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9 月 29, 2007

何かを好きになるために努力すること

基本的に好きになるには努力が必要だ、という話。

「なんとなく、こういうものが好きになりたい」

という方向性はもともとあっても、実際好きになるにはがんばらないと・・・とかいうと偉そうだが、まぁ、単なるヨタ話です。

たとえばうちの母親。

若い頃、デパートの食堂で、生まれて初めて「キムチ」を食べたそうな。その強烈な匂いと味に、「オエッ」と来て、その日は食べられなかったのだが、後になって心残りとなり、

「あれが食べられないのは悔しい」

と再度同じ食堂に行って、もう一回キムチに挑戦。

「オエッ」

・・・これを3回繰り返して、ついに

「キムチが大好き」

になったそうである。

うんうん、こういうの、わたしも時々ある。

「これが嫌いなのは悔しい」とか、「これが好きだったらカッコイイなぁー」とか思って挑戦しているうちに好きになるんですな。

たとえば、「ベジマイト」。「オーストラリアの納豆」という誉れ高き食べ物である(私が呼んでいるだけだが)。見た目チョコレートスプレッドだが、野菜を発酵させて作った謎の塩味旨味物体。最初はかなり「オエッ」と来ましたが、トライし続けているうちに大好物に。(トーストに塗ることができるモノとしては珍しい塩味、ということもある。)

さらにいえば、

「海外で暮らす」

ってのもそれ。英語の勉強も嫌いだったし、ついうっかり高校でホームステイなんてものに行ってしまった時は、あまりの辛さに泣きが入ったが、でもだんだん年を取るにつれ加速度的に日本で暮らすのも大変になっていったこともあって、もう一回試してみて、また日本に帰って、、、、と繰り返しているうちに好きになりました。

エーリッヒ・フロムは「愛することは技術である」と言ってますが、ま、広義で言うと似た話?

フロムいわく、愛は「決意であり、決断であり、約束」であって、 「そのなかに“落ちる”ものではなく、“みずから踏みこむ”もの」、と。

同じような話で、「天職」とか「運命の人」みたいなのがあって、そういうのに出会えさえすれば落雷に打たれたように好きになれる、というのって違うなーと思うんですよね。「好き」になるには、それなりになんでも努力が必要なのではないか、とそう思うわけです。

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9 月 28, 2007

ビリーズブートキャンプ:本物認定

ちょっと前にビリーズブートキャンプネタを書いたところ、頂いたコメントがあまりに面白かったので、私もシリーズの一つであるところのUltimateというDVDを買ってみました。Billy Blanksオンラインショップから、小道具として使われるゴムひも(というのか・・・)も買いました。右後ろにいるイケテないヒスパニック男性にシンパシーを感じる今日この頃・・・(笑)。

で、このBootcamp Ultimate、だんな様が元海軍特殊海兵隊員特殊部隊(Navy SEAL)という人にも貸したところ・・・・

「よくできたサーキットトレーニング」

というコメントが。

というわけで、本物の海軍特殊部隊も認定だ!喜んでくれ、ユーザー諸君!

ちなみに、だんな殿は初回から軽く通しで全部こなしたそうです。当たり前か。

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9 月 26, 2007

TOTOのミソインデックス

ちょっと前のことですが、バスタブやらシンクやら、水周り製品のショールーム、Fixtures 'n Faucetsに行った時のこと。

そのときの目的は「ステンレス製、日本風お風呂(こんな感じ)」を見ることだったんですが、置いてなかった・・・ので、ふんふんふーん、とばかりに見て回っていると、展示してあるトイレ・バスタブの上にモニターがあって、何かビデオを映している。なんじゃ、としげしげと見たら日本のTOTOのトイレの説明ビデオで、日本らしく丁寧にチャートで性能比較。

で、その比較項目のひとつが

「Miso Index」

だったのでした。

TOTOの便器が少量の水できれいに流せるのは、ミソを実験に使うことができたから、、、というのは昔日本の何かで読みましたが、そのままMiso Indexという英語にしてしまったのね。。。これを見て

