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9 月 29, 2005

VoIPの破壊力と通信規制

9月16日日経産業新聞ITに掲載されたコラムです。通信規制緩和の話。

その前に、ちょっと背景を説明すると・・・

カリフォルニアでは、数年前に電力危機がありました。原因のひとつは、電力の卸価格は規制緩和したのに、消費者へのリテール価格は規制されたままだったこと。規制緩和は、
「供給できる量が少なくなれば、値段があがる」

「値段が上がれば、消費が減る」

「供給できる量が減った分需要も減って、一番適切なところで値段が均衡する」
という、「風が吹けば桶屋が儲かる」方式でバランスをとるためのもの。卸だけ規制緩和して、消費者側の価格が変わらないと、「供給量が減ったのに、消費者はがんがん使い続ける」ということになって、電力事情が逼迫。

同じようなことが、VoIPを「最後の藁」として、通信でも起こるのでは、という危機感の表明でございます。ゆがみのパターンは違えど。

とかいって、自分もVoIP使ってるんですよね。アメリカでは、携帯電話・固定電話・VoIP電話の3つの間で、自由に電話番号を移行できるのが破壊的威力あり。我が家も、家で使っていた番号を、VoIPに移してしまいました・・・。では本文へ。

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最近、カリフォルニアの我が家でVoIP(ボイス・オーバーIP)を導入した。以前からケーブル・インターネットによるブロードバンド(高速大容量)通信接続ができたので、それを利用した。電話番号も従来から持っていた電話番号をそのまま移行した。これで我が家には通常の電話線を利用する電話は存在しなくなったことになる。

通信インフラ先進国の日本に比べれば、米国でのVoIP普及は遅きに失した感もあるが、やっと立ち上がってきようだ。なんといっても安い。筆者が使っているサービスでは、毎月たった八ドルの基本料金で留守番電話や不在転送など豊富な機能がある。さらに月に十ドルほど追加すると、アメリカの番号に加え日本の電話番号を持つこともできる。

日本で誰かがその番号に電話すると、カリフォルニアで電話がなる、という仕組みだ。同じ会社が提供するサービスでは月三十五ドルほどの固定価格で、アメリカ、カナダはもちろん、中国や韓国、日本、シンガポールとなどアジア各地にかけ放題、というプランまである。「日本と頻繁に電話をしたら、月の電話代が十万円」というのがほんの十年前だったとは信じがたい。

このようにVoIPは、既存ビジネスがガラガラと崩れてしまう「破壊的技術」だ。コンサルティング会社のマッキンゼーの試算によると、VoIPの普及で失われる通話料収入は日本で二十七億ドル、米国で五十五億ドルとされている。利用料が下がることは利用者にとっては望ましい限りだ。だが、こうした価格破壊は果たして通信事業にかかるコストを適切に反映したものなのだろうか。

通信は多くの国・地域で政府・当局による独占的な企業による運営でスタートする場合が多い。そこから政府・当局が規制緩和を徐々に進めて現在に至る。

簡単な構図に置き換えれば、既存の通信事業者を「不当な強みを持つ悪玉」、新規参入者を「守られるべき善玉」と位置づけ、新規参入を促し、競争を促進する施策がとられてきた。

米国ではこうした施策が強力に推進されてきた結果、およそ千八百に及ぶ電話会社が全国に乱立した。地域、長距離に加え、携帯、新規参入地域電話会社などだ。一方、通信事業は巨額のインフラ投資が必要なうえ、その回収には長い年月がかかる。過疎地など利益が出ない場所でも提供しなければならない。

守られるべき善玉として、既存のインフラを安価に借用する権利を得た新規事業者が増え、しかもインフラ構築を手掛けてきた既存事業者の力が弱まれば、新たなインフラ投資に踏み切る体力を備えた事業者がいなくなる可能性がある。実際、米国のブロードバンドは大いに遅れており、日本のように各家庭にまで光ファイバー通信網が届く日は恐らく永遠に来ないだろう。

