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2007/02/10

Off | 日本はエラくもないが卑下したもんでもない

3週間くらい前のこと、日本の外務省から来たエライ人(局長、という肩書きであった)と話す機会があったのだが、そこで、「日本はたくさん良いことを国際的にしているのに、そのアピールが弱くて損をしているのでは」という私のコメントに対し、このようなお答え。

「アピールできないのには3つの理由がある。
1.日本に対する国際社会の関心が薄れている。中国や中東に比べて日本なんて誰も興味ない(から言っても聞いてもらえない。)
2.日本人は英語ができない
3.アングロサクソンは日本人を差別している」

1も2も突っ込みどころ満載だがとばして、3の「アングロサクソンは日本人を差別している」

(心の中の)あいた口がふさがりませんでした。

  • まず主語がわからない

そもそも、アングロサクソンってなんだ

日本では時々耳にするのだが、アメリカに来てからとんと聞かない言葉だったので、Wikipediaで調べました。いわく、5-6世紀にイギリスを征服したAnglesとSaxonsという民族がいて、その人たちはGermanic peopleであり、1066年までイギリスを支配したそうである。(映画の『King Arthur』で、顔に青ペイントしてたKeira Kneigtleyの一味がAnglesらしい。)

そうか、昔のイギリス人に差別されてるってことか。

・・・違うだろ。

ということで、さらにnews.google.comでanglo-saxonで検索。

ふむふむ、ちょっとわかってきたぞ。ヨーロッパ人が、「神の見えざる手に任せた資本主義」を「弱肉強食であまり望ましくないもの」として表現する時にAnglo-Saxon的な、と称するらしい。つまり、「ヨーロッパ大陸」ではない「イギリス的なもの」。例えば、The Myth of the "Anglo-Saxon Model"

Continental leaders are fond of using “Anglo-Saxon” as a synonym for “free-market.” The implication, of course, is that free markets are not only ruthless and cold-hearted, but foreign, too. In a word, un-European. Witness President Chirac’s May 2005 assurance to the French that proposed reforms amounted not to “a model of the Anglo-Saxon type,” but offered instead “a model founded on dynamism and individual initiative, on solidarity and social dialogue.” (As if solidarity and social dialogue had no place in the Anglo-Saxon world.)

ヨーロッパ大陸のリーダーたちは、「自由経済」を、自分たちとは異質なモノとして表現するために「アングロサクソン」という言葉を使う、と。イギリスから派生したアメリカも自由経済の国ということで、Anglo-Saxonモデルに入るらしい。

(ちなみに、イギリス・ヨーロッパでは、「ヨーロッパ」は大陸のみを指し、イギリスは「England」、と明確に区別されており、ごっちゃにするのは大いなるマナー違反らしい。イギリスに行って、「ヨーロッパで暮らすのは初めてです」と言ったら、周囲のイギリス人たちから「ここはEnglandでEuropeではない」、と、総スカンを食った、という人がいました。)

ここで、話しを「アングロサクソンからの差別」に戻すと、そうかそうか、「イギリスやアメリカに差別されてる」ってことか。

・・・これも違うだろ。

だって、「(Anglo-Saxonじゃない)フランスとの外交はお手の物です。」なんて聞いたことないし。(フランスじゃなくて、イスラエルでもロシアでもいいけど。)

まぁ、あんまり意地悪を言わずに、発言者の主旨を理解してあげると、「白人による差別」っていいたかったのでしょう。一応WikipediaのAnglo-Saxonの項にも「緩くはWASP(White Anglo-Saxon Protestant)と同義で使われる」と書いてある。で、WASPの項を見ると、

Some may use the term to describe any white person who does not claim any minority affiliation(中略)working class whites in the U.S. are not usually referred to as WASPs, even if they are Protestants of Anglo-Saxon descent.

ということで、「特定の民族性を主張しない白人」のことだそうです。ただし、貧乏人はWASPにはならんそうで、エリートに限られる、と。つまり、またまた外務省の方の発言に戻ると

「エリートの白人に差別される」

といいたかったのでしょうね。

しかし、それにしても、外交官のボキャブラリーとしては、かなりトホホなんじゃないでしょうか。フランスでは大統領すら「我々はAnglo-Saxonモデルを否定する」と演説するくらいだから、フランス人に「きみたちアングロサクソンが・・・・」なんていったら目が点になるんじゃないですかね?

