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2006/12/19
Off | イジメを減らすにはイジメられっ子側を特訓すべきではないか
本題に行く前に日本のAmazonの方にお願い。拙書ヒューマン2.0、もっとたくさん在庫してください。発売以来、在庫があったことが殆どありません。せっかく出版記念ブロガーパーティーまでしたのに。。。しくしく。。。。読者の方でAmazon Japanの社員の方などいましたら是非よろしく。(注文数はAmazon側の判断で、出版社側ではどうにもできないそうです。)
さて、本の話はそのくらいにして、「いじめ」です。日本の最近のいじめ自殺問題はアメリカでもニュース報道されてましたが、私の持論は「いじめられっ子側をトレーニングするのが、いじめを減らすには最も有効」というもの。
私は何を隠そう、大変ないじめられっ子であった。いじめられたのは幼稚園と小学校高学年。
幼稚園のときは、どうしても幼稚園に行きたくなくて、当時我が家の主婦だった祖母を随分困らせた。幼稚園バスの入り口に両手を突っ張って
「絶対行かない」
と大泣きするも、その場にいたお母さんたち数名に押し込まれたことも。逆に言えば、祖母1人の力では押し込められない位のパワーで突っ張った模様。「私が泣きたかった」とは祖母の弁。5分ほど行くと、バスの左手に園芸店があったのだが、その前を通る頃には諦めて泣き止んだのを覚えてます。
ま、幼稚園のはいいんだが、結構陰湿だったのは小学校高学年の時のいじめの方。以前もちょっと書いたことがあるのだが、きっかけは転校。転校先の学校で、転校直後のテストに1人だけ100点を取った。そしたら、担任の先生が
「転校生に負けるなんて、だめじゃないか」
とクラス全員に宣言。「あ、そういうこと言われると、私が孤立しちゃってヤバイ・・・」というようなことを思って、さささ、と背筋が寒くなったのだが、時既に遅し。
その後はまぁ案の定、上履きを隠されたり、いろいろあったのだが、一番悔しかったのが、泥棒の濡れ衣を着せられたこと。
朝礼の時に私の机のあたりでいじめっ子グループの何人かがこそこそ何かしてるな、と思ったら、朝礼後、いじめグループのリーダー格の子が
「私の国語の教科書がなーい」
と大声を上げた。で、突然矛先は私に向き
「あんたが取ったんでしょ!机の中見せてよ」
と、私の机の中のものをががっと全部取り出し。一番上になくなったはずの彼女の教科書がもちろんあって
「泥棒だ!泥棒だ!」
と大勢に囃し立てられた。クラス中が私の周りに輪になって立って見ていた。私は自分の席でワナワナするだけの塊と化し、一言も反論できなかった。くやし~!!!今でもこうして書いていると涙が出てきそうなくらい悔しいな。
ここで私はこう言うべきだったのだ。
「さっき朝礼の前にAとBが私の机の周りでこそこそなんかしてたと思ったら、こんなバカなこと仕掛けてたんだ。くだらない。大体、何で私がCの教科書盗まないとなんないわけ?そんなのいらないよ。ホント、バカじゃないの?レベル低すぎ。」
これは、この事件の後、ハタチ過ぎまでこのときのことを思い出しては私が悶々とシミュレーションしたセリフである。「ちくしょー、どうして反論できなかったんだ」と。
こんな反論したら、さらに激しく突っ込まれるかもしれないが、そこで言葉に詰まったら、机を振り回して殴りかかればよかったのだ。
「っザケンナ、てめー」
とか叫びながら。
***
一方、これは仕事の知り合いの人のいじめ経験談。彼は中学の頃ひどいイジメにあっていたそうだ。
「素っ裸でサッカーゴールに逆さ張り付けにされた」
こともあるとのことで、私の会ったいじめより格段に高度である。私が会った頃は、仕事のできる快活なサラリーマンだったので、「どこで立ち直ったんですか?」と聞いたところ、
「妹が同じ中学に入学したら、自分の妹だ、というだけでいじめられるようになった。妹がいじめられたことで逆上、逆ギレして、激しい反撃に出て大暴れしたところ、いじめられなくなった」
と。
***
さらに、この間日本で読んだ雑誌の一つにあったエッセーで、どなたが書いたものか失念してしまったのだが、同じく「子供の頃イジメを克服した話」があった。
いわく、毎日いじめられて家に帰る。そこでお母さんと「いじめっ子反撃訓練」をする。
「こんなコト言われた」
「そうか、そういう時はこんな風に言い返せ。」
実際に、お母さんとセリフの応酬で反復練習。時には、
「思い切り蹴ってやれ」
といった過激なアドバイスもくれるお母さんだったとのこと。そうはいっても、中々本番となると言い返せなかったのだが、ある日訓練の甲斐あって、ズバッと気の効いた反撃で相手を言い負かすことができた。その日以降風向きが変わり、気が付いたらいじめられなくなっていた、というお話であった。