VoIPはこの乱戦状況にさらに新たな競合をもたらすだろう。VoIP専用企業に加え、ケーブルテレビ会社も電話事業ができることになる。最近ではネット競売最大手の米イーベイがVoIP大手のスカイプ・テクノロジーズ(ルクセンブルク)を買収すると発表した。

VoIPは特にその技術の破壊度が大きいがゆえに、短期間に業界の勢力図を塗り替える可能性がある。「気がついたら電話があるのは都市部だけ」といった困った事態だけは、どこの国・地域でも避けて欲しいものである。

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注:なお、文中で触れたマッキンゼーのレポートはこちら
A new route for telecom deregulation

おまけで、同じくマッキンゼーのこちらも面白いです。
Regulation that's good for competition
「競争のためになる規制」ですね。

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9 月 28, 2005

地球に厳しい我が家はプリンタだらけ

最近バタバタしておりまして、blogの方がとんとお留守に。このままサボり癖が定着しそうなので、ここらで一発ダンナ関係の楽勝エントリーを書いて、書き癖をつけたいと思います。

というわけで、地球に厳しい我が家の話。交換用のトナーを買うのと、プリンタを丸ごと買うのが同じ値段ゆえ、トナーがなくなるたびに新しいプリンタを買うため、現在家に5台もプリンタが転がっているのであります。

「地球に優しい」リサイクルの反対なので「地球に厳しい」わけ。

そもそも、我が家の購買担当者(ダンナ)はケチ。

例えば、最近、家の電球があちこち切れていて、でも、電球を買ってきて交換してしまうと、私が「電球交換担当者」になってしまう危険がある(=面倒くさい)ので、ずっと無視してました。しかし、同じ場所で複数の電球が切れたりして、あちこちが薄暗くなってきたので、ついにダンナに

「暗いから、電球を替えたらどうか」

と提言したところ

「このままでも生活に支障はない。電球は切れている方が電気が節約できる」

という返事。ま、まじですか。てっきり、私同様、面倒くさいから無視してるのかと思ったのに。。。うーむ、夫婦とはいえ他人の考えることはわからん。もちろん「電気が節約できる」には、

「電気エネルギーが節約できて、環境に良い」という意味と、

「電気代が節約できる」

の二つの意味があると思われますが、ダンナの場合は絶対後者。前者だったら、「トナーを買うのと、新しいプリンタを買うのが同じ値段だから」といって、プリンタ丸ごと買って、古いプリンタを丸ごと捨てたりしませんよねぇ。。。

ダンナいわく「トナーが使い終わる頃には、新しい製品が出ていて、同じ値段でより高機能なプリンタが買えるから、実質安あがりなのである」ということでございます。

プリンタ会社さん、「プリンタそのもので損しても、消耗品(トナー)で儲けよう」という「カミソリとカミソリの刃戦略」は限界ではないでしょうか。我が家のように新品同様のプリンタがどんどんゴミ化しては元も子もありません。

ちなみに、ゲーム機も、例えば同じプレステ2でも、中身の部品はどんどん新しくなっており、実はバージョンがいろいろあるそう。開発されたソフトが、どのバージョンのプレステ2でも動くようにするのが、ゲーム機メーカーの大事な仕事とのこと。なんでそんな面倒なことをするかといえば、どんどん新しいものを使った方が安くなるからだそうな。古いものを使い続けると、同じ性能を出すのが高上がりになると。(が、マイクロソフトはソフト管理の複雑化を嫌い、XBoxはずっと同じ設計のままなので、作れば作るほど損する度合いが大きいらしい。本当だとすれば、ハード出身の会社と、ソフト出身の会社の思考がそのまま出てる、という感じ。)

「新しくて高性能のものほど安くなる」という、他の業界では類を見ない(と思われる)IT業界のネズミ車構造(=どんなに中でくるくる回っても、前に進めない)。中にいる人はしんどいですねぇ。