アメリカだと、日本料理と韓国料理が両方あるレストランがある。普通のアメリカ人から見たらどっちも似たようなもんだからごっちゃになってるわけです。同様に、ヨーロッパもイギリスも 一緒くたに見えるから、みんなまとめて「アングロサクソン」。外交官がこの言葉を使う時、それは外交という「自分のプロとしての仕事」を通じて得た概念ではなく、日本の二流の本で書いてあることを受け売りしているだけ、という感がぬぐえません。(この辺、私はヨーロッパの常識は知りませんので、間違ってたらご指摘ください。)

  • そして述語もわからない

日本人を差別している」の方ですな。

外交やビジネスといったオフィシャルな局面で人種差別ってあるのか?私は外交はよく知らないが、まともなビジネスでは人種差別が障壁になるって考えられない。あるのは、

「バカ差別」
「マナー悪い差別」

といった、「能力に関する差別」だ。(これは差別ではなく評価である、とも言うが。)もちろん、「言葉ができない差別」というのもあるが、これは、「言葉でやりあうことが大事な仕事において言葉ができない」という、「仕事で必要なスキルを持っていないこと」に対する差別である。

ビジネスですらそうなんだが、外交っていうのは国益がかかっているわけで、日本のような大国を「人種差別」なんていうことで切り捨てるのは、他の国にとって無益なことだと思うんですが。

だって、なんといっても、日本は世界で経済的に二番目。そんな大事な国との関係を人種差別で曇らせるって無駄ジャン?と私だったら思うけどねぇ。

  • もっと言えば、論理的繋がりもわからない

百歩譲って「アングロサクソンによる日本人差別」が実在したとしよう。しかし、

「だから外交PRが上手にできません」

というのは、それはもう、「雨が降っているので学校に行けません」みたいな、わけわからん子供の言い訳となんら変わらない。国際社会は厳しいのである。それをなんとかするために外務省があるんじゃないのか。

  • 強い国には強いがゆえの責任があることについて

さて、では、どうしてこういう謎の発言が出るのか、ということについて。

日本では、「日本は小さい取るに足らない国」という「自己矮小概念」がなんとなくまかり通る。で、時として、それに反発して、「日本人は他より優れた民族、日本文化は他より優れた文化、日本人はエライ」という「選民思想」的な発想が痙攣的に起こる、ような気がする。

日本は強い優秀な国である。国土だって、日本国民が思うほど狭くない。(ヨーロッパ諸国の国土面積を見てくれたまえ。)だから、「日本は小さい取るに足らない国」は間違っている。しかし、その一方で、「他の国より優れている」というのもこれまた間違っている。日本に日本文化があるように、他の国には他の国の文化があるわけです。お互い尊重するのが大人ってもんじゃありませんか。

なぜ、「どうせウチラはダメ」と「オレサマがエライ」という二つの間違った両極端の間を行き来してしまうのか。

私はこの理由を、日本には「Noblesse Oblige」という概念がない(もしくは忘れられてしまった)からでは、と思うのでした。(後日追記:Nobles→Noblesse、綴りが間違ってたんで直しました。Nobleじゃないんで気づかなかった・・・てへ。)

Noblesse Obligeは もともと「貴族たるものが負うべき義務」ということだが、「強者が弱者に対して負う義務」といった意味で使われる。日本は、広く国民一人一人が世間に迷惑をかけない、という「薄く広い責任」については非常に意識が高いと思うが、「強者が弱者のwell-beingに 責任を持つ」っていう概念はあんまりないのでは。もしかして明治時代くらいまではあったのかもしれないけど。

で、Noblesse Obligeがないから、「日本は強い国だ、と思うこと」=「日本はエライ、と思うこと」という発想になり、「偉そうにしてはいけない」という自制心が、「日本はどうせ小さな国だし」という、「他国から見たら間違った認識」を呼んでいるのでは、と。

