« 2005年12 月 | Main | 2006年2 月 »

1 月 31, 2006

オンラインゲーム帝国の誕生

1月26日に日経産業新聞に掲載頂いたコラムです。

「オンラインゲームは、新たな国家の誕生か?!」という話。オンラインゲームの中の資産売買の儲けだけで、リアルの世界でも生きていける人が誕生、オンラインゲーム通貨が、まるで実在の国の通貨のようになってきつつある、と。円とドルが兌換できるように、オンラインゲーム通貨とドルとの交換レートも設定されたりして、オンラインゲーム運営者の役割も「単なるゲームの場貸し」から、「中央銀行」へと変わってきていて、いや、大変ね、というようなこと。

では、以下本文です。

多人数が同時に参加できるオンラインゲームの世界的な普及を背景に、オンラインゲームの「内側」での電子商取引に関連する市場が膨張している。ゲームを楽しむのに必要な架空の武器や不動産をプレーヤー同士がオンライン上で売買するもので、「オンラインゲーム・エコノミー(経済)」が様々な業界に波紋を広げている。

オンライン・エコノミーはゲーム用の武器をやり取りする単純な取引がスタートだ。ゲームを通じて個人技が上がると、様々な武器を手にすることができる。それを他人に譲渡することが可能になると、「苦労せずに優れた武器を手に入れたい」というプレーヤーたちがイーベイなどのオークション(入札)を活用し、様々なアイテムを買い求めるようになった。

売り手は個人ばかりではない。中国など人件費の低い国では、多数の人を雇ってゲームに参加させ、獲得したアイテムを販売するといった組織的な事業まで生まれた。

その後、「ディベロッパー型」と呼ばれる取引が誕生する。ゲーム内の架空の不動産をゲーム運営者が販売し、購入者はその土地を開発して付加価値を加えて販売するのだ。

昨年十月には「プロジェクト・エントロピア」というゲームで、十万ドルを投じて島を購入した人が登場、話題を呼んだ。「魅力的な音楽や戦いがいのあるモンスターを提供してプレーヤーをひきつけ、参加するプレーヤーから税金を徴収する」というのが購入者の事業モデルで、「年間売り上げは少なくとも百六十八万ドル」と豪語している。

オンラインゲームといっても銃撃戦を繰り広げるようなものばかりではない。参加者が自らの家を建て、近所の人とコミュニケーションをし、職業を持つ「コミュニティー型」も存在する。

その代表的なゲーム「セカンド・ライフ」では、「セカンド・ライフのロックフェラー」と呼ばれるディベロッパーもいる。ドイツに住む三十三歳の中国系女性で、ゲーム経済収入は年間十五万ドルは下らないと想定されている。まず、まとまった土地を購入して川や山などの自然、しゃれた店舗を作りこむ。次に住人が守るべき公共ルールを整備したうえで、他の参加者に分譲する。

オンラインゲーム経済の市場規模について、インディアナ大学のカストロノバ教授は二億ドルから十億ドルと推定する。同経済の規模が大きくなるに連れ、ゲームの場を提供する企業の役割も変わらざるを得ない。プレーヤーやディベロッパーが安心してゲームに参加し続けられるよう、インフレ率を抑制し、経済のオーバーヒートやバブル崩壊を防ぐ必要がある。

そのためには、新しく流通させるアイテムや不動産の量を規制し、ドルなど実体経済の通貨との交換レートの設定にも注意を払わなければならない。「独立国家の中央銀行としての役割」を果たす必要が出てくる。

この架空経済を、実体経済でどうやって課税するか、という問題も生じる。「タックスヘイブン(租税回避地)に運営企業があるゲームの世界で、ドイツ人が日本人にゲーム内通貨で支払いをし、その日本人が儲けた通貨を米ドルに変換した」といった場合、どこの国が、どのタイミングで、誰に課税するのか。

オンラインゲーム経済が今後、健全に発展していくには、クリアしなければならない課題が山積しているようだ。

Permalink | Comments (9) | TrackBack (5)

1 月 29, 2006

Los Altosに日本ケーキ屋誕生(とゴルフダイジェストオンライン)

「ゴルフダイジェストオンラインが上場したおかげで、シリコンバレーでも日本のケーキが食べられるようになった」という、風が吹けば桶屋が儲かる話です。

近所に日本風ケーキ屋Saturaが開店した。近隣の日本人は騒然としている・・・というのは言いすぎだが、私一人が騒然としているのは事実である。

繊細な外見、繊細で軽い味の、日本のケーキが食べられるなんて。経歴のところにも書いたとおり、私はなーんとパリまで行って、コルドンブルーという料理学校のケーキコースに行ったこともあるくらい甘党なのだ。学校ではMention Bienという優等賞までとったのだ。(←自慢)

Saturaは、東京は表参道のアニヴェルセルなるケーキ屋と何か関係があるらしい。どういう関係は不明だが、なんだかすごそうではないか。日本風ケーキはニューヨークやLAで「都会的でおしゃれな食べ物」として密かに人気を呼んでいたらしいが、それがついに僻地のシリコンバレーにも誕生したのである。スバラシ。

オープンしてまだ2週間ほどなのに、3回行った。いつも結構賑やか。まずはしばらく持ちそうで安心。(SaturaがオープンしたLos Altosの商店街は、かなり寂れている。)

しかし、この
「日本風フランスのケーキ」
というコンセプトは知らない人には摩訶不思議かも。新聞などに紹介記事が出るときには、「日本風ケーキ屋」とあるのに、お店には日本への言及は一言もない。お店のお兄さんに聞いたところ、

「日本のケーキ?スシですか?モチですか?」

と無知な人が悩むと困るので、そういう広報にしてるそうです。今日も、店の前で父親が子供に

「日本のケーキって、アメリカのケーキみたいだね。なんだかよくわらかないけど、アメリカのケーキより、とってもきれいだね」

と語っていた。

ちなみに、San Jose Mercuryの紹介記事によれば

The bakery was founded by Hironobu Tamaki, a Japanese entrepreneur who missed the cakes of his native land when he came to work in Silicon Valley in the 1990s. After earning an MBA from Harvard University, he co-founded Golf Digest Online, which went public on the Japanese stock market two years ago. With earnings from that venture, he started Satura Cakes, which he hopes will eventually grow into multiple locations.