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9 月 13, 2005

アメリカに集約するヘルスケアのイノベーション

新日本監査法人のIPOセンサーという季刊誌に最近書いたコラムです。

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アメリカで病院にかかると、たいていの外国人はびっくりする。べらぼうに高いからだ。盲腸のようなちょっとした手術で200万円、アレルギーで点滴してもらって20万円、処方箋で買う抗生物質が1万円、といった調子だ。がんの手術ともなれば一千万円単位。保険があるからいいものの、そうでなかったら、うかつに怪我もできない。

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医療が高価な理由のひとつに、健康保険制度が自由化され、健康保険会社が1600社以上もある、ということが挙げられる。

日本を含めた世界中のほとんどの国には、国民皆保険制度がある。保険運営者は基本的に国に一つなので、価格交渉で大きな力を発揮する。たった一つの保険会社に嫌われたら、病院も製薬会社も困るからだ。その結果、治療や診断といった医療行為の値段や薬価を低く抑えることが比較的容易だ。しかし、米国では、1600の保険会社がそれぞれ個別に交渉をするため、勢い高値になりやすい。

一人当たり医療費は、日本、ドイツ、フランスといった先進国のほとんどが横ならびなのに、米国だけがその2倍近くなっている。薬の費用だけ取ってみても、アメリカはヨーロッパの6割り増しだ。しかも、この差は過去10年で2倍に増加、このままいけば2012年には、その差は400%に及ぶ、という予測値すらある。「生きるために働く」のは未開の国だけかと思いきや、豊かなアメリカでも、医療費という「生きるためのコスト」が人生設計の切実な問題になってきているのである。

しかし、こうした高い医療費のせいで、ヘルスケア産業のイノベーションが、加速度的にアメリカに集約してきているのもまた事実。

世界の製薬産業の利潤のうち、実に6割以上がアメリカで生み出され、ヨーロッパを全部合わせても2割に満たない。大手製薬会社の内部収益率は、米国では8%なのに、ヨーロッパでは1%という悲惨な数字となっている。結果としてヘルスケアのR&Dは、伝統的に製薬に強かったヨーロッパから、市場に近いアメリカへとどんどんシフトしている。1992年には、薬品の開発費は、ヨーロッパが100億ドル、アメリカ90億ドルと、ヨーロッパがリードしていたが、2002年には、ヨーロッパ210億ドル、米国260億ドルとアメリカ優位に逆転した。(注)

しかも、ヘルスケアのR&Dを推進するのは軒並み博士。バイオ関連のベンチャーでは、社員のほとんどが博士ということも珍しくない。そうしたベンチャーがどんどん生まれれば、高度な技能を持った人々の雇用も促進される。結果として、ヨーロッパからアメリカへの「頭脳流出」が起こっているとされ、実際アメリカのバイオベンチャーを訪ねると、スイス人、フランス人、ドイツ人といったヨーロッパ出身者に出会う機会も多い。こうして世界の頭脳が集まると、さらなるアイデアの創出も促される。

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こうして、アメリカの高医療費は、回りまわって世界の頭脳を惹きつけ、起業を促進しているわけだ。しかし、その一方で、健康保険の自由化により、「国民の15%が保険未加入」という恐ろしい事態も招いている。そのほとんどは貧しい人々だ。「世界から優秀な人材を集める一方、国内の貧富の差は拡大」というアメリカの縮図が、ヘルスケアの世界でも起こっているのである。

なぜこんな事態が政治的不安を招かないかというと、アメリカ人の多くが「今に自分も金持ちになれる」と思っているから。貧乏人に苦労を強いつつ、夢を持たせることにもなんとか成功しているところが、アメリカの危うさでもあり強みでもあるのである。

(注)出典:Imbalanced Innovation: The High Cost of Europe’s “Free Ride” ; In Vivo, March 2004