「よーし我が家もMiso Indexの高い便器にしよう」

と思う人がいるかどうかはわかりませんが、「ハイテクの国日本からやってきた高い技術」というイメージをかもし出すにはいいかも。

「ヘアワックスに相撲テクノロジーを導入した」という触れ込みの「SUMO Wax」みたいなものでしょうか。

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9 月 25, 2007

judgmentとjudgmental

なんとなく不思議な英単語シリーズ。今日はjudgmentとjudgmental。

大体、dgmという三つの子音がつながっているスペルが変だ、という気もするんですが、それはまぁ置いておいて、

judgment=判断、判断力。人間が持つべき正しい資質

と、いい感じなのに、最後に「al」がついて形容詞になるといきなり

judgmental=なんでも自分の価値観だけで正否を決め付ける

という、いやな感じになるんですな。

たとえば。

テレビドラマのSex and the Cityで、主人公のCarrieは、とっくに別れた昔の彼氏(Big)とこっそり会っている。友達の間では、BigはCarrieにとって「悪い」男という定評。実はまたデートしていることをCarrieから打ち明けられた女友達のMirandaが、「Bigはだめ、絶対やめろ」と非難すると、Carrieが激怒して

「You are so judgmental!」

と怒鳴る、というシーンがありました。

「んなこたわかってても会わずにいられない、という切ない気持ちを酌みもせずに、悪いと決め付けるなんて、何様のつもり!!友達ガイがない!」

と怒ってるわけですね。

かなえたい43の望み」なるサイトにも

Be less judgmental

というのがあります。「判断力がない人になりたい」わけではなくて、

「いろいろな価値基準を持った人をありのままに受け入れられる人になりたい」

ということなのでした。

思うに、judge=判断なわけですが、基本的に「自分なりに得られる事実に基づいて決断を下す。ただし絶対の真実は闇の中にあるままで、正解はどこにもない」という感じ。

(だから裁判官もJudgeなわけです。両方の言い分や、さまざまな証拠に基づいて判断するが、「本当に本当はどうだったの?」ということは、これはもう神のみぞ知る。)

で、あやふやな世の中で、きちんと判断しながら道を切り開くことが大事、という価値観が英語圏では強いように思うんですが、やはり行き過ぎるとだめ、って感じかな、と理解しております。はい。

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10月20日、日経のセミナーで話します

土曜午後@丸ビル、です。

丸の内キャリア塾:ウーマンパワーが会社を変える~女性活用企業・キャリア採用の最前線を探る

というのの第一部、というところです。参加者は女性限定だそうです。

女の人ばかり数百人をまとめて見るのは、女子校だった中学以来の出来事。はっきり言って話す私もちょっと怖いです。

ですが、無料なのでお暇だったら。申し込みは上記リンク先にあります。

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9 月 23, 2007

ニューヨークの20代では、女の給料は男より17%多い

ほほー、ついに。アメリカのいくつかの都市圏で、20代でフルタイムの仕事をしている人では、女性の方が男性より給料が高くなったそう。で、ニューヨークでは、17%も違うと。(New York Times: Putting Money on the Table

For the first time, women in their 20s who work full time in several American cities — New York, Chicago, Boston and Minneapolis — are earning higher wages than men in the same age range, according to a recent analysis of 2005 census data by Andrew Beveridge, a sociology professor at Queens College in New York.

For instance, the median income of women age 21 to 30 in New York who are employed full time was 17 percent higher than that of comparable men.

なぜなら、、、と続いて

53 percent of women employed full time in their 20s were college graduates, compared with 38 percent of men.  Women are also more likely to have graduate degrees.

女性の方が学歴が高いから。20代でフルタイムの仕事をしている人のうち、女性では53%が大卒なのに、男性では大卒は38%のみ。大学院まで出ている人も女性の方が多い。

4年前に、男子の学問下等市民化、というエントリーで、高校の男女間学力格差が広がって、落ちこぼれていく男子の救済が必要になっている、という話を書きましたが、それがそのままトコロテン式に年齢が上がっていくと、こういうことになるということでしょうか。

ま、冒頭の比較は特定の都市部だけのものなので、そもそも教育レベルが高い女性しかフルタイムの仕事についていない、(それ以外の女性はパート、とか、そもそも大都市部に仕事をしに出てこない、など)といった理由も考えられますが。

さらに記事ではこんな調査結果も

Michael R. Cunningham, a psychologist who teaches in the communication department at the University of Louisville, conducted a survey of college women to see if, upon graduation, they would prefer to settle down with a high school teacher who has short workdays, summers off and spare energy to help raise children, or with a surgeon who earns eight times as much but works brutal hours.