***
さて、イジメ減らしのための正論は
「イジメはいけない」
とイジメる側を教育、イジメない人たちを増やすことである。しかし、中々世の中はきれい事ではすまない。そもそも、今現在イジメられている子供にとっては、来年イジメが減るかどうかなんてどうでもいい。問題は、今日のイジメを生き延びるかどうか。
それに、イジメには、
「イジメる側の喜び」 < 「イジメられる側の苦しみ」
という側面もある。大抵、いじめる側はそんなに大したつもりもなくイジメているが、イジメられる側は人生の一大事というくらい辛い。だから、現状改善のための「動機付け」はいじめられる側の方がずっと大きいわけで。だったら、イジメられる側に解決策を伝授する方が効率的。
「最小コストで成果を出せる当事者がコトをなすべきである」というのは資本主義の原則でもある。(今日の本題とは関係ないが、これ結構知られてないですよね。アメリカでは、なんでも自己責任、と思っている人がいますが、「コスト最小となるヒトの責任」という原則もあるのです。だから、「それ、使う側の責任でしょ」というようなことでも、製造者責任が問われる。熱いとわかっているコーヒーでやけどした人のためにマクドナルドが賠償金を払う。薄く広く消費者を教育して自己責任を追及するより、製造者に責任持たせた方がトータルコストで見たら「安上がり」だから。・・一件一件の訴訟が厳密に審査されているわけではありませんが、原則としてはこういう理念があるのでした。あ、脱線、脱線。)
さて、アメリカでは、友達と上手く遊べない子供に「社交性トレーニング」をすることがある(日本でもあるかもしれませんが)。著しくシャイな子供、わがままを言って人のおもちゃを取り上げたりして嫌われている子供などを対象にロールプレーイングをする。
「おもちゃ貸して」
「うん、貸してあげる。その代わり一緒に遊ぼう」
とかなんとか、とにかくリアルな「子供の社交会話」を、トレーニングする側の大人が「友達役」となって実地のやり取りで訓練。「いい子にしなさい」なんて抽象的なコトを言っても、現実の場面でどう行動するのが「いい子」かなんて、子供にはわからない。それを
「こう言われたら、ああ言う」
と超具体的に特訓するわけです。
(このあたり、ビジネススクールのケーススタディも似た手法。ってことは、これ、アメリカンな発想なんでしょうか。)
同様に、いじめられっ子に「こういわれたらああいう」と訓練するのがいいのでは、と。前述のエッセーに登場するお母さんがやったのはまさにこれ。
いじめられた経験から言って、いじめられる子は何かいじめられる原因があるんだと思う。だからイジメてもいい、とは全く思わないが。私は、やっぱりちょっと変な子供だった。読むものも、考えることも、全然周りの子と違った。それなのに小心者だった。「違う」ことが「イジメの種」となり、「小心者」なところが「イジメ甲斐」を生んでいたのであろうと推測。「イジメの種」をなくすのは難しいが、「イジメ甲斐」を減らすことはできる。正しい反撃をするのもその一つ。
(イジメられても馬耳東風、というのも「イジメ甲斐減らし」には有効であるが、これを年端も行かない子供が会得するのはかなり難しい。)
***
それ以外のイジメ対策としては、「転校」もある。私は
「このまま同じ学区の中学に行ってあと3年いじめられたら死ぬ」
と思って親に頼んで塾に通わせてもらい、私立の中学校に進学してイジメを逃れた。(結局小学校を卒業するまで、正しい反撃をすることはできなかった。トホホ。)
イジメが問題になっている今だったら、頼めば別の学区の学校に入れてもらうこともできるんじゃないでしょうか。とにかく、本当にダメな時は場所を変えてみる、ってのは大事な戦術。
ただし、転校までしてまたイジメられたらかなり辛いので、一応転校前に上記の「反撃訓練」とその「実践」を繰り返し、反イジメの基礎体力をつけておくことをお勧めします。基礎体力が向上しても、同じ人間に囲まれていると中々イジメの輪から抜けられないこともあるかと思うので、そしたら転校、と。
***
以上、独断に基づく意見を長々と述べましたが、果たしてこの方法に本当に効果があるかは未検証です。肯定でも否定でも「私はこんな経験をした」という方がいれば教えてください。
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イジメを減らすにはイジメられっ子側を特訓すべきではないか (On Off and Beyond さま)
結論からいうと、同意半分、否定半分、って感じ?