しかし、世界で二番目のGNPをもち、軍事予算額も二番目の日本が

「どうせみなさん、私たちなんてどうでもいいと思ってるでしょうけどね~」

と「大国としての責任」をわきまえない発言・行動をするのは、他の国の人から見たら不気味。日本が、「私たち小国なんですから」というのは、戦車に乗って歩行者天国の銀座の交差点にドドドドっと乗り出していって、「どうして、皆さん私を嫌うんですか」と言いながら逃げ惑う歩行者の間を驀進するようなもの。実際、中国はじめアジアの各国は、戦々恐々としてるんじゃないか。

一方の「選民思想」については、本当は大国なのにへこへこしてる自国にいらだつ人たちが、時として、「日本は他国より優れたエライ国」という逆側に走っていくのではなかろうか。

日本がしなければならないのは、「いじめないでください」と小さくなることでもなければ、「自分はエライんだぞ」と突っ張ることでもなく、「大国としての責任を発揮し、さらには世界二番目の国としてアメリカの暴走を抑制する 」ってことだと思うんですけどね。

(これをいうと、すぐ「日本はアメリカの軍事力の元でしか生きられない」とか、そういう「弱いもの議論」になりがちなんですが、「アメリカのサポートを受けること」と、「アメリカの言いなりになること」は違う。アメリカと中国を手玉に取る位できる立場でしょうにねぇ・・・・。)

  • 今20代・30代の人たちに期待

しかしなぁ、まぁ思いやってあげるとだ、やっぱり今50代とか60代の人って、若い頃海外に行くと、日本が貧乏だ、と肩身が狭い思いをしたのかも。

マッキンゼーの東京オフィスのトップを勤めたこともある方ですら、2-3年前にお会いした時、こんなことを言っていた。(大前研一さんではない。)

「フランスで最近テレビを見ていて驚いた。(この方、フランスと東京を行ったり来たりのセミ・リタイアメント生活を送っている。)フランスってほん とうに経済力がないんだなぁ、と。番組はイギリスやアメリカから輸入したものばかり。『フランスの研究所にいかに予算がないか』がテーマのドキュメンタ リーでは、研究者が何かの装置のスイッチを入れると、研究所のブレーカーが落ちてしまう、というのをやっていて、本当に真っ暗になっていた。日本の豊かさ を実感した。」

国際経験豊かで、語学的にも知的にも優れた人が、「フランスが日本より弱小国であることを、今まで実感できなかった」というのは、ちょっとびっくり。

この方が会う日本の経済界のエライ人たちもみな、「結局日本って小国だし」というメンタリティの元に、「もっと強い国と、どうやって同列に見てもらえるか」という「劣等国議論」に陥りがちだそうです。やっぱり、若い頃のコンプレックスを引きずっているのでしょうか?

一方、今20代とか、30代位の人は、日本が豊かになってから青春時代を過ごしたので、変な国際コンプレックスはあまりなさそう。そういう人たちが早く日本を担う人材になって欲しいです。そして、「強い国は厳しい責任を負う」ということを自覚した上で、びしっと国際関係を仕切っていただけると嬉しいです。

11:40 午後 Offアーカイブ | 固定リンク | コメント (42) | トラックバック(2)

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コメント

Chikaさん、

いつもブログを楽しく拝読させてもらっています。本論からは若干外れますが、本日(2/12)付けのWSJのOpinion欄に米国型の経済システムに比べて欧州大陸経済はなぜ遅れているか?という記事がありました。(昨年のノーベル経済学賞を受賞した)コロンビア大のPhelps教授と言う方の執筆だそうです。それによると、根本的問題は経済のダイナミズムにあると。
"The level of dynamism is a matter of how fertile the country is in coming up with innovative ideas having prospects of profitability, how adept it is at identifying and nourishing the ideas with the best prospects, and how prepared it is in evaluating and trying out the new products and methods that are launched onto the market"と(一応引用しているのでplagiarismにはなりませんということで)。
もう一つの問題はeconomic cultureの違いにあって、大陸はsolidarism, consensualism, anti-commercialism的価値観が革新的なビジネスモデルの出現や商業化を妨げているとしています。この記事の欧州に関するreferenceの多くは日本にも当てはまるのではないでしょうか(「ドイツ人は、ビジネスで成功しても自分で財産を築いたとは言わず相続したんだと言う」とのドイツ人経済学者の面白い発言を引用していて、商業主義の語感が一般的には悪い日本に相通じるものがあると感じました)。ご参考までに。Chikaさんがおっしゃるような特に高齢世代にみられがちなステレオタイプな日本人の劣等意識は全く根拠がなく捨てるべきですが、一方で米国人の中にはビジネス・経済における自分たちの優位性をこういう形で認識しているのも事実なのでしょう。

Posted by: ひょっとこ at 2007/02/12 13:07:28

お国を代表する方々が、私達およびこの国に自信が持てないんであればそりゃあ恥ずかしくて他国に日本をアピールなんかしたくないですよね。かくしておきたいまではいかないとしても。。。

昔の日本って、もっと自分達に自信とプライドを持っていたんじゃないんですか?

