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9 月 07, 2006
アメリカの自販機では札を使わない
Washington DCに行った時のこと。地下鉄の切符を自販機で買おうとした。1ドルくらいの区間だったのだが、20ドルしか財布にない。自販機を見ると、20ドル札OKとなっていたので、
「へぇ、さすが、首都は便利だねー」
と20ドル札を入れたら、20ドル分の券が出てきた。がーん・・・・・。オレンジカード(って古いですが)みたいな、何度も使える磁気カードだったのだが、もうDCを出る寸前だったので二度と使わない・・・。仕方ないから、降りた駅で切符を買おうとしているおばさんに「これあげます」と言って押し付けてきた。
くやぴー・・・と思ったのだが、その後ダンナにブーブー文句を言ったら
「いや、それ、20ドルの券が出てきてラッキーだよ。じゃなかったら、お釣りは全部25セントコインで出てきたはず」
・・・・19ドル分の25セントコイン。76枚ですか。そりゃ困る。パチンコのフィーバーじゃないんだから。
そういえば、ダンナと日本に行ったときのこと。JRの駅で切符を買おうとしたダンナが、1万円札しかない、と途方にくれていた。その札をいれるのじゃ、とがっと自販機に入れたら、「ああ、なにをする!!」とあせっていたな。もちろん、ビシビシッと札がお釣りとして出てきたのであるが、それを見て彼はいたく感動していた。
ダンナがMITの大学院にいた頃、日本の某メーカーから留学生が来ており、必死に「札を自動で数える機械」を研究していたそうな。MITの大学院で、その手の、よく言えば実務的、悪く言えば非学術的なものを研究してる人はいないので、ダンナたちは
「この人、わざわざMITまで何しに来たんだろう・・・・」
と不思議に思っていたそうであるが、JRの札OK自販機でダンナは納得したらしい。(まぁそれが、ワザワザ夏暑く冬寒いボストンの大学院に行ってまですることかどうかは別問題だが)。
というわけで、アメリカの自販機で「札OK」となっていても、まずは「札のお釣りが出てくる口」があるかどうかを確認してからにしましょうね。
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9 月 06, 2006
サーフボードコア:どうして日本からクラークフォーム社の後釜が出ないのかな?
ウレタンでサーフボードのコアを作る南カリフォルニアのClark Foam社が昨年末突然廃業。Clark Foamは、毎日1000のサーフボードコアを製造、世界のコア供給の80-90%を占めていたので、業界はパニックに。
・・・・いや、私は別にサーフィンはやらないのだが、一応ニュースで知っておりました。数多くあった供給先に、突然「本日を持って徹底的に廃業」というファックスを送りつけた、というドラマチックな最後。事の顛末は混乱と謎に包まれていたようだが、8月21日号のNew Yorkerに6ページにわたる詳細なレポートが出ておりました。一言で言うと、
「サーフボードコア一筋50年、頑固一徹の爺さんが怒り狂って廃業した」
ということらしい。記事はオンラインでは読めない。残念ながら。(記事について語ったブログは発見したが。)
元々、貧乏なサーファーだったClark爺さん。名前はGordonだが、あだ名はGrubby。「薄汚い」みたいな意味で、いかにも頑固そうだ。50年代初頭、サーフボードのコアは木材だったが、水を吸うと重くなるのが難点だった。元々化学の素養があったGrubbyが、ウレタン活用を思いつき、試行錯誤の末に高品質のコアを安く作る方法を編み出す。
ある時期までは、大手メーカーだけに卸していたが、ちょっとしたいさかいがあった時に、
「誰にでも同じ卸価格で売る」
と宣言。家内工業的にサーフボードを作る人たちでも、ハイレベルのコアが入手できるようになって、特に南カリフォルニアにはこまごまとしたサーフボードメーカーが多数繁栄。
Clarkじじいは、非常に激しい人だったようで、自分の販売先が他のコアメーカーからも購入していることが発覚すると、それ以降は納期を遅らせたりといった嫌がらせで報復。競合を訴訟して追い落としたり。その一方で、性能向上には執念を燃やし、また、顧客のニーズにあわせてちょっとしたカーブの要求にも応じて「型」をどんどん作った。(型はコンクリート)。最後には、数千種類のコアがカタログに掲載されるまでに。
廃業は、「役所の安全基準に応じていたら、Clark Foamの理想とするコアはできない」というのが一応直接のきっかけらしい。しかし、その廃業の様子はすごいです。工場の作業員全員に
「自分の使ってきた道具、型、機械、全てを破壊せよ」
と命令したそうな。コンクリートの型は粉砕、ツール類もバーナーで焼ききる、という念の入れよう。ちょっとしたウレタンの配合の具合とか、強化用の芯を入れるための切り方とか、その手の製造技術に50年のノウハウが蓄積していたが、その殆どが跡形もなくこの世から消滅。特にウレタンを流し込む「型」は、世界のトップサーファーからの特注で作ったものも多く垂涎の的だったが、これも徹底的に破壊。