大学生女子に、「毎日家に早く帰ってきて、夏休みが長く、子育てする余力が残っている高校教師の男性と、その8倍の給料を稼ぐが仕事に明け暮れる外科医と、どちらが結婚相手として望ましいか?」と質問。

答えは

Three-quarters of the women said they would choose the teacher.

4人に3人が、「高校教師」と。去年、男性に求められているのは「キュートなお尻と家事能力」という話を書きましたが、そういう感じですね。

ま、お尻と家事だけじゃさすがにダメで、

young professionally oriented women have no problem dating down if the man is secure, motivated in his own field and emotionally supportive.

「自分に自信があって、自分のフィールドでやる気があり、精神的に支えになってくれる」という男性が、キャリア女性に求められている、と記事は続く。ま、自信がない男は、自分より収入の高い女とはやっていけないと思うので、これはもう前提条件という感じですが。

(ちなみに、冒頭の記事は、「とはいうものの、やっぱり女の方が稼ぎがいいことに抵抗を感じる人が、男性にも女性にもいる」という話。世の中は難しいですね。)

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9 月 22, 2007

異常気象:雨

昨日の夜半から、それなりにまとまった雨が降った。天変地異。私が住んでいるあたりは、4月から11月半ばまでは、一滴も雨が降らないのが普通なので。私が住み始めて9年になるが、9月に雨が降ったなんて初めて。チラッと水滴が舞う程度はごくまれにあるが、今回は雨の降る音で夜中に目が覚めたくらい。

庭の樹齢300ウン十年の樫の木の幹が、部分的に雨にぬれて、なんとも言えない微妙な色合いの縦縞になりました。

oak

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9 月 21, 2007

天才が学ぶことの真髄を語る:Josh Waitzkin

「天才」という言葉は垢まみれ。「東大でも一年に一人出るかどうかの天才」という表現を見たときは、ずるっときた。東大に一年に一人出るくらいのはただの秀才ですがな。。。。とほほ。。(前も書いたが、「一流大学に受かる=全国でトップ数千人程度=歌で言ったら、カラオケで上手いと言われる程度」ですから。)

さて、しかし、

「うーむ、やっぱりこれは天才?」

と思ってしまうのがJosh Waitzkin。9歳でチェスの米国チャンピオンになり、10年間米国チェス会に君臨した後、21歳で武術太極拳をはじめ、コロンビア大学で哲学を学ぶ傍ら太極拳に没頭、2年後に世界チャンピオンになったという人。中々甘いマスクのお兄さんである。現在30歳。そのJosh Waitzkinが今年出版したのがThe Art of Learning。「学ぶこととは何か」についてを主眼として書かれた半生記、です。

いや、天才に「これが学びだ」といわれても、あまり真似できないことで一杯ではあるのだが。

本には、まず彼がチェスを始めた経緯が書かれている。いわく

「6歳のときに、母親とニューヨークの公園を散歩中、屋外でチェスをしている人たちを見かけ興味を持つ。ある日学校で友達がチェスをするのを数回見た後、同じ公園へ。チェス盤を広げていた老人と生まれて初めてチェスをする。そこで、周囲に人だかりができるほどの熱戦を繰り広げ、その日は結局負けるが、以降『公園プレーヤー』としてチェス三昧」

・・・・むむー。数回見ただけでチェスのルールを理解したですか。6歳で。

その日を境に公園チェスを始めるが、Joshの対戦は常に黒山の人だかり。そんなある日観衆の一人にチェスマスターが現れ、「是非私に教えさせてくれ」とJoshの父親に申し出、以降、正式なレッスンを受けるようになる。

さて、16歳で、インドのチャンピオンと、インドで対戦したときのこと。激戦の中、次にどんな手を打つか考え、それぞれの手が生み出す新たな可能性を考え・・・と、先の先までありとあらゆる可能性の分岐を頭の中で計算しつく中で、Joshは自分という主体が自分の思考から乖離していくのを感じる。どんどん「自分」がなくなり、ひたすらチェスの手だけが電気信号的超高速で計算されていく至福に没頭。

(この辺のことは、将棋やら碁やらの名手も同じようなことを言いますね。スーパーコンピュータを凌駕する数千・数万の高速計算をする過程では、人間の脳は、みな同じような状態に昇華するのでありましょう。私がイメージするのはディラックの海。)