自分の場合の経験をまず書いてみようと思い [Read More]
Tracked on 2006/12/23 6:41:10
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前回に続き、渡辺千賀さんのエントリから。 いじめに関する記事が、多くのコメントを受けて大きなうねりになっている様です。僕も以前いじめについて書いたものがあったので、コメントに張らせてもらいました。 On Off and Beyond: イジメを減らすにはイジメられっ子側を特... [Read More]
Tracked on 2006/12/23 9:20:57
コメント
どこをいじろうが何らかの効果はあるかもしれないとして、
効果において 被害者の訓練>他 という趣旨は疑問です
いじめられっ子のいじめをうけるデメリット(反撃撃退による被害者のメリット) と
いじめによる加害者のメリットを比較するのは
おかしく、処罰他による加害者のいじめ停止への動機付けと比較すべきです.
そうすると微妙に加害者対策の方が効果的な気がしてきます.
いじめっ子とのいじめられっ子一人の間でならなりたつとしても
集団全体でみたらやはりいじめっ子をなんとかするのが近道な気がします.
犯罪や戦争のアナロジーだと加害者への制裁後回しということ
にはならないでしょう.
自分自身も暴力含む反撃に基づいて火の粉をある程度ふりはらった経験があります.しかしその後もいじめっ子にいじめられる僕以外の同級生は当然いました.
そして子供同士の喧嘩といって大人のそれよりそれほど安全
ということはないと思います.推奨は危険では.刃物で殺害ということは佐世保で
おきましたし、金槌で襲いかかった例も身近にあります.
学校などという机だのいすが密集したところでのなぐりあいはかなり危ないと思います.
Posted by: Fuhaku at 2006/12/26 22:57:10
確かに、殴り合いはやばいかもですね。
「殴られたら、真剣に走って逃げる。逃げる先はXX(保健室なのか職員室なのかカウンセラールームなのか・・とにかく具体的な場所」
っていうのはどうでしょうか。
「アナロジー」
「あるべき論」
「抽象論」
ではなく、「今ここにある問題をどうやって解決するか。」を実証的に(実例を積み重ねた客観的効果測定に基づいて)考えましょうではありませんか。
というわけで、是非「火の粉をある程度ふりはらった経験」の「経験」の方をシェアしていただければと思います。
(もちろん、「一人の経験上一回うまく行ったから必ずそれがうまくいく」、などと乱暴なことはいいません。しかし、ちょっと大げさに言うと、1)実例を積み重ね、2)その中からある程度の法則性を仮説として導き、3)その仮説が正しいかどうかを、さらに実例を積み重ねたり実験を行うことで実証する、というプロセスの1の一助になるんじゃないかな、と。)
Posted by: chika at 2006/12/27 11:02:44
トラックバックがうまくいかないようなのでコメントで。
http://asakura.at.webry.info/200612/article_6.html
イジメって「コストの低い娯楽」なんじゃないかと思うんですよ。
ここで上がっている提案は主にイジメに必要なコストを上げるとか(対抗するとか保護者や教師が見張るなどはこれ)、あるいは娯楽としての見返りが減らそう(無反応になるというのはこれ)というものですが、イジメよりコストの低い娯楽を提供するのもイジメを減らす効果があるような気がします(イジメてる暇があるなら別の娯楽を楽しむでしょう)。
イジメる心理にもいろいろあると思いますので、こういうアプローチもありなんじゃないかと個人的には思います。
Posted by: asakura-t at 2006/12/27 20:25:42
中々面白くなってきたので事例をもう一つシェアさせてもらいたいと思います。(余り面白い事例じゃないんですが。。)
上に書いた転校の時、渡辺さんと同じような経験をしました。
平均点50点くらいの国語のテストで満点を取り、先生がブチ切れクラス全員を居残りさせました。(転校生に負けるな、とは言いませんでしたが)
その結果、いじめとまでは行かずとも「毒者くんは頭良いからいいよねー」と日常的に嫌味を言われる状態になりました。
おまけに隣に座っていた子がかわいい子でしょっちゅうしゃべって、学校に持ってきてはいけない物の貸し借りとかしてたら更に風当たりが強くかつ冷たくなり、そして嫉妬という新たな要素も加わりました。
(こういう話なので「面白くない」んですけど、、)
で、自然と私はクラスでも麻布とか栄光を受けるような(そして合格するような)、私よりずっとずっとずっと頭の良い極少人数の人達とだけ付き合うようになります。
