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12 月 23, 2005
HoHoHo!
Ho ho ho!はサンタクロースの笑い声。なんのこっちゃ、ですが、サンタクロースは必ずホーゥホーゥホーゥと笑っているらしいです。ホホホ、じゃなくって。英語圏の人たちはHo ho hoという字面を見ただけで、気分はすっかりクリスマスになるらしい。
まだ東京の実家で親と暮らしていたころ、とある年のクリスマスイブに、何の予定もないので半纏など着て玄関の掃除をしていたら、真紅のバラ50本!の花束が届けられました。おおーっつ、どこのどいつじゃ、花を贈る前にクリスマスディナーに誘えよ!とカードを見たら妹宛だった。・・しかも妹は別の男とデートで留守。しかも、私は社会人で妹は高校生。家族がなんとなく花束の話題を避けて通っているのが痛かった暗い過去シリーズ。
♪きっと君は来な~い~ 一人きりのクリスマスイ~ブ ロンリーナ~イト♪
という不吉な歌がありましたが、大丈夫。今まさにこのエントリーを見ている手持ち無沙汰なあなたにも夜明けは来る!(島崎藤村)ちなみに、アメリカでは、クリスマスは家族と過ごすのが相場。じゃぁ、異性関係の問題はないかというと、そんなこともなく、「付き合っている相手は、家族に紹介するくらい真剣か」という難しい選択が迫られるらしく、新聞や雑誌の人生相談にその手の話が毎年載ってます。
それでは、新年までお休みします。良いお年を。
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12 月 21, 2005
デスクトップサーチ
12月15日の日経産業に掲載いただいたコラムです。デスクトップサーチのお話。私もGoogle Desktop使っていますが、かなり気に入っています。。。というと、マックユーザーに「今頃何を言っている」と笑われるんですけどね。
なお、本文内にはありませんが、SunのLooking Glassは、 ファイルや、デスクトップ上のウィンドウを全てビジュアルに扱う、というもの。よくSFで、3D構造の映像や、机そのものがコンピュータ画面になってい て、そこに映し出されているものを手で動かすことで、プログラムやファイルを操作する、というものがありますがああいう感じです。(Johnny MnemonicとかIslandとか・・・どっちもB級ですな)。開発者の川原さんにはJTPAで10月にセミナーをしてもらいましたが、それに先立ってCupertinoの天仁茗茶という御茶屋でパールミルクティーを飲みながら、延々と居座ってデモを見せてもらいました。おお、William Glbson!と結構感動。
Looking Glassでは、さらに、ロシアの心理学者、LuriaのThe Mind of a Mnemonistと
いうのも思い出しました。一度覚えたことは決して忘れない実在の超人的新聞記者「S」についての10年以上にわたる研究を本にしたもの。Sは、全ての事
象をビジュアル化することで記憶。複雑な物語も、「お城」のような壮大な構造を心の中につくり、その中にいろいろな色・形のモノを並べることで記憶。思い出すときは、心の中のお城の中を歩きながら、見えてくるものを順番にたどる、というやり方で、何年たってもディテールの隅々まで明確に思
い出せる、という逸話があったと記憶しております。
Amazonの書評をみたら、読者のコメントにこんなのがありました。
Any veteran of multiple courses on memory including that given by Harry Lorayne will immediately recognize the methods and the power of the systems discussed in this book. The visual images that work the best are large, colored, unusual, in motion, violent, and linked to material already known.