そしてその思考が極まった瞬間に「地震」が起こる。本物の地震。照明が消え、建物の梁が砕け落ち、人々が逃げ惑う。その異常を、純粋な思考の世界から奇妙に冷静に眺めていたJoshは、地震の物理的衝撃が意識界を抽象的に揺らす中、言葉では説明できない思考の開放を受け、「これだ」という手を発見する。その後、一旦避難し、チェス対戦に戻った後、インドのチャンピオンに勝利をおさめる。

本では、

「この時に僕が体験したような『高度にクリエイティブな状態』に自分をもっていく方法をご紹介します」

とあるんスが、いや、紹介されてもできないス・・・とちょい虚脱感あり。

ま、私でも「そうだよね」と思えたのは、

「ここぞという局面での精神的プレッシャーはなくすことはできない。そのプレッシャーを上手に使って、より優れた実績を上げられるように自分を鍛えるだけだ」

という所。私は、「ここ一番」という試験で、二度同じ症状にかかったことがある。朝3時くらいから吐きまくって、日が昇る頃には熱まで出てヨロヨロ、という情けない状態。どちらも「あーら、食中毒?」と思ったのだが、後から考えると試験の当日だけ二度かかる、というのも変なので、おそらく精神的なものでしょう。大学入試で、二次試験が二日あるってのもつらかった。一日目と二日目の間は殆どまともに寝られないわけで。うとうとすると、物理の出題にあった物体の衝突が頭の中をぐるぐる。・・・・いや、つまり小心者なんですな。

そういうときに「心頭滅却しよう」と思っても絶対無理で、緊張をバネに集中力を呼び起こすしかないわけです。ま、人生のここ一番が「試験」っていうのも情けないといえば情けないが、それくらいしか思いつかないので。

というわけで、Josh君の「プレッシャーは消せない。受け止めて、バネにする」というのは納得しました。はい。あと、「思考には体力が大事」というのも、ふむふむそうだよね、と。チェスの思考力強化のために心肺機能を鍛えるトレーニングをする、という具体的な方策も紹介されてます。

それ以外は、かなり厳しい教えが多いですが。

とはいうものの

「激しい精神的プレッシャー、集中力を妨害する外的要因(きゃーきゃーいうファンとか、嫌がらせしてくる対戦相手とか)がある中で、全てを超越して勝利するためにどうするか」

ということに関して、チェスと太極拳という全く異なる二つの領域で世界のトップレベルに至ったJosh君が、その真髄を語ってくれているわけです。

世界を極めようと思うスポーツ選手の人には得るものが多いのではないかと思いますので、そういう方は是非ご一読下さい。

(なんだか、激しくターゲットが限られる推薦ですが。)

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9 月 20, 2007

さびしいサイン会と出版PR用web2.0事業

グリーンスパンのサイン会のように600人も登場したら華やかであるが、無名の作家だと、こんな風なさびしい感じにもなりがち↓

Lonely Book Signing

Palo AltoのApple Storeの向かいにあるBordersで、サインを求める人を待つ無名の著者の方。彼の前の折りたたみの机に乗っているのが著作。申し訳ないので後姿を撮影。

が、しかし、それでもサイン会ができるだけ幸せらしい。New York TimesのThe Author Will Take Q.'s Nowより:

“When you’re not in the book business you think, of course they’re going to send you around,” she said.

Chances are, unless an author is especially high-profile or promising or willing to pony up for expenses, they’re not.

出版業界にいない人は、「もちろん、本を出版したら、全国津々浦々ブックツアーに送ってもらえるんでしょ?」と思うが、よっぽど有名か、よっぽど売れそうか、自分でコストを負担しない限り違う、と。

ということで、記事には、いろいろな人のブログにゲストライターとして登場したり、ブログインタビューに登場したりして「オンラインブックツアー」をする人たちの話がでてきます。いわく

“You can reach at least a few hundred people on a blog, and save time, money and the fear of being a loser when no one shows up to your reading.”