とのことで、日本のゴルフダイジェストオンラインのファウンダーのタマキさんという方が、上場益を元に作った店とのこと。ゴルフダイジェストオンラインと言えば、ファウンダー兼今でもがんばってCEOをやっているマイク石坂はお友達。昔の会社の同期なのである。(彼は帰国子女で英名がマイク。イシザカクンと呼ぶのもイマイチだし、ノブヤと呼び捨てにするのも変だが、マイクだと楽に呼び捨てできるのでこう呼んでいる。)

Mike Ishizaka写真は、去年日本に行ったとき、マイクに超うまいスシをご馳走になり、その後会社を見せてもらったときのもの。
「blogに載せるねー」
なんて調子のいいことを言っておいて、まったく忘れていた。

ちなみにマイクは、お坊ちゃまで、お金持ちで、超いい人な上に独身である。
「ここまで好条件だと、何かがおかしいのでは」
と疑う人もいると思うが、モアイ像に似ている以外なんら問題ない、と私が知る限りで保証する。本当にいい人デス。

マイクのblogはこちら

Permalink | Comments (9) | TrackBack (1)

1 月 23, 2006

Battlestar Galactia - 続き

おとといBattlestar Galacticaについて書いたら、頭の中がGalacticaで一杯になってしまった。書くという行為は、思いを強める効果がある。言葉にすることで、それが自分の中でより本当になっちゃうんですな。コトダマ(言霊)の力である。ということは、ラブレターって、書くことによって相手をさらに好きになるに違いない。一方、ラブレターを受け取る側は、それがなんとも思ってない人からだったら、かなり不気味に思うであろう。(大正時代じゃあるまいし)ということは、片思いの相手にラブレターを書くというのは自殺行為だな。

本題に戻って。昨日のエントリーに頂いたTrackbackなどを通じて発見したのだが、本物のシーズンに先駆けて作られたGalacticaミニシリーズの日本語版が出ているのを発見。

バトルスター ギャラクティカ-サイロンの攻撃

SFが好きだったら是非見て欲しい。そしてみんなでギャラクティカを語ろう!!?

また、さらに、hatena等のブログで感想を書いている人たちも発見しました。私1人の感想でDVD買うのもいかがなものかと思うので、参考にしてください。

バトルスター・ギャラクティカ・サイロンの攻撃を絶賛します

テレビ用の予算を感じさせない物凄い出来になっている

可愛い娘、見つけました

すっかりトリコになってしまいましたわ、このお嬢さんに。

ということで、Boomer役の韓国系女優Grace Parkさんにクラリときた模様。あれは日本人受けする顔だよなぁ、たぶん。

makky's peaceful days

私はもう、、いいや。なんか暗いんだものー。ただ、戦闘シーンは圧巻です。トレッキーなら一度は観るべし!

暗いから、いまいち、というご感想。確かに暗い。ミニシリーズは思い切り暗い。シーズン1はそれほどじゃないです。

積読日記

序盤の敗戦の中をどう立て直すかという状況とはいえ、「戦争」とは勇ましいものでもかっこいいものでもない、時に弱者を切り捨て、見殺しにしながら、いかにひとりでも多くの人間を救えるかの決断の積み重ねだという情け容赦なさが、とにかくひたすら苦くて素晴らしい。

The Winter Wapentake

1978年の旧作はナントモ微妙な出来でしたけど、今回のは怒濤の容赦ない展開で魅せてくれます。

L.P.F. Subspace Communication

アメリカではこんなすごいドラマがはじまったなんて信じられないよ!

さようなら、ミスター空気でぶ

サウンド処理の点でも出来る限り宇宙の真空空間を意識したデザインが施されていて、ミサイル発射や爆発の際にカメラの位置によって殆ど音が聞こえないよう になっているのが最高。カメラが被写体に寄っている場合には発射音や爆撃音が聞こえてくるのが素晴らしい。「機動戦士ガンダム0080ポケットの中の戦 争」でやろうとしていた無音の宇宙戦闘がここに実現している。

そうそう、これ、いいんですよ!なんとなく悪夢の中の宇宙戦争、みたいな透徹した無常観が感じられる。

るるむく日記

スターバックが女性化しているということ。ええええええええええええええ かなりびっくりです。

ねこら大作研究要塞日誌@はてな

宇宙戦艦ヤマトに喩えると復活編にて、島と加藤ガミラスを女に、しかも古代と島が再開するや否や抱き合ってちゅー、真田さんとドメル将軍に到っては密会してセックスしてる、そんな感じ。

言い得て妙。オリジナル見てたらそういう違和感あるだろうなぁ。

このあたりにも感想があります。

 

***

しかし、みなさんオリジナル見てるんですねー。全然覚えてないなぁ。私が一番少女漫画に傾倒してた時期だからかなぁ。うーむ。

逆に言うと、オリジナルを見てる人しか、ミニシリーズの日本語版見てない、っていうことかも。もったいない!!アメリカテレビドラマ界の歴史に残る金字塔なのに!