すると自然に「良い意味で」相手にされなくなりました。
「良い意味」とは、ハサミの貸し借りくらいはしてもらえるけど、放課後一緒に遊ぶことは全く無い、という意味です。
彼ら、と言っても2人組なのですが、も私が転校する前から塾に通ったり成績が良かったり私立受験の話をしてたり浮いた存在だったのかもしれません。
そこにまた変なのが転校してきて「既存の変態集団におまけがくっ付いた」と認知されたことで、クラスの他の人達はうまく私という新たな存在を飲み込めたのかもしれません。
こう書くと私がまるで嫌味な人間みたいですが、まあそれは置いといて、
既存の毛色の似た人間としか付き合わないことでイジメっ子集団に自分の存在がどういう存在なのか教えてあげる、というのは「実例の中に潜む法則性」の一つとしてあるかもしれませんね。
ただしこの事例、先にも書いた通り既にヘビーにイジメられている人がいました。
この点は特異です。(2人もイジメる余裕が無かったのかもしれない)
また、彼らの親と私の親は共通項が多かったです。
家族で食事をする際、彼らの親が使うレストランと私の親が使うそれは同じでした。
更に私の母の趣味に彼らの母親が興味を持ち、ウチの家で教えたりもしてました。
母親同士が仲良くなると、日曜日に彼らの父親に釣りに連れて行ってもらえたりもします。
すると彼らの親は「毒者はうちの息子の友人として(シツケ具合や家庭の程度が)ちょうど良い」と考え、「毒者くんと仲良くしなさい」と言っていたはずです。
簡単にはできませんが「毛色の似た家庭の親を捕まえて親同士仲良くなっておく」と言うのも有効な手立てかもしれません。
更に書くと、天才の親によるクラスの他の家庭に対する格付けをウチの親は刷り込まれたらしく、
親「学校どう~?」
私「うーん、席替えしたけど○○くんとは取り立てて仲良くなれそうにもないね」「△△は相変わらずイジメられてるよ」
親「ほっとけばいーんじゃな~い??」
という会話もありました。
親同士の結束がその子どもの学校における人間関係を左右してます。
ここを読まれる方に「我が子がイジメられてどうしよう」と思われている方もいるかもしれませんが、何かの参考になれば、、
私は毎日クソ忙しい中、(たまたま、であっても)親同士で仲良くしてくれて、転校先で友だちを作るキッカケになってくれたことを感謝してます。
Posted by: 毒者 at 2006/12/27 23:29:43
>私の本は、これまで「2-3日待ち」だったのですが、今見たらグレードアップして「3-5週間待ち」になってました。
それ、私も経験があります。最初は、「2-3日待ち」って出るんですよね。でも実際は在庫がないから注文が入り始めるとアマゾンのシステムが気がついて「3-5週間」って言われちゃう。その出版社のほかの本も「全部」ってことはないと思いますよ。ただ、出版て、発行元→書展やアマゾンだけの関係じゃなくて、仲買人みたいな中間業者がけっこういるんですよね。そういう人の営業にも寄るのかも・・。
Posted by: とんぽ~ろ~ at 2006/12/28 5:39:41
>「今ここにある問題をどうやって解決するか。」を実証的に(実例を積み重ねた客観的効果測定に基づいて)考えましょうではありませんか。
どうやって解決するか、という点ですと、一つ奇妙なストレス発散を小学生時代友達とした経験があります。
5,6年生のころ、仲良し4人組と交換日記ならぬ『悪口ノート』というものを1年ほど続けました。悪口を書き込むのです。おもいっきり書き込みます。なぜかというと、ムカツクことがクラスであるけれど、声を大にして言うとバランスが崩れてもめるからです。小集団が沢山存在する教室で、いじめ・イビリもカンニングも集団で行う(担任は全く気づかず・・・●●の集団が集団でカンニングしているというと集団でいじめられかねないので皆黙っていた)。しかし真面目に勉強したほうはちっとも面白くない、そんな真面目な不満や、5,6年の思春期で男子生徒に色目を使う女の子への気持ち悪さなど、そういう奇妙な不快感を4人で毎日書き潰して、誰かの家で遊ぶときにそれを読んで爆笑して憂さ晴らしをしました。
4人とも誰も別にいじめられるなど個人的に悩みは全くなかったのですが、後付で考えるとそういうクラスで過ごすことにストレスがあったのですね。
そう考えると、いじめる側にもいじめたくなる理由、何かストレスがあると思うのですが、それらをシークレットに、決して「そう思うことはいけないよ」などと感情を頭から否定することなく、「ムカツクものはムカつくんだ!」と暴力ではなく、発散し、何か吸収する場があると、もしかしたらよいかもしれません(ムカツクと感じるのは自然なことだと思うので。例えば漫画によくある保健室の美人で優しい先生のような存在、又は説教しないカウンセラー?)