「Sに限らず、視覚化することで覚えるのが記憶法として有効なのは立証されている。特に有効なのは、大きい、カラー、変わっている、動いている、暴力的、見覚えがある、といった特徴のビジュアル・イメージ。」ということ。真偽はともかく、そうかなぁ、という気は大いにします。
ということで、言葉での検索も有効ですが、Looking Glassのように、ビジュアルにファイルのカタチが見えるようになると、忘れっぽくて整理整頓が苦手な私のコンピュータライフがもう少し楽になるかも。
では本文です。
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コンピューターのデータ管理の世界で、劇的な変化が起こっている。利用者が最初にデータを保存する際、きちんと構造化するという従来のやり方から、どんなデータも一緒にしておいてから後で必要なときに必要なデータを探し出す、という新しい手法へのシフトである。
コンピュータの初心者の多くは「ファイルとディレクトリーの構造」に頭をひねるのではないだろうか。「コンピュータの中にツリー構造のディレクトリーが何階層もあり、そのどこかにファイルという形式でデータが保存される」というのが基本概念だ。これが理解できずに万年初心者、というユーザーも多い。
この結果、デジタルカメラで撮った写真をハードディスクにコピーすることができず、どんどんメモリーカードを買い増したり、一回ごとに現像に出しては全てデータを消去したり、という経験のある人もいるはずだ。多くの場合、「コピー」という操作自体がわからないのではなく、コピー元とコピー先の位置関係が把握できないのが原因だ。
初心者が理解に苦しむ背景には、そもそもツリー構造のディレクトリーという概念が直感的でないことがある。新しいデータ管理は、インターネットの検索エンジンの手法に着目。ネット上にある無数のデータは検索エンジンで瞬時に探し出せるようになったが、これと同様のやり方を個々の端末にも応用しようという試みだ。
端末の中の全てのデータを容易に検索できる仕組みは「デスクトップサーチ」と呼ばれる。この分野ではグーグルやヤフー、マイクロソフトなどのソフト大手が無料でダウンロードできる専用ソフトを提供している。新興企業のブリンクス(カリフォルニア州)がマルチメディア検索まで可能にする技術を開発するなど、多くの企業が参戦している。
アップルコンピュータは「マックOS X10・4」の検索エンジンに自社開発の検索エンジン「スポットライト」を組み込み、完成度の高さで評判を呼んだ。これに負けじと、マイクロソフトも高度な検索エンジン「WinFS」の開発を進めている。
たかが検索、されど検索。検索が直感的で非常に速ければ、ユーザーの作業効率は劇的に向上する。
例えば電子メール。ほんの数年前には過去に受信した電子メールを探す検索のために五分程度かかったが、専用ソフトを選べば一―二秒で探し出せるようになった。写真や音声、プレゼンテーション、書類まで、全てのデータが瞬時に検索できるようになれば、仕事の効率が向上するのは間違いない。
デスクトップ検索には、膨大な利益の源泉となるインターネット検索での覇権もかかっている。検索結果には個人の端末の中身に加え、ネット上の情報も表示できるようになっているものが多いからだ。
優れたデスクトップ検索が提供できれば、インターネットの検索市場も制する道が開ける。デスクトップ検索は、使う側だけでなく、提供する側にとっても大きな魅力ある市場になりつつある。
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12 月 20, 2005
シリコンバレーの男のおしゃれはぺペロンチーニ
シリコンバレーのビジネスの正装は、一見カジュアルなので何でもありかと思われがちだが、実はきちんと溶け込むにはコツが必要。シャツとパンツだけなのに、いったいどこにコツがあるのか、と思うかもしれないが、アイテムが少ないだけにルール違反は目立つのだ。パスタ、にんにく、唐辛子、オリーブオイルを混ぜただけのシンプルなぺペロンチーニも、実が奥が深いのと一緒である。
ということで、シリコンバレー・ビジネスカジュアルはペペロンチーニ・ファッション。(なお、あくまで「ビジネスの正装」なので、一応ちゃんと人に会う際に着用するもので、内勤だけだったら、ジーンズでOKです。)
以下、ペペロンチーニ・ファッションの中身です。
1.初級
これは前も書いたけれど、
- シャツは必ず長袖(半そではオタクファッション。ポロシャツはややカジュアルな場だったら可)
- シャツはコットン100%。無地かワンポイント。ストライプ/チェックは細かくて地味だったら可
- パンツは、チノパンかダークなウール。素材はこれまた天然系100%。(ウール・コットンなど)
- 靴はダークな革靴
こういう感じ↓ (Altos Venturesの皆様)
注意:ジャケットを着る場合は、パンツとおそろいのスーツにすると
「疲れたサラリーマンがネクタイを取っただけ」
風になるので避ける。パンツとは別にスポーツジャケットを購入。パンツとの色あわせは注意。「紺と黒」といった、目に厳しい組み合わせは悲しい。無難なのは、紺のスポーツジャケットにチノパンにブルー系のシャツ。(真ん中の人はスーパー無難君。)
ジャケットを着るほどでもない、という感じのときは、シンプルなダーク系のフリースとかウール・ジャンパー(というのかな。前をファスナーで閉めたりするタイプ)も可。
2.中級
(そこはかとなくおしゃれ、という感じ)
- 靴は、スリップオン式でなく紐できちんと締める古風なのにする。
- サイズは自分に合ったものを。
- シャツの袖丈は、長すぎたらalteration屋さんで直す