ちなみに、DVDで取りあえずシリーズ1まで全部見たところで、私の今のお気に入りはガイアス。サイロンのネットワーク侵入を許し、人類への総攻撃を引き起こす張本人の悪者。女好きで、自己保身しか考えていない、どうしょうもない人間として登場するのだが、シリーズが進むにつれコミカルな面が目立ってきて、重苦しいシリーズの中にほっと一息のcomic reliefをもたらす。

さらには、自分がもしやサイロンでは、と苦しむBoomerに、彼女がサイロンであることを知りながら、その心情を察して慰める深さを発揮、他の人が「機械」だからとサイロンを恐れつつもさげすむ中、複雑なcompassionを持つに至る。ま、自分がサイロンの言うがままに人類を危機に陥れているという罪悪感を長く引きずっているからなのだが
「心弱きものは幸いです。天国は彼らのものだから」
という聖書の一節を思い出してしまった。

ちなみに、Battlestar Galactica、だんだん宗教色が濃くなってきて、そこはちょっといかがなものか、と思いつつ見ております。

Permalink | Comments (3) | TrackBack (0)

1 月 21, 2006

24をしのぐ傑作「Battlestar Galactica」

24の5シーズン目が先週始まった。
「You gotta trust me(ハァハァ)」
のJack Bauerさんのあれであるが、今回のシリーズはものすごいらしい。今朝の朝刊の記事でも、「評価も視聴率も絶好調」と書いてあったし、近くに住んでいる友人たちも軒並み絶賛。
「シーズン1は、途中で飽きて結局最後まで見られなかった」
とか、
「今まで一度も24を見たことがない」
という人まで、
「固唾を呑んで見入った!」
とのこと。請うご期待。 (私はDVDが出てから見ることにします)

Galacticaが、しかし今日の話題は、私が最近はまっている別のテレビシリーズBattlestar Galactica。Sci-fi channelというオタクチックなSF局の番組だが、その高度なストーリーラインで、
「テレビドラマシリーズの歴史上トップ5に入る」
という評論家もいるくらい。SFに限らず、全ドラマを母集団として、です。

というのも、耳がとがったり、脳みそが額から透けている生物が一つも出てこない、大人のSFなんである。

Galacticaは、元々1970年代のテレビシリーズで、当時もそれなりに好評だったが、あまりに莫大な制作費がかかり(多分、その割にあうほどには好評でなかったため)短期で打ち切られたもの。今やっているのは、そのリメイク版。

『地球そっくりの星Capricaでは、人間による高度な技術が発展していた。しかしその人類は、自らが作り出したサイボーグ、Cylon(サイロン)からの核攻撃を受け壊滅する。攻撃を免れたのは、たまたま宇宙を航行中の戦艦Galacticaと、同じく宇宙にいた客船のみ。生き残ったのはわずかに5万人。残された人々は、遠い昔に先祖が移住していったという伝説の惑星「Earth」を探して旅に出る。』

というのがセッティング。このあたりは、シーズン1に先駆けて作られたミニシリーズで語られる。

その後、Galacticaと、Galacticaに守られた最後の人類を乗せた艦隊は、Cylonの攻撃をかわしながら、本当に存在するかどうかも疑わしいEarthを探し出すことを唯一のよりどころとして宇宙を彷徨っていく。しかし、Cylonからの攻撃は外部からだけではない。最新バージョンのCylonは人間そっくりのhumanoid modelで、人類の艦隊の中にスパイとして巧妙に送り込まれている。その中には、自らがCylonと知らないま人間と行動を共にする「Sleeper Agent」もいる。

ストーリーの底には、常に政府と軍部の間の緊張がある。政府をつかさどる大統領、軍部を統率する司令官、そのいずれも、強い倫理観と使命感、高い能力をあわせもつ優れた人物だが、戦時下という非常時において、往々にしてその意見は食い違い緊張が走る。大統領は、物静かな女性だが、思いがけない強さで軍部と対等にやりあう。しかし、彼女は末期癌に侵されており、余命いくばくもない。

一方、時として捕まる人間型Cylonは、「魂を持たない機械」として「it」と呼ばれ、人類から激しい拷問を受ける。しかし、Cylonは
「神は人間を見放した。そして我々Cylonを作った。我々こそが、「神」の御名において戦っているのだ」
と告げる。
(このあたり、イスラム系テロリストとアメリカとの戦い風。)

Galacticaの軍部の描写は、本物の軍隊のルールをかなり緻密に取り込んでいる。兵器を管理する指揮命令系統と、戦闘部隊の指揮命令系統が別になってたりとか。これは、実際の海軍もそうなっていて、しかもそれは18世紀のイギリス海軍から続く伝統らしい。また、Cylonからのコンピュータウィルスによる攻撃を防ぐため、Galacticaにはコンピュータネットワークがなく、連絡は電話で行われる。その電話の受話器は、実際にアメリカの軍隊が利用しているモデル。(このあたり、戦争ゲーム・イギリス海軍オタクのダンナ情報)

ビジュアル的にも、非常に良く出てきている。ゴーストタウンと化したCapricaの街や、パイロットが不時着する砂嵐の惑星なども、乾いた色調で 殺伐とした感じが良く出ている。数千に及ぶCylonの戦闘機が、イナゴの大群のように攻めてくる、といった戦闘シーンもよい。音楽も、ドラムを多用した 民俗音楽調でアーティスティックだ。

・・・と、まぁ、いろいろあって、大人の鑑賞に心から堪える重厚なシリーズなのであります。

が、しかし、それにもまして私が気に入っているのは
かっこいい女がたくさん出てくる
ということだ。

「歌」や「愛」といった、わけのわからないもので人類を救うのではなく、体力や英知や奸智で物事を切り開いていく女が多数登場するのである。

SFといえば男のものということで、通常出てくる女は、殆どやることがない。

しかし、Galacticaは違う。上述の女性大統領もいい味を出しているが、前線の戦闘員としても女が活躍する。

例えば。

Starbuck:
戦闘機パイロットとして抜群の腕を持ち、反抗心に溢れた暴れ馬のような性格で、意に染まない命令には瞬時に背く。しかし、その俊敏な反射神経、ずば抜けた度胸、冷静な判断で、幾度もGalacticaの危機を救う。頑丈な体、ブロンド、くわえ葉巻がトレードマーク。司令官の死んだ息子と婚約していた過去を持つ。