その後、Clark Foam並みの性能、品種、安価さを三つ巴で提供するフォームコア会社は出てきていないとのこと。
うーむ、なんかこれ、日本の町工場的中小企業がものすごい得意そうな気がするんですが。Clark Foamは社員120人だったということで、アメリカで120人の工員を養えるということは、日本だったらもっと大人数の雇用を生み出せそう。(アメリカのこの手の労働者は結構高いので。)
日本だと120人超の社員のいる製造業って、結構大きいかも。が、協調が得意な日本人、この際「社員20名」みたいな5-6社が一致団結して一つのブランドを作るとか。また、「サーファーしかわからない大事な性能ポイント」みたいなのがコア製造には多数あるらしいが、そこは、「オヤジは一徹の工場長、ドラ息子はサーフィン三昧」みたいなコンビネーションの家族っていそうじゃないですか。そんな親子が、手を取り合って、血と汗と涙の世界最高のコア製造!というのは美しいかと。・・なんて、シロウトの私が考えることは、既に行われているのでしょうか。
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9 月 05, 2006
Majordomoはメジャーなドーモじゃなかった
Majordomoというオープンソースのメーリングリスト管理ソフトがある。大学院の卒業生用メーリングリストがこのソフトをつかっているので、majordomo@・・・・というアドレスにメールを出すことが時々ある。そのたびに、「Majordomoって日本語の『どーも、どーも』の、どーもから取ったのかな?メジャーなドーモ?」
と軽く思ってきたのだが、最近ふとGoogleで検索してみたら、ちゃんとした意味を持つ単語だったんですね。Butler(執事)のさらに上の役職で、主人が留守にすることが多いような家で、財政から何から全てをつかさどる人なんだそうだ。発音は、メジャードゥモゥって感じで、メジャーなドーモと殆ど同じだが。
全然関係ないが、スタンフォードに留学していた日本の学生でダイシ君という人がいた。苗字のイニシャルはT。留学した際に大学のメールアドレスを自己申請
する際、何も考えずに
「ファーストネームに苗字のイニシャル」
を登録。結果はdaishit@。「大いなるXXXX」となってしまった。日本語と英語の両方がわかるとかなり笑えるアドレス。すぐに気づいて変更を依頼したけど聞いてもらえなかっ
たそうです。意地悪ですね。最初メールをもらったときは驚きました。気をつけよう。
そういえば、日本の大学生(特に学部生)って、大学のメールアドレスを教えてくれることがまずないけど、これは大学のメールアドレスを持っていないからですかね?それとも、学校外ではそのメールアドレスにアクセスしにくいから?
アメリカの大学は、学内連絡はことごとくメールなので、普通は入学すると漏れなくメールアカウントが付いてくる。卒業しても、一生使えるメールアドレスを学校がくれるケースが多い。StanfordとかMITのは、YahooメールとかGmailみたいに、どこからでもウェブでアクセスでき、 別アドレスへのフォワードなども可能。卒業生からの寄付が大学の資金の大きな部分を占めるので、一生同じアドレスを使ってくれればいつでも寄付金集めの連絡ができて便利だし、卒業生に学校のことを思い出してもらうこともできるし、卒業生がそのアドレスを使ってくれれば宣伝にもなる、というようなことだと思うが、日本の大学もその手の卒業生向けアドレスってあるんでしょうか。
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9 月 04, 2006
子供の頃の勘違い
えー、About Meのページの下のほうに書いてあるが、私は3歳児検診で「軽度の知恵遅れ」と診断され、無理なことをさせないようにという親の配慮によりひらがなも教えられないまま小学校へ行ったのであった。「無理なことを・・・・」というのは、3歳児検診をした保健婦さんの助言だったとのこと。その日は家族会議が行われ、
「ばかじゃないかと思ってはいたけど、本当にばかだったんだ・・・」
と肩を落としたらしい。
「ばかじゃないか」と思っていた理由は
1.おとなしく、挙動がスローでボーっとしていた
2.言葉が遅かった上、幼稚園に入っても発音できない音がたくさんあった
ということらしい。特にカ行はいつまでたっても発音できず、
「たらすが、たーたーってないてるよ」
と発言した際には、「とほほ、この子はホントにばかだよ」と悲しく思った、とのことである。(by 祖母)
今の私が、子供の頃の私を鑑みるに、「考える能力」の遅れじゃなくって、「運動能力」の遅れだったのではないか、と思います。はい。いつも転んでおり、しかも転んだときに手を前に出す、ということができなかったので、乳歯の前歯の殆どは転んで折った。小学校に入ってまで、駆けるときに右足と右手が一緒に出たりした。