(長すぎるシャツの袖を折って着ている人を時々見かけますが、これは子供がパパの服を借りてるみたい)
- パンツのすそは長すぎず、短すぎず
(2センチ短いだけで、かなりつんつるてんっぽい。太ってくると、以前はちょうど良かったパンツが短くなってくるので要注意。日本の野球選手風のだぼだぼに長いのも変ですが) - 衛生に注意。
- ふけ→ 薬局で売ってるふけ予防シャンプーとかサリチル酸とかで何とかなるなるんじゃないでしょうか
- 口臭→ ガムでもいいので、食後にはミント系を口に。歯槽膿漏は手術で直るらしいです。
3.上級
(これがびしっと決まっていると、みんなと同じような服装でもオーラが出る)
- ぴっかり真っ白な歯を整備。(アメリカ人はやたらにoral hygeneに細かい。)
- 最低でも、漂白する。ちゃんと歯医者か専門家にやってもらうのが本格的だが、Costcoとかで売っている箱入りの漂白ジェルストリップ(Crestのとか)でもかなり白くなる。
- 歯並びの悪い人は矯正。最近はInvisalignのような目立たない矯正器具もある - 服の素材にこだわる。
シャツは番手の高いものを選択。織り目が詰まってるヤツ。この手のシャツは簡単に300ドル以上しますが。
4.応用編
- コットン以外の天然素材100%シャツを導入。シルクとか。
- 全てのルールを知った上で、あえてジーンズと黒のタートルネック、みたいなところに走ると、さらなるオーラがでる。Steve Jobsとかでも、実はセーターは1000ドルするカシミアだったりすることもある。が、GAPの30ドルのものの可能性もある。(Steve Jobsがどんなのを着ているか知らないが)

ちなみに、普通ベンチャーキャピタリストは上記1の「正当派直球ど真ん中ビジネスカジュアル」というところから、ややカジュアル目(黒タートルネック、とか)のどこかに当てはまる人が多いが、Draper Fisherは、最近フォーマルに走ってるのかな?サイトは上記のような写真である。真ん中の段の右から3番目は大学院で同じクラスだったヒトなのであるが(胡麻塩頭でふけているが、実はまだ40前のはず)、2-3ヶ月前、早朝のSan Jose空港でばったり出会った。ダークスーツにネクタイ、というサイトの写真そのままの格好だったが、非常にカジュアルな山登り風ナップザックを背負っていた。
ナップザックは
「俺は銀行員じゃないぞ」
というせめてもの抵抗に見えたのは気のせい?うつろに歩いていたので、聞いたところ、Chikago(じゃなくって、Chicago ;-p)行きの飛行機に乗り遅れてしまった・・・ということでありましたが。
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12 月 19, 2005
CIA保険
先週ラジオを聴いていたら、「CIAがエージェントに保険を買うように勧めている」というハナシがあった。海外で違法行為を伴うスパイ活動をしてつかまった際、アメリカ国家は「そんなやつ知らん」という可能性がある。そのときもちろん、弁護士費用など、危機から脱出するための費用を国は払ってくれない。そういう費用は、保険でカバーしましょう、というもの。
ひどい事なかれ主義ではあるが、情報が筒抜けになる社会で諜報活動を行うことがいかに難しいということか。CNNもインターネットもなかった時代は、海外 でのスパイ活動の失敗を糊塗することもできたかもしれないが、最近はすぐばれてしまう。だから、国もおちおち助けられない。・・・・それとも、古きよき時 代のスパイは、つかまったら自己責任、と全ての罪を一人で負うのが当たり前だったのか(弁護士を雇う前に、歯に仕込んだ青酸カリで自殺、と か?)。
CIAといえば、イタリアで違法な誘拐をしたのがばれて問題になったが、その際、 普通のイタリアの携帯電話を使って誘拐関係の会話をしていたようで、それが証拠になってしまった。とほほ。が、その顛末の報道によれば、5つ星ホテルで15万ドル 使い、その後北イタリアにバケーションに行く、という、Mission Impossibleのトムクルーズみたいな生活だった模様。いざ捕まったときに助けてもらえないのであれば、これくらいおいしい事でもなければ、やっていけないですなぁ。
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12 月 18, 2005
PC vs ダム端:Google vs P2P
ずいぶん間があいてしまったが、PC vs ダム端 そして囚人のジレンマの続き。前回の主旨は
「Googleの各種サービスのように、何でもインターネットの先のデータセンタのマシンが処理してくれるなら、手元にPCいらないよね、ダム端でいいよね」
ということだったが、今回は、この流れを押しとどめようと奮闘するP2Pについて。「囚人のジレンマ」は、その後考えたら、やっぱり違う、ということになったので、題は「PC vs ダム端:Google vs P2P」に変更します ;-p Googleは、「ダム端(的thin client)と高度なサーバ」という構造をプッシュ、IntelやMicrosoftは、「高度な処理能力を持つPCが偏在(じゃなくて遍在・・がりゅう-san 指摘Thanks)」する構造をプッシュ、という陣営わけです。
ちょうど良く、前回のエントリを書いた後、Googleがダム端老舗のWyseと専用端末を作っているという報道もあり、割とタイムリー。(ゾフィー-san、Thanks)
なお、前回taka-sanより、
シリアル通信でキャラクタ表示・入力する本来のダム端とXターミナルやWindowsクライアントなんかのGUIターミナルが(中略)ごっちゃになってない?