Boomer:
同じく戦闘機パイロット。さらさら茶髪のアジア系キュートなオネエチャン。が、しかし、その実態は、彼女こそがSleeper Agentなのだ。(これは、ミニシリーズですでに出てくる話で、初期プロットの一部。ネタバレじゃありません)自らもそうと知らないまま軍部をかく乱。また、複数の男を手玉に取る才覚の持ち主でもある。が、自分を人間と信じ込み、人間のように感じ・考え続けていることで、Cylonと人間の間を揺れ動き、思いがけなく人間側の戦力になったりする。


No.6:
完璧な容貌・肢体と、計算しつくされた滑らかな物腰で、気絶しそうにセクシーなCylon。天才科学者ガイアスを篭絡してCapricaのコンピュータネットワークに入り込み、Cylonによる総攻撃を可能にする。さらに、その後も意外な方法でガイアスを意のままに操る。演じる女優は、Victoria's Secretの下着ファッションショーに出たこともあるスーパーモデル。(写真は、意のままに篭絡されるガイアスとのツーショット)

このNo.6、Caprica総攻撃前の人類とCylonの停戦交渉にも出てくる。

それまで、人類とCylonの戦闘は長らく続いており、定期的に双方から代表者が1人ずつ送り込まれて停戦交渉が持たれていた。(PLOとイスラエルの交渉のようなもんです)そして、「メタルでできた、見るからにサイボーグなCylon」の登場を予想していた人類代表の前に登場するのが、超ボディコン・ハイヒールのNo.6。度肝を抜かれた人類代表が、言葉も出ずにワナワナする中
「停戦交渉はもう終わり」
とハスキーな声で宣言して去っていく。鼻血ブーである。

(このあたり、女のカーラヒルズが米国通商代表として交渉に登場し、調子が狂っている日本のお役人を想像してしまったり。)

ま、ちょっと、女の能力が高過ぎに書かれている嫌いもあるが、でもカッコイイから許す。オリジナルのシリーズでは、StarbuckとBoomerは男だったそうであるが、それを女に替えたのは大成功だ。

というわけで、I love Galactica!であります。

Permalink | Comments (9) | TrackBack (8)

1 月 20, 2006

センター試験のまつがい

「今日からセンター試験 受験生本番控え下見」
というタイトルが、ちょうど今Google Desktopのニュース欄に出ている。Google Desktopをインストールすると、自分のPC内の検索に加え、ニュースとか天気予報とかを配信してくれる。日本語バージョンにしたら、日本のニュースがあれこれ表示される。久しぶりに日本の雑多なニュースを片目で眺めながら仕事ができて懐かしい。

というわけで、私のセンター試験時の「まつがい」です。当時は「共通一次」って呼ばれてましたけど。

私の試験会場は「荻窪高校」であった。

当日の朝突然母親が
「車で送ってあげる」
という。

で、まぁ15分くらい余裕があるかなー、みたいな感じで家を出て、会場の高校の前についたら、校庭で体育の授業をやっている。

???

試験会場になる高校はその日は閉校じゃないのか?と、校門の表札を見たら
「杉並高校」
と書いてある。会場は「荻窪高校」だ。杉並と荻窪は、地名つながりではあるが、もちろん違う。

母に
「ここ違うよ!」
と言ったら

「えっまじっ?てっきりこれが荻窪高校だと思ったんだけど。本物の荻窪高校の場所なんて知らないよ。それに、もうこのまま(勤めている役所に)出勤しないと間に合わないし。あんたはタクシーで行ったほうがいい」

ということで、ちょうど通りかかったタクシーを捕まえて
「運転手さん!荻窪高校知ってますか?」
と引きつった顔で聞いたら
「知ってるよ」
ということで、そのタクシーで会場に向かった。現地についてダッシュで走り教室に入ると、すでに試験開始30秒前、という感じ。もう問題用紙が配られ、皆神妙な顔でうつむいている。

ぜーぜー言いながら、鉛筆を出したところで、鐘が鳴って試験開始。

(なお、杉並高校と荻窪高校は逆だったかもしれない。)

が、しかし、こんな経験をしても
「試験会場を下見に行く」
なんていう面倒くさいことをする人の気が知れない。私のように大幅に間違っても、結局間に合ったんだし、まぁなんとかなるもんじゃないか、と。

この母にしてこの子あり、ですな。

  • 本blogを読んでいる母へ

何か弁明があったら、コメント欄に記載してください。

コメント記載の方法:右下の「コメント」というのをクリックして、開いた画面の一番下でnameのところに適当な名前を書いて(「ハハ」とか)、commentという欄にコメントを書き、postをクリック。次のページで、真ん中へんに数字とローマ字が6個くらい並んだ変な絵が出てくるので、そのすぐ下の赤いピックリマークのついている箱の中に、絵の中の数字とローマ字をそのまま写して、postをクリックして完了。

Permalink | Comments (17) | TrackBack (0)

1 月 18, 2006

Googleはなぜラジオに進出するか

昨日、GoogleがDMarcというラジオ広告代理店を買収することが発表された。取りあえず最初に$102 million、今後マイルストーンが達成されればトータル買収額は$1.13 billionになるという、結構なお値段。

DMarcは、ラジオに広告を出すプロセスを自動化しており、AdWordsラジオ版。San Jose Mercuryの記事では「Google Voiceとか、AdVoiceという名前になるんじゃない?」とのこと。