「口を動かす」というのも運動といえば運動で、これが上手にできなかったんです。たぶん。あと、あんまり信じてもらえないのだが、度を越してシャイだったので、思うことがいえなかった、というのもある。
小学校に入学する際の視力診断は、「シルエットになった動物の名前を言う」というものだった。馬とかリスとか、そういったものがいろいろなサイズで黒く描いてある。が、しかし。「馬」のシルエットなのか、「シマウマ」のシルエットかわからない・・・・・聞くのも恥ずかしい・・・・と思った私は「わかりません」。「赤アリ」か「黒アリ」かわらかない、、、、「わかりません」。というわけで、全て「わかりません。」検査結果は
「仮性近視。殆ど見えていません。」
帰り道、近くの畑のあぜ道(@三鷹市)を母親の自転車の後ろに乗りながら、「本当に見えなかったの?」と聞かれて「見えてたけど、いえなかった・・・・」と言った時の、消え入るように恥ずかしい気持ちは今でも覚えております。(ちなみに、本当の視力は当時から20過ぎるまで2.0以上ありました。今でも裸眼。)
ま、ようは、「超ドンくさいヤツ」だったのであります。
そんな私の子供時代の「ああ、勘違い」。
中国地方
→朝の天気予報で「中国地方の天気」が出るたびに、「どうして日本の中に中国があるんだろう」と不思議に思っていた。
台風一過
→台風一家。(これは、時々間違える人がいるようだが。)台風は必ず続けてくるので、それをまとめて「台風一家」というのだと思っていた。
赤い靴
→「♪異人さんに連れられて行っちゃった・・・・」というところの「異人さん」が「ニンジンさん」だと思っていた。巨大ニンジン(葉っぱ付き)が、スーツを着て赤い靴を履いた女の子の手を引いている姿を想像、「これは怖い」と恐れていた。
団塊の世代
→小学校2-3年の頃のこと、「かい」を「こん」と読むと勘違い。一度その音で発言してしまい、母親と祖母に顔を真っ赤にして笑われた。
(番外編)小児科
→これは、わたしじゃなくて小学校5年生の頃の友達の勘違いだが、彼女は「コジカ」と読んでいた。「小鹿のお医者さん」?
うーむ、あんまりたいした間違いでもないが、ほほえましい系、ということで。では~
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9 月 01, 2006
素敵な趣味:Treeハック
今日ラジオで「木ハッカー」の話が出ていた。木は接木すると、その枝だけ本体とは違う実がなるわけだが、この人はなーんと48種類の柑橘系のフルーツがなる木を裏庭で育てている。レモン、ミカン、グレープフルーツ、オレンジなどの枝が一本の木に接木されており、それぞれの枝が違う実をつけるわけです。ギネスにも掲載されている記録とのこと。持ち主は、カリフォルニアはDavisに住むとあるコンピュータエンジニアだそうで、まさに「Treeハック」。
ちなみに、私がこれまでに聞いた中で、最も変わった趣味は
穴掘り
です。
現在シリコンバレーとハワイを行き来する佐藤さんのご親戚の方。その人は、「お兄さんへの誕生日プレゼントに庭に穴を掘ってあげる」という入れ込みよう。強度設計が必要なくらいがっつり掘ってしまうらしいので、まぁモノづくりの一環なのだろうが、それにしても「穴掘り」。
大学のときの同級生では、「鉄道」の事以外会話不可能、という究極の鉄っちゃんもいた。(私は都市工学科・交通研究室というところに在籍していたのだが、ここは日本の鉄っちゃんが最後に行き着くニルバーナ的ガンダーラでもある。)その人との会話はこんな感じになる
私「冬休み、どうするの?」
鉄「和歌山の実家に帰るんだ」
私「へぇー、和歌山かぁ。ご両親って何してるの?」
鉄「新潟経由で帰るんだよ」
私「えっ、新潟経由?そりゃまたものすごい逆方向ジャン?」
鉄「同じ路線に二度乗りさえしなければ、最短区間料金でOKだ。大学に入ってから、毎回違う経路で里帰りしてるんだ。」
私「へー、すごいね。新潟といえば、XX君の実家、あっちじゃなかったっけ?」
鉄「全区間普通列車でいけば特急料金もかからない」
私「ひゃー」
鉄「この間は妹の成人式のお祝いに「幸福」発「希望」行きの切符を買った」
私「そんな切符あるんだ?」
ま、これはサンプル会話であるが、こんな感じ。なんとなく会話になっているっぽいが、よーく注意すると、鉄道以外の私の質問は殆ど無視されてるんですな。いいけど。
「イントロクイズ・マニア」という人もいた。「イントロクイズの帝王」ということで、新聞に写真つきインタビュー記事が載ったこともある。アパートの壁は一面イントロクイズ用カセット(そういう時代だったのだ)。イントロクイズ用、早押しボタン付きの箱まで自作して、日夜練習に励んでいたそうだ。ひょー・・・。
ま、私も「シリアルキラー」「腐葉土」「雑草」など、いろいろなものに萌えるので、人のことは言えませんが。っていうか、むしろ、変わった趣味の1つや2つある人の方が面白くていいですよね。