他の国の文化なんかに振り回されてないで、私達独自の個性と良いところを伸ばしていかんといけんのではないでしょうか?。。あとは相互協調的なところの弱点を改革していく必要もありそうな。。

じゃないと、ちかさんの期待する20代、30代の人達はどんどん外に興味をもって日本から出て行っちゃいますよね。。

Posted by: 鈴木 at 2007/02/12 18:09:33

あら、大盛況ですね。
ちょっとタイミング逃した感ありますが、私も一言コメントしたく。

日本人って自己主張と言いますか、PRは確かに弱いですよねぇ。
昔、確かCNNかどこか海外のニュースを見ていたときに、インドネシアの津波の自然災害(やったと思います)で、日本の自衛隊と別の国(どっか忘れた)の救助隊がヘリで救助活動を行っていたのが映像で流れていました。で、別の国のヘリの底にはデカデカと国旗のマークが書かれていたのに、日本のヘリは、機体の横に小さな日の丸が・・・
それを見て、日本ってこういうPRは弱いよなぁと思いました。
ただ、日本人の性質上、人助けはPRの場じゃなくて、あくまで人を助けることが目的。それをあたかも「私、人助けしてます」みたいにアピールするのは苦手なんでしょうね。武士道の精神か分からないですが、人助けしても名前も語らずサッとその場から消えるのが美徳、みたいに捉えられているじゃないですか。という私もそういう考えなのですが。


余談。

> ベトナムではパソコンのことをIBMと呼んでいたそう

へー、そーなんですか。
昔は知りませんが、最近はそうでもないみたいです。
でも、バイクのことは相変わらず「ホンダ」と言いますね。
日本でも昔、携帯音楽端末を「ウォークマン」って言ってましたし。(最近は「ipod」かな?)
あと北米でもティッシュのことを「クリネックス」と言ってませんでしたっけ?

Posted by: まつーら at 2007/02/13 1:51:53

コメントも全部読んでいないのでかぶっているかもしれないけど....
日本は思いやる文化が浸透してますし、競争する事にはあまり向いていません。その点諸外国は競争する事が小さい頃から日常です。そーいった文化の違いはいざというときに影響してるのかなぁと感じます。

Posted by: meu at 2007/02/13 7:13:27

>「みんなで意を決してそういう雑誌を買わない、テレビを見ない、ようにできればいいんでしょうねぇ・・・自然に廃れる、みたいな。」

「あるある大辞典」の捏造騒ぎでも「死ぬ死ぬ詐欺疑惑」でも平気なんです。国策で手厚く守られたマスコミは、あれだけのスキャンダルがあった後でも何一つ変わっていません。不買運動程度ではまったく気にも留めないでしょう。

Posted by: あのにます at 2007/02/13 12:47:01

”外務省の仕事がヘタクソでは?”との問いかけに対して環境のせいにするのは、まじめな答え方ではないように思えます。

彼はその時、”スカートをはいたロングヘアの女性がいる所に行きたいなあ。”と少し上の空だったのかも知れませんね。

ひょっとすると彼は、民間と女性に対する差別の実践者なのでしょうか?