というコメントを頂きましたが、本エントリでのダム端とは、CPUもメモリもハードディスクも大してない「おばかな端末」としたいと思います。(いい加減)。thin clientですね、やっぱり正確には。。。
***
さてさて、P2Pは法的にはいろいろ大変なことになっている。Napsterも、Groksterもi2Hubもシャットダウンしてしまった。
P2Pがなぜこんなに大問題になっているかといえば、それは、P2Pがコンテンツをpublic goodにしてしまったからである。Public good、日本語で言うところの公共財。なんだか素敵な響きだが、資本主義的市場、神の見えざる手がうまく働かない「崩壊点」であり、大問題。(P2Pとpublic goodについては、オマケで末尾に書きました。)
ではあるのだが、汗水たらしてモノを作った人に報酬が入る仕組みさえきちんと整備すれば、P2Pは画期的技術だ。どうせあまっている世の人々のコンピュータを活用する、という点がスバラシイ。どっかのサーバーからどーんとダウンロード、という中央集権的仕組みだと、データ量が増えるとボトルネックが生じるが、新し目のP2Pなら、大勢がダウンロードする人気コンテンツでも一部に負荷が集中することがない。BitTorrentの、「ファイルをもらうにはファイルを提供しないとならない」というTit-for-tatなんか、できてしまえばコロンブスの卵だが、やっぱり画期的。
で、P2Pをやるには、やっぱりそれなりに優れた頭脳のPCが参加者みんなの手元にある必要がある。ハードディスクもあんまりないようなthin clientで世の中があふれたらP2Pが成り立たない。
なので、P2Pが世にはびこってくれるのは、IntelやMicrosoftにとっては美しい事態だ。で、いずれも、P2P関連のベンチャーに投資したり、そういう会社を買ったり、技術促進団体を作ったり、とがんばっている。
というわけで、Google的流れとP2P流れという相反するforceがどう動くかによって、今後コンピューティングが向かう方向としては、次の3つがありえるだろう。
1) Google的中央集権型
Google的世界。どこかのデータセンタにサーバがまとまっておいてあって、そこからthin clientに計算結果を表示する。
前回のエントリーに、まさ-sanからコメント頂いたとおり、現在の端末には、画像などの「表現力」も求められていて、これにはかなり処理能力が必要だが、しかし、これも、サーバ側で処理して、端末側には結果だけ送ればいいんじゃないでしょうか。現在のテレビみたいに。
らき-sanコメントにあるとおり、
ユビキタス的な環境で繋がりNetworkのbottleneckがなければダム端で十分.処理はサービスする側がしてあげるから端末は楽しててねという ものですね。複数端末のデータを共有できる。Google Services/Toolsの発想の根底にあるものだと思います.端末はINPUT(keyboardなど)とOUTPUT(displayなど)さえ できればいいというWearable computingなどにも繋がります。
という感じ。
2) P2P的民主的個人分権型
世の皆さんが各々知的な端末を持って、それを大活用して、個々の端末同士がお話しあう、という民主的なコンピューティング像。IntelとMicrosoftが狙っている、というと、それだけで非民主的な気がしてしまうが、本質的にはGoogle型のほうが怖いと思う。
3) 1と2の融合型
1と2のいいとこ取り。P2Pに参加できる程度の処理能力を持つクライアントと、それを凌駕する処理を受け持てる知能と、かつ大量なディスクスペースを持つサーバで成り立つ、というイメージ。taka-sanのコメントにあるような
ディスクは持たないが処理はする端末、はいかが?