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9 月 06, 2005

不潔に強い人間になるという強い覚悟

私の人生のメジャーなゴールは「冒険に満ちた自由な人生を送る」ことである。

このゴールをサポートするマイナーなゴールが

「不潔に強くなる」

ということだ。

15歳の時にオーストラリアで1年ホームステイをした。ステイ先では、その不潔さにのけぞった。たとえば。

  • 皿を洗う際は、石鹸水に通すだけ
    針金でできた網のようなものに、添加物なしの硬い洗濯石鹸を入れる。台所の流しに水をため、その中で、この網を石鹸ごとカチャカチャと振ると、白くにごった石鹸水となる。そこに汚れた皿をいれ、表面をスポンジでなでる。これで皿洗い完了。(ゆすぎはもちろんなし)

    スポンジでなでるのは、表側のみ。裏側は決して洗われることはないので、いつもニチャニチャしている。皿は当然重ねて収納されるので、表面に、上に載った皿のニチャニチャの裏側がくっつき、ニチャニチャとした輪がついている。それをそのまま使って食事をする。
  • 人間が風呂に入る際も、基本的に皿と同じ扱い
    バスルームにはシャワーとバスタブがあったが、この二つがかなり離れているので、どちらかしか入れない。バスタブには、熱湯の出る蛇口と、水の出る蛇口が別々についている。頭を洗う際には、既にバスタブにためて、体を洗ったあとの石鹸水を使うしかない。一方、私のホームステイ先は、

    「バスタブの底に10センチくらいためた湯を使って、家族全員が次々に体を洗う」

    という入浴方法をとっていたため、誰もシャワーを浴びない。(私だけは、一人で自分のみの湯を使って入浴させてもらってました。。ありがたや、ありがたや・・)ある日シャワーに挑戦しようと、シャワーカーテンをバッと引いたら、ヒダヒダの中にたくさん大小の虫が生息していた。ゲジゲジとか。それ以降、「ちょこっとのためた水で全身洗う」こととなった。
  • 犬の粗相も、人間の下着と一緒に洗濯
    ホームステイ先が犬を飼い始めた。最初のころは、家の中のあちこちで粗相をしていた。ある日、犬の粗相を拭いた雑巾が、人間様(=私)の下着と一緒に洗濯機に入れられるのを見た。人生には知らない方が幸せなことがある。

また、これは、通っていた現地の高校のクラスメートがしたことだが・・・

  • 落ちたアイスクリームを拾って食べる
    硬いのじゃなくて、コーンの上に乗せてくれるやわらかいアイスクリーム、です。金髪のFionaちゃんと遊びに行って、アイスクリームを買った。店を出てFionaがひとなめした瞬間に、ポロリとアイスクリーム部分だけ地面に落ちてしまった。泥の上であります。当然私は、Fionaがアイスをあきらめるだろうと思ったのだが、なんと驚いたことに、彼女は平然とアイスを手で拾って砂を指でちゃちゃっと落とし、コーンの上に置いて食べ始めた。

これ以外にもいろいろあって、最初のうちは、気も狂わんばかりだったのだが、そのうち、

「これで普通なのかも」

と思い始めた。そして、その後大学生になり、社会人になり、いろいろな国を旅して、

「不潔に弱くては、楽しい冒険に満ちた自由な人生が送れない」

という感を深めたのである。

私の日本の家族は、まぁ割と清潔好きなほうだ。子供のころ、主婦であるおばあさんは、毎日必ず掃除機をかけ、 洗濯機を回していた。「冷凍庫を解凍して、内側を熱湯で絞った雑巾で拭く姿」なんてのも、ありありと思い出す。それくらい頻繁だった。家族はみんな、毎日風呂に入った。日本人としては普通の範囲内だと思うけど。

しかし、これが普通だと思っていては、「グローバルスタンダード」の不潔さに出会うたび、不快な思いをするばかり。「南の島でダイビング」なんていうのも、冒険に満ちて楽しそうなことではあるのだが、海の水につかったものは、何でもすぐに腐った匂いを発し始める。また、生乾きで変なにおいを発するウェットスーツをもう一回地肌の上に着る、なんてのもザラ。これがいちいち耐えがたい苦痛では、ダイビング自体が苦痛。

