こそ、自分の主張を通すために都合の良いデータを選んで書かれた部分が随所にある、という批判も多々あることをコメントに書きました。FYI。)

Bell Curveは、「黒人のIQは遺伝的に低い」と言ったとして批判されたのだが、実際に本に書かれてあることを上記のWikipediaより引用すると、

"It seems highly likely to us that both genes and the environment have something to do with racial differences."
「人種間のIQの差は、遺伝と環境要因の両方が関連している可能性が非常に高いと我々には思われる。」

"The debate about whether and how much genes and environment have to do with ethnic differences remains unresolved."
「どれくらい遺伝と環境要因が関連しているか、または、そもそも関連があるかどうかに付いての議論は未だ決着していない」

(貧富の差など、人種以外の要因を全て抜いても差が残る、という調査結果に基づく)。

前のエントリーでも触れたが、この本に関する論争を受けて、米国心理学会の特別タスクフォースがレポート(PDF)を出しているが、そちらは

「Bell Curveが言う通りこれまでの調査では人種間のIQ差は存在する。しかしそれが遺伝的な物であるという証拠はない。何が原因かは不明。」

著者と言ってること一緒じゃん。でも、

「知性を決定する要因に付いてはわからないことも多いから、断定的議論はすべきでない」

とも言っていて、やんわり「そこまで言わなくても」ってトーンではあるのだが。それでも、「全くもってでっち上げのトンデモ本だ」とは言ってない。

さらに言うと、The Bell Curve、「人種間の能力の差」の本ですらない。全然ない。人間の知能は正規分布に従い(つまり半分は平均以下=ここで言う平均は統計上の母平均)、必ず知的弱者が世の中には存在するから、彼ら彼女らが不利にならないよう、そういう人たちのためになる施策をとろう、という主旨だ。至ってまともじゃないですか?

***

あと、Real Education、

「複雑なホワイトカラーの仕事の実績とIQは統計的に正の相関があり」

「IQとファミリーバックグランドは正の相関がある」

と言っているが、正の相関があるからといって、特定のファミリーバックグランドを持つ人が必ずそのバックグランドに見合ったIQを持つとは限りませぬ。集団が特定の傾向を示すのと、その中の個人にどのような特徴が現れるかは別の問題。「相関が1」という時以外は、いろいろな結果を生み出す人がいて当然。

(余談ながら、学歴だけは無駄に高い私であるが、親は高卒です。3歳児検診では知恵おくれ認定だったし。)

なので、一人一人の子供を育て教育する立場の人(親とか先生とか)は、「誰もが可能性を秘めている」という前提で当たるのが正しいと思うが、一方で公共政策として、限りある資源をどうやって配分するか、という時は、統計的に最も成果が出そうなことを選ばないといけないと、そういう話し。

ちなみに、Real Education、

「国の将来を担うトップ層にはデータ分析、特に統計の概念をきちんと教えろ」

と言ってて、この人、Bell Curveで統計を理解しない人に叩かれまくって本当に頭に来たんじゃないかなーと思ったり。

・・・・以上、このエントリーを要約すると、「Bell Curveトンデモ批判はBell Curve読んでからね」です。

(山形浩生さんですら「噂だけ聞いてトンデモだと言ったが、読んだらすごく納得した」という類いのことを言っているのを発見。あの山形さんをして、読まずにトンデモだと言わせるくらい、「トンデモだと言いやすい本」なんですね。。。。。)

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