サーバサービスまたはファイルサーバを使用します。
みたいな。
現在の世のトラフィックの6割は、ファイルシェアリングのもの、と言われているが、それって結構無駄なんじゃないか。ファイルシェアリングをやるにしても、どこかのデータセンタにまとめてコンテンツがあって、データはその間でやり取りし、個々の端末へは、欲しいときだけストリームしてくれればいい。それにはこの融合型が適しているのではなかろうか。
***
さらにソリューションスペースを広げて考えると、テレビなどの家電や車などもコミュニケーション端末となりつつある。P2P型は、たとえ現状のPC的世界では弱くなってしまっても、そういう「非PC」の世界で主力となっていく可能性はある。テレビOSがWindowsで、GoogleのCMが流れるとクラッシュするとか、、、というのは冗談としても、各社真剣に「なんでもコンピュータ社会」の到来へ向けてがんばっている。XBoxなんかも良い例ですね。
Intelも、自動車を「Intel Inside」としたい模様。
今年はじめのCebitでは、BMWと共同で、Pentium baseのダッシュボード上端末を搭載した車を発表したが、先週にはさらに手広くジョイントマーケティングをBMWと行っていくことを発表。いわく
Under the deal, BMW will use Intel technology across the board for its information systems needs. Intel's technology will be used in BMW's 3,000 auto dealerships and will be incorporated into the entertainment systems of BMW cars, said Eric Kim, chief marketing officer at Intel.
あと、Linuxなどもこの流れを左右するかも。どうなっていくんでしょうね、世の中は。
☆☆☆オマケ:P2Pとpublic goodについて☆☆☆
(以下、論点に齟齬あるかも・・・何かあればビシビシご指摘ください)
普通のモノは、売りたい人と買いたい人に勝手にやり取りを続けさせれば、需要と供給がちょうど良くつりあうところに落ち着く。ものすごく利益の出るビジネスに は、どんどんいろんな会社が参入して値段が下がり、「これ以上鼻血も出ません」というところまで値段が下がる。売り手には厳しいが、一方安くなれば需要が 喚起されるから、市場が広がり、まぁ悪いことばかりではない。また、比較が難しいような性質が異なるものの間の資源配分も、大勢の消費者の判断に任せるうちに自動的に行われていく。「iPodと航空券」といったような異質なものの間でも、消費者の頭の中では「うーん、iPod一個買うお金でラスベガス旅行が一回できる。どっちをとるか・・・」という比較がなされる。というわけで、とにかく市場に任せておけば、いい感じになる。「神の見えざる手」に任せておけばいいじゃん、ということである。
しかし、特定の特徴を持ったモノでは、この適切な均衡が起こらない。そういうモノがpublic good。「一人が使っても減らない」「独り占めできない」というのが特徴である。正確には、
Non-rivalrous — its benefits fail to exhibit consumption scarcity; once it has been produced, everyone can benefit from it without diminishing other's enjoyment.
Non-excludable — once it has been created, it is very difficult, if not impossible, to prevent access to the good.