「オフラインとオンラインの融合」
「Googleのメディア企業化」

といったフツーの議論は当然あちこちでされてることと思いますが、その前に

「なんでラジオ?」

という疑問はなかろうか。

*********
ラジオといえば、最近Howard SternSirius衛星ラジオに移籍、大騒ぎとなっている。

アメリカには今二つの衛星ラジオ局がある。先発で加入者数の多いXMとSirius。いずれも存続が危ぶまれた時期もあったが、最近では確固たるメディアとなった。で、SiriusがXMに打ち勝つための秘策として繰り出したのが、人気DJ、Howard Sternの獲得。

「人気DJ」というとかわいらしい感じだが、Howard Sternは、放送禁止用語続出の直截かつ下品な表現で知られ、「shock jock」の通称で呼ばれる強烈な人。だが、その強烈さゆえに熱狂的ファンがいる。

(以上、全て又聞き情報。私は3年前書いた時から今に至るまでXM Radio所有ゆえ、Siriusの放送内容は不明。)

これまでは、清教徒的厳格な倫理規定を持つFCCから目の敵にされ、1回の放送で70万ドルを超す罰金を課されたこともあるSternだが、衛星ラジオはFCCの管理下にないため、今後は野放し状態。

して、SiriusがStern獲得に費やすコストは、最初の5年間で推定$600 million!!! 600億円超です、600億円。内訳は、キャッシュと株。キャッシュは5年間で、毎年$80 millionずつ。株は、当初$100 million相当だったが、Sternとの契約を結んでからSiriusの株価は倍増したので、既に$200 million超となった。

Business Weekの試算によれば、SternがSirius専属になったことで、125万人がSiriusに新規加入、初年度だけで$137.5 millionの加入料が生み出されるそうな。5年間差し引きで、当初の予定の$500 million払った後でも、$50 millionの利益がSiriusには残ることになるとのこと。

それにしても、
「ラジオ放送の市場って、1人の人間に600億円払うほどあるわけ?」
という疑問はなかろうか。
*********
が、しかし、アメリカでは、ラジオは生活に溶け込んだ重要なメディアなんです。みんな車を運転、その間聞いてるので。

こちらのサイトによれば、昨年上半期の アメリカのラジオ広告市場は$5 billion強。クリスマス商戦のある後半の方が広告費は多いのではないかという気もするが、単純に2倍しただけでも年間$10 billion超、日本円にして1兆円。

一方、日本のラジオ広告市場は2000億円弱ということだから、5倍超。人口が2倍という点を差し引いても、1人頭約3倍 ということになる。

(ちなみに、衛星ラジオの加入料はこれの外側。XMとSiriusの売上は、2005年の7-9月期でそれぞれ$150 millionと$70 millionなので、単純にこれを4倍すると2社合計$880million。ずんずん伸びているので、まずは$1 billion市場というところか。)
*********
というわけで、所変われば品変わる、アメリカではラジオは割と大きい市場なんです、という話でした。

余談ながら、アメリカでPodCastingが大騒ぎされるのも、こういう背景があるということも大きい。もともとラジオ市場が小さい日本でどれくらい普及するんでしょうね。

Permalink | Comments (5) | TrackBack (0)

1 月 16, 2006

ビジネスマンとアート:Tom PerkinsとCharles Ives

Tom Perkinsが本を書いた。シリコンバレーで一番有名なベンチャーキャピタル、Kleiner Perkinsの創設者のPerkinsさんである。御年73歳。本のタイトルはSex and the Single Zillionaire。そうです、「ハーレクインロマンス」系恋愛小説なのであります。

Wall Street Journalの記事いわく

"Sex and the Single Zillionaire," which features a handsome investment banker who agrees to participate in a TV dating show. Sex scenes are sprinkled throughout, as readers glide from a Manhattan penthouse to exotic islands to a lavish yacht.

マンハッタンのペントハウスからエキゾチックな島、豪奢なヨットなどでのエッチシーンが満載だそう。

"no 'ghost' did the writing."

ということで、本当に自分で書いたんだそうだ。

The main character, a dashing widower in his 60s, and his grown son, came from his own imagination, he says. He described them this way: "They were obviously father and son, with the same tall, athletic build. They were so handsome that they could have made money modeling, if anyone could afford to hire them. The aura of money seemed to float around them."

すごいですねー。本物の成功者兼金持ちが、成功者兼金持ちが主人公のエッチ小説を書くのはハズカシイのでは!!と思うんですが、そういうテライを乗り越えたということ?こういうのがアメリカ風枯淡?うーむ。

元奥さんが恋愛小説の大家ということで、彼女に負けじと書いたのさ、と言ってます。

元奥さんは、この2月で66冊目の小説を出版、これまでに世界で累計6億冊を売ったという売れっ子。100人座れるダイニングテーブルのあるサンフランシスコの家に住んでるとのことであります。どんな机だろか。

で、その奥さんに負けじと書いたのがSex and...。Perkins氏は非常に負けず嫌いで、やることなすこと成功しないと気がすまないヒトだそう。ま、そうでなきゃ、海千山千のシリコンバレーで名を成せません。

****

さて、Sex and the Single Zillionaireがアートかどうかは相当異論があるとは思いますが、ビジネスでも成功したアーティストといえば、ゴーギャンあたりが有名。35歳まで株のブローカーで儲けた後引退、画家一筋となった人。まぁとはいっても、ビジネスマンとしては一銀行員に過ぎず。

その点、Tom Perkins並に成功した人といえば、Charles Ivesでは。超アバンギャルドなピアノ曲をあまた生み出したアメリカの作曲家。不協和音と、複数の旋律が混在する実験的な構成で、マニア受けする人であります。

"(if a composer) has a nice wife and some nice children, how can he let them starve on his dissonances?"