もちろん公的な場での対人面では別の教育が必要だと思います。
Posted by: Pengzi at 2006/12/29 6:07:34
こんにちは、書き終えたところで誤ってpreviewをクリックし、しかもそこから適当にリンクをクリックしてみたら消してしまいかなりがっかりしてあきらめかけましたがやっぱりもう一度書くことにしました。
******
本読みました。とってもおもしろかったです、でも私は申請書をシュレッダーにかけてしまうようなタイプの人間でした!
******
フランス人精神科医が書いた「モラルハラスメント」(いわゆるいじめ)によれば人を平気でいじめる人達は平気で人を殺せる殺人犯達と同等なくらいに病んでいるそうなのです。大袈裟なようですが、最近いじめられた人達がばったばったと自殺しているところからもうなずけます。
人をいじめても平気な人達は育った環境なども大きく影響するらしいのですがこの本の中ではそこには詳しく触れていません。
本の中ではモラルハラスメントの具体的な加害者像、また具体的な被害者像の説明と被害の例、また回避方法案(かならずしも回避できるとは限らないので。。)などが書いてあり興味深いです。
私も小学校中学年の時に一人の女の子からいじめられた事がありました。なんでいじめられっぱなしにしていたのだろう?と今では思いますが同時に彼女の家庭環境があまり良くなかった事も何か関係あったのでは?と思います。
私もいじめる人達を教育(カウンセリングが一番だと私は思いますが)することは大賛成です。
自分の不幸をひとのせいにせず、自分で自分を幸せに出来る強い人間でありたいものです!
Posted by: 鈴木 at 2007/01/15 6:13:44
あ、落第生らしく、渡辺さんは「いじめられる側の教育をするべき」と言っているのに「いじめる側の教育に賛成」と分けのわからない事を言ってごめんなさい。
私はいじめらる側はいじめられている事をそこまで真剣に受け止めすぎず、もっといい加減になるべきだとも思います。
Posted by: 鈴木 at 2007/01/15 6:39:24
chikaです。
鈴木-san,
>いじめる人達を教育(カウンセリング
これももちろんありだと思います・・・。
本、読んでいただいてありがとうございました!