という二つの特徴。(Wikipedia、Public Goodより)
例えば国防。いったん軍隊を作ったら、「私だけ守って隣の家の人を守るな」というわけには行かない。例えば街灯。私のために作っても、通りがかる人全てを照らしてしまう。
「自然環境」もそう。以前、姪二人が車の中で「景色」を奪い合って喧嘩していた。2歳、4歳くらいだったと思うが、
「I'm looking at your window!」
「Noooooo!!!! This is MY window! Don't look at MY window!」
窓から見える景色は、独り占めできないのにもかかわらず、理不尽な大喧嘩に。もちろん、現実には、いかにすばらしい景観を作り上げても、独り占めするわけには行かない。というわけで、「自然」もpublic good。(もっと正確にはcommon goodですが)
こういうものは、一生懸命アリが汗水たらして作っても、なにもしないキリギリスの他人も利益を享受できてしまう。ばかばかしい。また、大勢で資金を出し合ってやっと実現でき るようなモノ(自然とか、軍隊とか、街灯システムとか・・)が多いので、「ワタシ一人が金を出さぬとも、誰かがやっといてくれるだろう」というただ乗り人 間もたくさん出る。
なので、public goodを「神の見えざる手」に任せておくと、本当に必要なだけモノが作られずに終わってしまうこととなる。なので、問答無用で税金を取り立てて費用に回す、といった「資本主義的でない介入」が必要となるのであります。
「音楽」や「映像」といったコンテンツは、従来独り占めできるブツであった。CD買ったら、それはワタシのもの。ワタシのCDが盗まれたら、もう聞くことはできない。テープへのアナログコピーでは品質が劣化したので、やはり元の媒体は重要な所有物。
が、P2Pで、バンバン見知らぬ人から見知らぬ人へとデジタルにコピーでき、さらには、違法コピーを勝手に流通させるアナーキーな輩まで多々誕生し たことで、「音楽」や「映像」はpublic goodもどきになってしまったのである。作品はできたとたんに違法コピーがインターネット上に登場、しかも、自分のファイルを他人がコピーしても、別に 減るわけではない。(もっと言うと、P2Pは、ハードディスクというれっきとした私有財産すら、みんなで共有するpublic goodもどきにしてしまったすごい技術でもある。)
しかし、違法コピーがはびこると、市場が崩壊して、
「大して儲からないなら、ばかばかしい(または、食っていけない)から音楽(とか映画とか)は作らないよ」
というアーティストが増えてしまうと、結局損するのは消費者側。
ただし、こうした動きの一方で、
- これまで利益を搾取していたレコードレーベルから、個別のアーティストにパワーが移る
- インディーアーティストでも作品を流通できるようになる
といった、「作品を増やす方向に働く力」もP2Pにはある。あるのであるが、やっぱり、人がせっかく一生懸命作った音楽や映画をただで配っちゃいけないであろう。
JASRACが正しいとは言わないけど、タダはまずいのだ、タダは。
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12 月 12, 2005
Sudokuってナンジャ?
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アメリカではSUDOKUが大流行してるらしい。半年くらい前にラジオで
「日本からやってきたSudokuパズルがスゴイ」
と言っていたのを耳にして以来、だんだんあちこちで見聞きすることが増え、最近どこの本屋にいってもSudokuのパズル本が平積みしてある。なんでも解説書シリーズの「Dummies」でも、Su Doku for Dummies(オバカさんのためのSudoku)が出ているくらいだ。
日本で発祥→最近イギリスでTimesという新聞が取り上げて以来人気に→さらにアメリカにやってきた、という感じらしい。
Palo Alto近辺でみんな読んでる無料ローカル新聞 Palo Alto Dailyも、先週あたり「Now with Sudoku!」と大見出しつきでSugoku連載を開始した。GoogleでSudokuと検索すると1500万件もヒットする。日本では1970年代からあるらしいが、全く知りませんでした。灯台下暗し。
冒頭の図のようなパズルで、縦の列、横の列、3X3の太線枠内のいずれにおいても同じ数字が重ならないように、1-9の数字をマスに埋めるというのがルール。詳細はWikipediaで見てください。Su Dokuは日本のニコリという会社の登録商標で、一般名詞はNumber Placeなんだそうだが、最近やたらと目にするのはSu Doku(かSudoku)。(ニコリ社にはアメリカのこのSudoku本の印税は入っているんでしょうか。)
なお、素読=すどく、かと思ったら、数独=すうどく、なんですね。(英語圏の人たちにとっては、「すう」も「す」も、もっと言うと「すっ」も同じような発音。遠山さんも富山さんもToyamaさんになっちゃう。なので数独=Sudoku)