「妻や子を、不協和音のために路頭に迷わせるわけには行かない」

ということで、Yale大学卒業後保険会社に入り、30代前半で独立、自分の保険会社を起業し全国で最大の保険会社に育て上げる。40代はじめには現代の金で数十億円の個人資産を持つに至った・・、というのが経歴。その傍ら作曲活動を続け、フルタイムの起業家とは思えない数多くの作品を残した人。

音楽的には「アマチュア作曲家」として扱われ、生きている間は殆ど誰にも省みられることはなかったのでした。(実は14歳で給料をもらうプロのオルガン奏者となり、リサイタルを開いたり、大学でも音楽の基礎をきちんと勉強していたにもかかわらず)

しかし、その一方で、金に不自由しなかったため、芸術性を犠牲にせず、自分の思うがままの作曲ができた、というのが定評。作曲家シェーンベルクも

"There is a great man in this country who solved the problem of how to be true to oneself. His name is Charles Ives."

「自らに正直になれた偉大な男、Charles Ives」と書き残しています。

去年の夏にIvesのConcord Sonataを聴きに行ったのですが、全編ピアノなのに、途中ほんの数十秒ヴィオラが入る、というトンでもない曲。「このためだけにヴィオラ奏者を雇ったら、その分経費がかさむ・・・」なんていう音楽ビジネスの都合なんてお構いなし。

***

よく宗教画を見て思うんですが、その多くは、

「家の壁にかけるから、なんか聖書をテーマに描いてよ」

みたいな注文を受けて、「アイアイサー」とばかりに描かれたものでありましょう、と。で、中には、

「宗教モノだったら、ちょっと裸があっても家族に許してもらえるから、ホーマンな女体ヨロシク」

とかいう陰の注文もあったりして、「きー」とか思いながら描いた画家もいるのでは、と。いや、もちろん、高尚なアートとして描かれた宗教画も一杯あると思いますが。

モーツアルトだってダビンチだって、結局パトロンがいたわけで、実際いやとは言えずに作らされたものもあったのでは、と推測。

その点、Ivesは音楽で金儲けする必要がなく、むしろ、パトロンとして音楽のためにふんだんに金を使う側だったので、思うがままにアバンギャルドなものが作れたわけです。

このあたり、以前書いたWhat Should I Do with My Lifeとの整合性はありやなしや。これは、900人にインタビューして書かれたキャリア選択に関する本。もとのエントリーに書いたとおり、メッセージは

「夢を閉じ込めて、生活のため、金のためにつまらない仕事をすると、苦しいばかりだよ」ということ。900人話をして「いったん事業で成功した上で、若い頃の夢に戻って実現した」という人は一人もいないんだそうだ。

ということなんですが。

「Ivesはビジネスで成功した上に音楽でも成功したじゃないか」

と思うかも知れないが、実は違うんですねー。彼があまたの曲を生み出した時期と、保険会社のビジネスに没頭していた時期はほぼ完全に重なるんですな。50歳を超した頃の1926年に「nothing sounds right」といって涙を流して作曲を諦めた「後」、1930年にビジネスからリタイアしたのでありました。

思うに、

「ビジネスで成功するためにはアートを諦めなければならない」(またはその逆)

という、世でよく聞くセリフは実は疑わしく

「ビジネスで成功する確率は超低く、アーティストとして成功する確率はさらに著しく低いので、その両方で成功できる人はめったにいない」

というあたりがより真実に近いのでは。この場合

「Xをするために、Yを諦める」

は、実は自分への言い訳。

もちろん体は一つ、時間は有限。Ivesもビジネスが忙しくなってきた頃、オルガン奏者など音楽関係の公的活動を全てやめてます。が作曲は続けてたわけで。

うーん、でもこれって、「超人は超人、凡人は凡人」ってことか。うむむ・・・。

*******
参考
Learning to Love a Cranky Composer
Ives Biography
Wikipedia: Charles Ives

Permalink | Comments (2) | TrackBack (1)

1 月 13, 2006

マンガは世界の共通語

Peachfuzz San Jose Mercury Newsに、今日から毎週マンガが紹介されることとなった。日本のマンガ風に描かれたアメリカのマンガ。英語のマンガ出版社として最大のTokyopopから、毎週金曜に新しいマンガを紹介していくんだそうです。で、初回の今日は、Peach Fuzzというバリバリのマンガ。

「9歳のアマンダちゃんが、お母さんにおねだりしてイタチを買ってもらう」

というお話。イタチの名前がPeach。イタチ(ferret)という選択はアメリカ的だが、絵柄や、主人公の感情の流れなんかは、まるで日本の(お子様向け)マンガだ。

Manga (pronounced mahn-ga) is simply Japanese comics, but its visual and narrative style has generated rabid fans around the world and inspired many up-and-coming U.S. artists

ですと。浮世絵がモネやゴッホを啓発したように、日本のマンガが世界のアーティストを触発する時代となったのであります。

ガンダムとかマクロスから発祥した日本のマンガ(&アニメ)ブームもここまできたか、、、と感慨深い。で、このPeach Fuzz、どういう人が読んでいるかと推測するに・・・主人公は9歳でも、読者は中学生・高校生ではないかと思われます。「親がマンガを子供に買ってあげる」というほど、マンガが一般的ではないので、自分のお小遣いでマンガが買える程度の年じゃないといけないのではないかと。

それに、一般的に日本より読者の年齢層が高いようだし。先週のSan Jose Mercuryには、近隣のhigh schoolのアニメクラブの話が載っていて、それには「好きなアニメはナルト」とか書いてあった。(ナルトって日本では小学生が見るもんですよね?よく知らんのですが。)

(このあたり、アメリカで小学生の子供をお持ちの皆様でご存知の方がいたら教えてくださいませ)