Posted by: chika at 2007/01/15 23:07:53
ぼくも小学校中学年の頃イジメられてました。良く言われてたのは、勉強ができると思っていい気になってるとか、家が貧しかったこととか、そういった類のことです。
その時の戦略は馬耳東風戦略。でも、これはあまり上手くいきませんでした(でも今になって思えば、他の人に対して期待しない性格が作られたのはこの経験が原因では無いかと思っています)。
最終的に上手くいったのは、面白いヤツと周囲に認められる作戦でした。その後、リーダー格と殴り合いの喧嘩して確定した感じです。
この順番が違ってたら後ろの強いヤツ(兄ちゃん)が出てきて異なる展開になってたのかなぁとも思います。このリーダー格はその後いじめられる立場になってしまうのですが、ぼくはそれに参加しなかったため排除されそうになったこともありましたが(そのリーダー格だったコは今も友人の一人です)。
かくいうボクも1度だけいじめる側にまわったことがあります。中学の同級生の女の子がボクと○○したとか、ある事無い事ウソをついたケースなんですが。たぶんこれは気を引いたり、注目を集めたいという動機があったのかもしれません・・・。いじめるという方法をとるべきでは無かったことは今になってみれば明らかなのですが、当時はこの方法しか思いつきませんでしたし、自分にしてみれば、その女の子に原因があったとして免罪符にしてました。今でも苦い思い出です・・。
人が集まるとその集団の結束を守るためかどうかは知りませんが共通の敵を作りたがる人が出てきます(大人の世界でも差別がありますよね)。標的になるのは、マジョリティからみて異端と思しき人物。
これは、全く根拠の無い推測なのですが、人は劣位と認められる異端を排除することがDNAにすり込まれているような気がするんです。異端を排除すること=より優秀なDNAを残せる、と本能的に考えるようになってるのでは無いかと。
自分のケースだけでも、いろいろなケースがあります。また、その度合いも様々です。
1)ひがみ・嫉妬
ひがみや嫉妬はまだいいんです。いじめ対象のコを認めている証でもありますから。結構、話せるコだよね=自分の事(いじめる側のコ)認めてくれるよね、という関係を作ることで緩和されていくと思います。言い替えればイジメ対象者が自分の存在意義を脅かす存在であるため、存在意義を脅かさないことを教えてあげるってことかも。
2)境遇や容姿など
問題なのはビンボーとか容姿とか、短期的あるいは自分ではどうにもならない事実がある場合です。この場合本人がその事実を陵駕するだけの何かを持つ必要があるかもしれません。世の中アンフェアであることを早くに教えてあげても良いかもしれません。
3)イジメる側に問題あり
いわゆる凶暴な性格の人(後々犯罪者になるような人)がいる場合。ヤンキーとかそういうレベルでは無くて。
上の学年にいたのですが、いじめる理由なんてありません。周囲は被害にあわないように怯えるのみ。このようなコがいる場合は、大人の力を借りるしか無いと思います。
........................
みなさんが言うように、敵対したら脅かすどころか確実に痛い目にあわされる、くらいの態度を見せてあげることも効果があると思いますが、力関係とか周囲の状況をしっかり判断しないと逆にエスカレートしちゃうケースもあるので。
余談ですが、他の中学で本当にイイヤツばっか、みたいな学校がありました。リーダー(いわゆるその学校シメてるヤツ)が男らしくて、ホント格好良かったのを覚えてます。
クラス・集団の文化というか不文律というか、そういうものを醸成する上で、リーダー格の人選は非常に重要だと思います。
Posted by: shige-zo at 2007/01/21 8:57:24
チカさん、少し前に見かけた、イジメについての記事です。
動物行動学の竹内氏は検証にもとづいて、ニワトリのような武器を持たない動物(人間もそう)は、力による序列を作ることによってコミュニティ内での攻撃を抑制するが、閉鎖空間にいれると相手を殺傷するまで攻撃がエスカレートする、としてます。
http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/seiron/070116/srn070116000.htm
一方、評論家の日下氏は心理学にもとづいた軍隊などでの対応事例を上げ、現代の教室は刑務所なみの閉鎖空間で、競争を排除する近来の傾向がイジメに拍車をかけているのではないかと同様の指摘しています。
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/p/50/03.html
要点は逃げ場と序列の形成です。
実際、自分の教室には居所のなかった私ですが、他のクラスや進学塾には価値観を共有できる友達がいました。高学年になれば、科目や習熟度によって、授業を受けるクラスに流動性を持たせて、ガス抜きを図ることができるのではないかと思います。
序列をつけろとは言いにくいですが、実際の世の中では弱い奴はジャイアンのパシリをすることで守ってもらうのが法則(日本もそう)、その真逆を行く日教組的な悪平等はやめたほうがいいと思いますがどうなんですかねえ。
Posted by: yuki at 2007/02/09 9:50:07