日常生活でも、洗濯や掃除をせっせとやっていては、ほかの事をする自由な時間が消えてしまう。

ということで、「不潔に強くなる」ことをモットーに、いろいろ精進をし、かなり解脱してきた。
***
グローバルスタンダードかどうかはわからないが、ダンナの実家の家族(中国系@ハワイ)なんかも、清潔さに関しては相当におおらか。

「掃除のお手伝いさんと喧嘩してお掃除が来なくなってから、掃除機をかけるのはお客さんが来る前の日だけ」

なんだそうです。1年に数回だそう。ちなみに、ダンナの両親、お姉さん、お姉さんのダンナと小さな子供二人、という6人同居で、です。

私たちが泊まりに行くのも「お客さん」とみなされ、前日には掃除機がかけられているとのこと。それでも数日いると、ずいぶんあちこちにホコリやら髪の毛が落ちていて、不潔に強くなったといっても、まだまだか弱い私は、せっせと集めて捨てたりしてるんだが。私たちが泊まりに行く2日前はどんな状況になっているのだろうか。。うーむ。

そこで育ったダンナも、「海で泳いで、そのままビーチサンダルで一日歩き回って、塩だらけの体、泥だらけの足で、シャワーも浴びずそのまま布団に入って寝る」という芸当が可能。20-30年前ならまだしも、最近の日本の若いヒトは、男の子でもあんまりこういうのないんじゃないでしょうか?

***
そういった新たな家族にも恵まれ、フケツ道の精進も相当に進んできた自負のある昨今。「不潔に強くなる」の一環として

「どんな食べ物も賞味期限を信じずに腐るまで食べ続ける」

という精進を重ねた結果、「腐った匂い」にも敏感になった。特に怪しい土地で怪しい食べ物を食べる際には、「匂いがOKだったら、ほんの少量口に入れて、変な味がしないか試して、大丈夫そうだったら適度な量だけを食べる」というプロセスとなる。インドを2週間旅しても一度もおなかを壊さなかったのも、この精進の成果ではないか。ミンダナオ島の道端の屋台(っていうか、小さな木の台)で買ったサンドイッチも大丈夫だったし。

(ご参考まで、アメリカの牛乳は、時として賞味期限を1ヶ月近く過ぎてもOKなこともある反面、賞味期限より1週間前でも腐り始めてることありますのでご注意あれ。流通過程の管理状況によるものと思われます。一応、腐った匂いがし始めてからも、数日は飲用に耐えます。臭くなったら私は飲みませんが。ただし、すっぱくなったら問答無用で廃棄した方がよいのではないかと思われます。)

先日も、「あんまりきれいじゃない水槽でエイと泳いで、そのままシャワーも浴びず寝てしまう」ということができた自分に感動。ハワイのSea Life Parkで、「エイと泳ぐ」というのに姪と参加。池っぽい水槽で、体に藻みたいのが付着したが、一応終了後ホースで水をかけてもらった。その後宿に戻ったが、結局いろいろしてたら遅くなっちゃったので、そのまま就寝。10代のころだったら、絶対、絶対できなかったと思う。
***
と、相当フケツに強くなってきた私であるが、まだまだそれでもほんのヒヨッコである。

先日日本スーパーで「刺身盛り合わせ」を買ったのだが、家で食事前にラップを取ったらモワーンと生臭い。これはだめだ、とダンナに

「腐ってるからだめだ、これ」

と言った所、

「どれ」

と匂いを嗅いだダンナは、

「別に大丈夫じゃない?何も匂わないから、僕食べる」

とぺろりと平らげてしまった。

うーむ、修練の道はまだまだ険しい・・・。

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9 月 01, 2005

ヨセミテ写真アップしました

8月にヨセミテに行った時の写真をFlickrにアップしました。Panasonic SV-AS10というちびっ子カメラで撮ったものです。

 

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