San Joseの紀伊国屋書店でも、英語版のマンガを買いにくるアメリカ人の高校生・大学生くらいの子達がだんだん増えている。買っているのは結構おこちゃまっぽいヤツの翻訳版。とはいうもののの、一冊10ドル超する上、ビニールカバーがかかっていて中身が読めないので、10冊ほどを抱え、
「この中のどれを買ったらいいのか!」
と苦悩している男の子を見たことも。アメリカではまだ、マンガ=オタク、という域を出ないようだが、いずこの国でも、オタク道は厳しいのである。

ちなみに、英語化されていないアニメに、勝手に字幕をつけることをFansubという。fan-subtitledの略。Wikipediaを見ると、「初期のFansubは、プロの翻訳を雇っていた」とあり、とってもコストがかかりそう。この辺にも厳しいオタク道がある。

最近では、集英社と小学館のJVのVIZという会社もサンフランシスコにあり、精力的にアニメやマンガのアメリカ市場展開を図っている。知り合いも何人か働いており、1年位前で「150人くらい社員がいる」と言っていたから、今はもっといるのかも。

VIZの功績か、以前だったら想像もできないような少女漫画も英語化されている。その中にはニューヨークが舞台のBanana Fishなんかもある。うーむ、日本人が書いたニューヨークのマンガを、アメリカ人はどう読むのだろうか。興味深し。

そういえば、日本のまんが界が生み出した不倒の金字塔ジャンル、少年愛モノも結構受けてるらしい。ボーイズラブとかヤオイとか言われてるあれです。2年位前に、NPRラジオでそういう話があり、
「かっこいい男の子ばっかり出てくるから好き」
というアメリカ人女子のインタビューが流れていた。

いやー、大人になると、
「アメリカ人ってどうしてこんなに日本人と違うだろう」
ということが多いのだが、子供時代は同じような感性なんですかね。

やがて、子供のころに日本のアニメやマンガを見て育った世代が大人になると、アメリカ人でも
「きゃー、うそー」
などとかわいい感嘆の声をあげる女子が増えるのであろうか。それはそれで不気味な気がするが。

Permalink | Comments (5) | TrackBack (0)

1 月 12, 2006

Cryptonomiconに見るシリコンバレー・ヲタ・ファッション

ちょっと前に、シリコンバレーのビジネスカジュアルのルールについて書いたが、シリコンバレー・geekファッションに関し、最近読んでいる小説、Cryptonomiconで面白い表現を発見したのでご紹介。

コンピュータサイエンスの父ともいわれるAlan Turingも登場する、暗号技術を核にした小説。1150ページの大作、かつ、最初の300ページくらいは単なる前振り、という、時間が最大のリソースである現代においては超贅沢なつくりのお話である。

苦しみながらなんとか400ページに達したところ。やっと何とかうっすら面白くなってきた、ぜーぜー、という感じだ。

小説には、現代のシリコンバレーの暗号技術ベンチャーが登場するのだが、以下、本文中に見つけた「Geekがなぜスーツを着たがらないか」についての表現です。

....good clothes can actuallly be comfortable.......it is not wearing suits that they object to, so much as getting them on.  Which includes not only the donning process per se but also picking them out, maintaining them, and worrying whether they are still in style--this last being especially difficult for men who wear suits only once every five years.

「良い服は、実は着心地がいい・・・geekは、スーツを着ているのが嫌いなのではなく、スーツを着るという行為がいやなのだ。単に着るプロセスのみならず、スーツを選んだり、メンテしたり、流行おくれでないか心配したり、といったこと。特に最後のポイントは、5年に一度しかスーツを着ない人間にとっては難問。」

つまり、「おしゃれを楽しむ」なんて気持ちはさらさらないわけですな。(で、冒頭にリンクした過去のエントリーで述べた「シリコンバレービジネスカジュアル」は、そういう非ファッション的人物でも「これに従っていればそこそこまともに見える」という、明快なルールなわけです。)

小説内には、アジアの王様と商談、ということで、普段ヨレヨレのジーンズしかはかないgeekたちも、ぴしっとスーツを着なければならないシーンがある。もちろんgeekたちには、そんな場に来ていける服はない。そこで、普段から投資家めぐりをしたり、ビジネスプランを書いたり、といった「ビジネス担当」の人間が全て面倒を見る。社内の主要geekの寸法をスプレッドシートに持っていて、上海の仕立て屋に注文を出して、全員分のスーツを作るのである。便利。

ちなみに、Cryptonomicon、ダンナと私とそれぞれ買ってしまい、家に2冊ある。こんなオタッキーな本が2冊ある家も少ないのでは・・・いや、シリコンバレーなら結構あるかな。

Permalink | Comments (4) | TrackBack (1)

1 月 11, 2006

ペンギンの罠:March of the Penguins

哀しい映画が嫌いだ。哀しくなるからである。

March of the Penguinsは、映画公開された去年の夏から、DVD化を楽しみに待っていたドキュメンタリー映画。南極観測基地に1年間泊り込んで、皇帝ペンギンの生態を追ったもの。
「厳しい自然の中で力強く生きる皇帝ペンギンを見て心温まる」
という著しい期待の元、DVDを入手して見た。

しかし、その実態は・・・皇帝ペンギンのあまりに過酷でつらく悲しい生き様を見せ付けられて呆然。よたよたペンギン歩きで行進する姿すら、全くかわいいと思えないくらい悲惨。

ドキュメンタリーの流れはこんな感じ:

「皇帝ペンギンたちは、夏場3ヶ月ほど海に潜ってたらふくエサを食べるが、その後は海から遠く離れた繁殖地まで歩いて行進する。そこで2週間ほどかけてじっくりパートナーを選ぶと、タマゴを生み、オスとメスが交替でタマゴ・ヒナの面倒を見る。春が終わる頃には、ヒナは1人立ちする」