彼に誠意ある行動を望むのであれば、部署・名前してみては?と思います。

Posted by: taka at 2007/02/14 5:03:34

渡辺さんの新書を手にとって、早速URLを開いた。新書にダンナというKeyWordを入力すると面白いですと書いてあったので入力してみました。
それがこの文章でした。

イヤー、面白いですね。ますます渡辺さんのファンになってしましました。

何故おもしろいのだろう。
悪ふざけそうな入り口に、お客さんが群がり、厳しいお話になり、そしてオチがあって、その上に知性を感じさせてくれますね。

私は、この中でこれが面白いと思うのです。

>>日本には「Noblesse Oblige」という概念がない

私はこれを読んで思い当たりました。日本人にも。日本人にこういう教育は無いですね。昔はこういう教育が強すぎた反動ですね。こういう教育や社会通念を日本の社会に植えつけるにはどうすればいいのでしょうか。
テレビは個人的に大嫌いな中味のないお笑い番組ばかり。社会を批判するのはやめよう。

日本の社会でこの概念はなかなか無理なのかも。でもでも、Web2.0を読んでいると、マスコミに牛耳られたメディアが、Web2.0にて個人個人の手に自分の意見を発言する機会、そしてその重みが与えられるとか、だれ加賀言っていたのを思い出しました。Web2.0と Human2.0に期待しましょう。

一方アメリカ人と仕事で付き合った事を思い出しました。そうです、あの人達にはNoblesseがありました。エリートの白人達はその風格がありました。結構教わりました。あの当時は解からなかったが、いまNoblesseという事で解釈すると一段と理解が深まりました。だから、あのボクの友達はアングロサクソンなんだ。

今日も一つ頭が良くなりました。
Thank you
T君


Posted by: T君 at 2007/02/15 22:37:56

chikaさん、

そうでした、ダンナさん中国系でしたね。
くだらない(でもなんかほほえましい)夫婦喧嘩までするはめになって、お疲れ様でした。

ご本買いました。図書館の本もあるので、しばらく読了には時間かかるかもですが。

Posted by: ヨシダヒロコ at 2007/02/16 15:28:24

遅ればせながら発見。このネタとたぶん近いあたりの特に日本人側について掘っていそうと思うのですが、「嗤う日本のナショナリズム」(北田 暁大 著)というのが面白いです。でも北田さんの解釈をもとに考えると今の20代〜30代も、まだ抜け出すまでの道は長いかも....。

ちなみに、私の勝手な印象ですけど、外務省は「防波堤であっても外に向けた看板ではない」というものですね。で、やはり省庁のひとつだから、手続きドリブンであってイベント・ドリブンではない、というか、内部の論理と手順が優先されて、外で起きてることへの対応は後に回ってるような...。

そこで、一昨年とあるスペインでのサミットでの話。そこで自費で休暇取って来ているフランスの日本大使館の人に遭遇しました。しかし、地元スペインの日本大使館の人が誰もいないことや、プログラムに名前が入ってる内閣調査室の人はどうも姿が見えない様子に憤慨していました。
が、そのサミットは、閉会キーノートがコフィ・アナンだったり、他にもジョージ・ソロスはいるハミッド・カルザイはいるビル・クリントンも体調が良ければ来た予定、などなどという800人くらいが16のワーキンググループに分かれて4日間議論するような重いサミットだったのでした。で、このサミットでプログラム運営にまで関わっていた日本人はというと、唯一これが伊藤穣一さんだった、という次第。私を含めた他の3人の日本人はみんなその伝手での参加だったり。ということで、日本政府は存在がありませんでしたとさ。だから千賀さんも明日から「1人外務省」できますよ。

Posted by: gt at 2007/02/21 5:19:26

はじめまして。体験に基づく実感のこもった考察、非常に興味深く拝読したしました。
思うところあり、コメントさせていただこうと思ったのですが、長くなりすぎたため拙ブログに投稿しました。トラックバックは受け付けてらっしゃらないようですので、以下に貼り付けさせていただきます。ご高覧いただければ幸いです。

・日本にこそノブレス・オブリージュがあった
http://www.suzaku-s.net/2007/02/bushido1.html
・洗脳の世代
http://www.suzaku-s.net/2007/02/bushido2.html

Posted by: 朱雀 at 2007/02/23 8:23:58

朱雀sama

トラックバック承認制なのです。なので、承認しました。(Typepadを使っているのですが、承認制以外の設定ができないのでした。)

エントリー、読ませていただきます。。。。。

Posted by: chika at 2007/02/23 9:24:11

関岡英之:拒否できない日本
で、日本におけるアングロサクソンが紹介されてました

といっても、このコメントはひっそりと埋もれるな。

Posted by: アーサ at 2007/10/12 3:26:30






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