日本語のWikipediaで見ると、「数独」は、な、な、なんと「数字は独身に限る」の略なんだそう。いつかアメリカ人に博学自慢したい・・・・日本語ができない人に説明するのは難しそうだが。
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12 月 08, 2005
クリスマス(でない)パーティー
今月はパーティーの月。いろんな会社やら組織やらがパーティーを開催。特にベンチャーキャピタルは、極めて気合を入れたパーティーをする。招待状も数枚組みだったり、何ページもある冊子状になっていたり。開催場所も、美術館を貸切にしたりとか。
が、いずれも「クリスマスパーティー」とは言わない。そう呼んでしまうと、キリスト教徒以外の人が来られないから。
私は日本でカトリックの中学に通っていたのだが、一学年上にはとある割と大きいお寺の住職の娘がいた。さすがに学校のミサ(全員参加)で聖体拝領はしてなかったと思うが。そういう、宗教に大雑把な日本から来た私から見ると、アメリカ人は本当に信心深い。(Economistいわく、ヨーロッパ人から見ても、アメリカはとっても信心深いんだそう。詳しくはSurvey of America2参照)信心深いのはキリスト教徒だけでなく、ユダヤ・イスラムの人たちもそう。だから、彼らは異教の記念日、クリスマスは祝わないのデス。
しかし、その代わりに別のお祝い事がある。例えば・・・・
ユダヤのお祝い=Hanukkah (How Hanukkah worksを参照あれ)
8日間続く。9本に枝分かれした燭台にろうそくを灯す。こういうのを見かけたら、それはHanukkah用です。

子供たちは8日間毎日プレゼントをもらえる。スバラシそうだが、とあるユダヤ人いわく、
「クリスマスのプレゼントみたいに豪華じゃなく、ショボイもんをチョロチョロもらうのでつまんない」
とのことですが、サンプル数1だから実態は不明。
なお、
A) クリスマスの日はレストランからスーパーマーケットから、店という店が軒並みお休みになってしまい、結構困る。が、中華料理屋は開いている。
B) ユダヤ人は、stand-up comedyが好きである。(ステージの上で、コメディアンが一人でエンエンと漫談するヤツ)
C) ユダヤ人は中華料理屋が好きである。(安いから、という説が有力)
A+B+C=「クリスマスの日に、中華料理屋でユダヤ人コメディアンのステージ付きディナー」というイベントあり。ターゲットはクリスマスの日に暇にしているユダヤ人。田舎町のMountain Viewでもあります。少なくとも去年はありました。
***
確か、イスラム教徒も12月にプレゼントをあげる別のお祭りごとがあったはず。みんなが同じような時期にお祭りをするのは怪しいが、この3つの宗教は根元が一緒だから、まぁそういうこともあろう。
というわけで、相手の宗教がわからない場合、クリスマスカードを送るのは危険。「Season's Greetings」などと抽象的な時候の挨拶が書いてあるものが無難です。
***
ただ、やはり、一番華やかのはクリスマスで、子供に
「クリスマスツリーが欲しい」
とせがまれて、クリスマス風飾り付けをする非キリスト教徒の家庭もあるようだ。そういう家族の一例として、とあるベイエリア在住ヒンズー教徒の家族の話が新聞に載っていたが、いわく
「ヒンズー教は多神教だから、神様はたくさんいる。イエス様もそのうちの一つ、と思えば別にどうということはない」
うん、その気持ちはよくわかります。私も八百万(やおろず)の神の国の人間だから、なんとも思わないのでありましょうか。多神教はおおらかですね。
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12 月 06, 2005
24とMI-5
24はアメリカのテレビドラマ。日本ではカルト的人気らしいですね。で、イギリスが、その24をパクって作ったのがMI-5。MI-5が国内担当、MI-6が国外担当の諜報機関なんだそうな。
24は、24時間ひたすらKiefer Sutherland扮するJackが走り回るのをリアルタイムで刻々と見続ける、という疲れる設定で、10時間くらい見たところでぐったりするが、MI-5の方は一話完結。とりあえず最初の3回分だけ見ましたので、以下、二つのシリーズの特徴比較:
24
- Jackに「You have to trust me」と言われて、うっかり信用すると死ぬ
- Jackの娘と付き合うと、手足の一部、または命を失う
- Jackの携帯電話/PDAの電池は決してなくならない
- CTUで働く女性は、24時間パニック状態で働きながらも、常に口紅つやつや、髪の毛さらさら
MI-5
- 「雑誌に織り込まれた紙を、不思議マーカーでなぞるとメッセージが浮かび上がる」といった、古式ゆかしい通信手法が多用される
- イギリス人はみんな顔が似ているので、誰が誰だかわからない間に話が終わる
- 仲間が殺されそうでも、使命のためにはあっさり見捨てる
ちなみに、MI-5の主人公のトムは、ストーリーの全ての欠点を帳消しにできるくらいチャーミングであります。