f-m.なるほどな同感です。一つお聞きしたいのですが、アメリカとユダヤ人後イスラエルでの虐め対策って何だと思います?。もし知ってたら教えてください。
Posted by: (○'ω'○) at 2010/06/23 7:44:04
新コメントが付いたんで来てみたんですけどこれはムムム、なかなかな大テーマですね。(著書はこの時期読む機会がなかったので、さっき注文しました。感想はまた書きます)
イジメについては僕も色々考えるとこあるんですが、究極的には
>>>
余談ですが、他の中学で本当にイイヤツばっか、みたいな学校がありました。リーダー(いわゆるその学校シメてるヤツ)が男らしくて、ホント格好良かったのを覚えてます。
クラス・集団の文化というか不文律というか、そういうものを醸成する上で、リーダー格の人選は非常に重要だと思います。
Posted by: shige-zo at 2007/01/21 8:57:24
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にヒントがあるんだと思ってます。しかし、「こういう存在」がいる「場」は、「そのボスの世界観」によって「みんな」が縛られてしまっているので、結局「イジメ」はなくなるかもしれないが、「息苦しい思いをする人」は出て来ているんだと思います。
そういう「安定」と「なあなあ」は裏表なので、「そんなのには満足できない」と思った人たちがアメリカを作った・・・というのが人間の歴史かなと。そういう「場所」があるからこそ、「生まれ育った共同体にいづらい人」たちが避難できる場所になっている、というような。チカさんもそれで救われたんでしょうし。
ただ、じゃあアメリカにイジメがないのかっていうとそんなことないだろうし、おっしゃるとおり個人レベルで「反抗を特訓」することは「個人レベル/その親レベル」で言うと結構有効な場合多いと思いますが、結局付け回しで他の誰かがイジメられ役になると予想されるために、マクロに見ると何の解決にもなってないところはあるんですよね。(そんなの知ったことじゃないじゃないかという生き方も一つの選択肢ではありますが)
個人的に思うのは、「いじめられた経験が”才能”となるような経済」の実現が、「反抗できなかった人」にも「希望」になって伝わるというような回路を整備したいなと思っています。
シリコンバレーの一つの価値は、「一般社会からつま弾きにされるようなタイプ」の人間が「現代社会の英雄」になるっていう転換の部分だと思うんですよ。いわゆる「ジョックからギークへ」っていうか。彼らのどれだけが「いじめられた経験」を具体的に持っているかはわかりませんが、「普通の伝統的価値感では生きづらいタイプ」に「居場所と栄光」が与えられること自体に価値があるっていうかね。そういうタイプの総てが成功者にならなくても、同じタイプの人間が社会的ヒーローになっているということ自体が希望を産むと思いますし。
ただ、シリコンバレーで活躍できるのはやはり「特殊な恵まれ方」をしている人たちで、チカさんもいじめられはしたが勉強はバリバリできるし行動力もあるし・・・だからシリコンバレーに「希望」を見いだせたわけで。
「アメリカ」にしろ「シリコンバレー」にしろ、そこには希望を見いだせないタイプで、かついじめられているような存在に対して、できるだけ希望になるような・・・って漠然としてますけど、実際にやってることは具体的なことなんで、HOW?はまあ、あと10年ぐらい見ててください。
ただ単純に言って、「どれだけ大きな野心を自分に許せるか」という点において「いじめられた経験」は非常に有効な「武器」になりえると思います。ここで引くか引かないかが命運を分けるといった「真実の瞬間」に自分を「傲慢にならない傲慢(最近のようにイヤミになりはじめる前のスティーブジョブズのような)」に維持して堂々と前に進めるかどうかが、「いじめられた経験」にかかっているというか。個人レベルではそういうのがなくても、「いじめられてる存在」への「深いところで共有した何か」によって維持できるかどうかみたいな。
小中と凄いいじめられてた女の子にバッタリ地元で会って、ミクシィに誘って仲良くなったことがあったんですが、それなりに今は楽しそうに生きてて、それは凄いほっとしました。ただ引きずってるものがないかっていうと明らかにある感じだったんですけど。日本社会の「煮え切らない部分」や「やたら理想主義的で現実につながらない言説」には、例えばその女の子たちが「今日つらくなく生きる」ための「切実な事情」みたいなのがあって、そこを軽視していると日本社会に深い部分からインパクトを与えたりはできないなというのが「日本社会のドロドロなリアル」と向き合って生きながら思うことです。まあ、諦めてないどころか希望は凄く見えて来てるんですけど。日本社会に沈殿した「怨念」が「資本主義経済」と「マットウに噛み合う」形が生まれれば、それは相当な爆発力を持っていると思います。そうやって先に片付けるものを片付けて、最後にはアメリカレベルに爽やかに単純に生きてやろうと思います。アメリカが「総ての抑圧された者」にとって希望であることはやはり確かな事だと思うので。
Posted by: keizokuramoto at 2010/06/25 16:26:40