ブログだったら少なくとも数百人は読んでくれる。しかも、朗読会をやって誰も来なかったらどうしよう、、、という恐怖もないし、と。朗読会、というのはブックツアーの一形式で、著者自ら自分の作品を読みあげ、その後QAセッションをやったりするのでした。

グリーンスパンのサイン会のエントリーのコメントで教えていただきましたが、Random Houseがやってる「Author Phone Chat!」(作者と電話でお話しよう!)なんていうのもある。アメリカには「book club」なるものがあり、定期的にメンバーが集まって毎回違う本について語り合っている。(book clubは一般名詞。いろいろな人たちが、全国各地で自発的にbook clubをやっている。)そのbook clubにスピーカーフォンを通して筆者が自ら参加してくれる、というもの。ひー、大変だのぉ。

で、さらには、そうした出版プロモートのサポート事業も。

Booktour.comは、作者紹介に加え、リアル・オンライン双方のブックツアースケジュールのサイト。あのThe Long Tailの筆者、Chris Andersenと、19歳のMITの学生が創業。

「本のプロモーションビデオ」に特化したbookvideos.tvてなのもあります。

しかし。

私は、10年前に比べて圧倒的に本や雑誌を読む量が減った。オンラインがそれを代替しております。はい。

ま、オンラインでも読めるのに、目が疲れる、という理由で、敢えて紙媒体で購読してる雑誌・新聞もいくつかありますが。20年前みたいに、「古本屋で新古書を2万円分(大きいデパートの手提げ袋二つ分くらい)買ってせっせと読む」なんていうがつがつした読書はトントしなくなりました。。。

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9 月 19, 2007

シリコンバレーは変な日本人の吹き溜まり

今日、鹿児島大学の学生さんたちがシリコンバレーツアーに来ていて、そこでパネルディスカッションをした。パネルは、私以外はみなソフトウェアエンジニアだったのだが、まぁ濃かったです。

私がこのブログを書くときは、「私は日本の平均からしたら相当変な人間だから、私が思うことをそのままストレートに書いても伝わらないこともあるし」と一応気を使ってくどくど書いてるところもあるのだが、そういうのなし、直球ストレート。

ということで、私「以外」のパネルメンバーの回答をいくつか例としてあげます。私が言ったことじゃないですよ。(まぁ、代弁してもらってる感はあるが)

例1
学生さんからの質問「転職するときの恐怖をどうやって克服したんですか」
回答「恐怖?何の恐怖?何が怖いの?定義して。わかんない。転職ってクラス替えみたいなもんでしょ。」

例2
質問「飽きっぽいのって悪いことなんじゃないんですか?」
回答「全然!飽きっぽいの万歳。飽きっぽいから次々に新しい技術を身につけていくことができるんじゃん。」

例3
質問「学生のときはどういう人でしたか?」
回答1「人と違うことばっかり。中学時代から『お前は日本にいられないな』と周りに言われ続けて、それって悪口を面と向かって言われてるかと思ってむっとしてたんだけど、悪口じゃなくて予言だったらしい。」
回答2「番傘差して学校に行ってた」

例4
質問「学校を出るときどういう基準で就職先を決めたんですか?」
回答1「就職活動しなかった。みんながすることはしたくないから。で、就職活動シーズンが終わったあとに、中途採用している会社を見つけて入社。」
回答2「研究室の教授の推薦で就職するのが普通だったんだけど、そういうみんながすることはしたくないので、あえて就職活動した。」
回答3(アメリカの大学院を出てシリコンバレーの会社に就職した人)「とりあえずビザが欲しくて最初にオファーくれた会社に入ったんだけど、1ヶ月で『こんな単調な仕事はイヤ。もう一秒たりともできない』と上司にごね、ごねている間に別の会社からもっといいオファーが来たからそこにさくっと転職。」

・・・・まぁまだいろいろあったんですが、しみじみ思うのが

「捨てる神あれば拾う神あり」

ということ。みなさん、「飽きっぽい」「言われたことに従わない」「敢えて変わったことをする」など、日本では明らかにマイナスとされる性格が受け入れられ、時には珍重されもする地を見つけて住み着いたんですね。

で、パネルが終わったあと、パネルメンバー二人に

「最初アメリカに来たころみたいに金髪にしなよ」

と提言。(この二人は、もともと割りとファンキーなファッションの♂だったのだが、最近えらく地味になっている。おしゃれのシベリア、シリコンバレーに染まってきてしまってきているのか、さびしいなー、と思っての差し出がましいコメント。)

すると、二人とも異口同音に

「アメリカではナチュラル金髪がいっぱいいて、つまらないからもうやらない。」

・・・・うふふふ、天邪鬼じゃのぉ。その気持ちは非常によくわかるが。ちなみに私は、丸の内総合職OL時代に金髪だった時期があって、当時「渡辺さんって何人?」と真剣に私の友人に聞いた人がいたそうです。はい。

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