簡単そうだが、場所が南極だけにその過程はとんでもないことになるのである。

例えば、卵を産んだメスは即座にオスにタマゴを渡して、海岸にエサを取りに戻っていく。繁殖地に行ってから全く食事を取らずにタマゴを産んだメスは体重の3分の1を失い、早くエサを取らないと餓死してしまうから。タマゴは一つだけメスの揃えた足の甲の上に産み落とされ、そこからオスの足の甲の上に移される。

が、タマゴは氷の上に数秒置かれただけで、凍り付いて割れてしまう。ここで、多くのカップルがタマゴ・パスに失敗、100キロも歩いて、2週間かけて見つけたパートナーとの間にせっかく産まれた、たった一つのタマゴがこの一瞬で死んでしまう。カップルは、凍って割れていくタマゴをなす術もなく見つめる。

が、ここで成功しても、その後オスはさらに3ヶ月、タマゴを揃えた足の甲の上に乗せて、ジッとおなかで暖めながらヒナがかえるのを待たないとならない。この間も絶食。移動はかかと歩き。

しかも、ここで南極の冬がやってくる。氷点下80度のブリザード、などという恐ろしい状態になると、オスたちは一団となって互いに暖めあう。横殴りの雪風の直撃を受ける集団の外側と、暖かい内側とを交替しながら、ひと時も休まずずっと動き続けることで、体温を保つ。(この間もかかと歩き)。ビョウビョウと真横から吹き付ける雪の中で、殆ど幾何学的な精密さで寄り合ったペンギンたちが、ザワザワと動き続ける。

マイナス80度ですよ、マイナス80度。もちろん、巣なんてない。氷の世界だから。ひたすら首をすくめて全員が体を寄せ合って耐える。ここで、体の弱っているオスは力尽き、倒れ、眠りに落ちていく。

ああ、しかし、ここまでがんばっても、ヒナが生まれて2日以内にメスがかえってこないとヒナは餓死してしまうのであります。3ヶ月待って、誤差2日しか許されない。

そしてヒナをメスに渡す際も、足の甲から足の甲へと精緻なパス。失敗すると、ヒナは一瞬で凍死する。

そこで今度はオスが海にエサを取りに行くのだが、この時点でオスの体重は当初の半分になっている。しかも冬で氷が大きくなっているため、海辺までの距離はより長い。ゆえに、多くのオスがこの道のりで絶命。(このせいか、皇帝ペンギンはオスが足りない。最初のパートナー探しではメス同士が乱闘になる。)

今度は待つ側になったメスにも、さらにブリザードが襲い掛かる。3週間もの間続くことも。ここでまた、猛吹雪で親とはぐれたヒナが命を落とす。子供を失った母親は、カチカチに固まったヒナを触ってキューキューと泣く。その中には、他人のヒナを奪おうとするメスも出てくる。しかし、泥棒メスは周囲のペンギンたちから体当たりでボコボコにされる。

やがてオスが帰ってくると、今度はメスがエサを取りに行く。

・・・・これをひたすら繰り返して春が来るのを待つ。その間なんと9ヶ月。1年のうち4分の3が、この過酷な子育てに当てられるわけです。

本編を見て暗い気持ちになったので、もしかしたら、心温まるエピソードが満載かも・・・と、Special Features(DVDのおまけ)の”Of Penguins and Men”、”National Geographic's Crittercom: Emperor Penguins”と続けて見たのだが、それはさらに悲惨。力尽きて死んだペンギンたちの累々たる死体とか、凍り付いたパートナーの死骸の前で悲しげに泣 くペンギンとか。

うーむ・・・。

南極大陸は、昔は熱帯にあったのが、だんだん移動して現在に至った。その間、元々熱帯だった頃に住んでいた動物たちは、他の土地に移動したり、死に絶えたりして、結局ペンギンだけが残った、とのことなのだが、このペンギンの進化は何か間違ってないか。南極大陸に適応したのは偉いことなのであろうが、つらいだけじゃないか。マイナス80度で、ブリザードで、餓死寸前で、かかと歩きで子育て、というのはイクラなんでもひどすぎる。Million Dollar Babyなみに悲惨だ。

せめてカンガルーのように子育て用ポケットくらいあっても良いのではないか。是非、コアラと掛け合わるとか、遺伝子操作するなどして有袋類にしてあげたい。皇帝ペンギンにとっては余計なお世話だろうが。

March of the Penguinsを見て、ふと思い出したのが、村上春樹の短編小説の一節。以下、ちょっと長くなりますが引用して終わりにします。

「彼は私に一度、北極熊の話をしてくれました。北極熊がどれくらい孤独な生き物であるかという話です。彼らは年に一度だけ交尾をします。年に一度だけです。夫婦というような関係は、彼らの世界には存在しません。凍てついた大地の上で一匹の牡の北極熊と一匹の牝の北極熊とが偶発的に出会い、そこで交尾がおこなわれます。それほど長い交尾ではありません。行為が終了すると、牡は何かを恐れるみたいにさっと牝の体から飛び退き、交尾の現場から走って逃げます。文字どおり一目散に、後ろも振り返らずに逃げ去ります。そしてそのあとの一年間を深い孤独のうちに生きるのです。相互コミュニケーションというようなものはいっさい存在しません。心のふれあいもありません。それが北極熊の話です。いずれにせよ、少なくともそれが、私の主人が私に語ってくれたことです」
「なんだか不思議な話ね」とさつきは言った。
「たしかに。不思議な話です」とニミットは生まじめな顔で言った。「そのとき私は主人に尋ねました。じゃあ北極熊はいったい何のために生きているのですか、と。すると主人は我が意を得たような微笑を顔に浮かべ、私に尋ね返しました。『なあニミット、それでは
私たちはいったい何のためにいきているんだい?』と」
- 村上春樹 「タイランド」

Permalink | Comments (8) | TrackBack (4)

ページの上に戻る
本サイトのコンテンツは、出典を明記すれば自由に利用できます。詳しくは下記イメージをクリック。

Creative Commons License