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11 月 30, 2003

Napa週末旅行

Napa、行って来ました。

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長靴をはいた犬。Napaの隣の隣の隣町、St. Helenaのコーヒーショップで。

我が家からは車で2時間半くらいなので、東京の感覚だと逗子・葉山に週末行くという感じか。Napaのよいところはメシが旨いことである。初日はTerraで夕食。曽根ヒロさんという日本人のシェフが同じくシェフのオクサマと運営している。石造りのレストランは表に看板もなくいい感じ。料理は、和風テイストのフレンチで、ちょっと箱根のオーミラドー風。豚の角煮と牡蠣フライの前菜とか。どれも凝ってて美味であります。

翌日はSt. Helanaのダウンタウンにあるビストロ、Marketでランチ。夜はFrench Laundryの系列のBouchonへ。French Laundryは予約を入れるのが大変なことで知られるレストラン。一度サンフランシスコの投資銀行に勤める友達が、「会社の自動再ダイヤル機能を電話をかけ続けてやっとランチの予約が取れた」と興奮していた。Bouchonは、オイスターバーの付いたビストロ。ちょっとごちゃごちゃした感じも含めて雰囲気は大変よろしい。でも期待したムール貝のワイン蒸はムール貝が小さすぎて食べ難いのと、白ワインがきつすぎてイマイチ。隣のテーブルのラムは旨そうだったが。

St. HelenaにはCIAがある。といってもスパイ活動のほうじゃなくて、料理学校でCulinary Institute of Americaの略。アメリカでは有名で、石造りのこれまた美しい校舎に入っている。近隣のレストランのレベルが高いのは、この学校のせいもあるのだろうか。テイスティングに立ち寄ったPeJuワイナリーのオヤジは
「このあたりでまずい食事を出したらすぐつぶれる。競争が激しいのだ」
と言っていたが。

ワイナリーはPeju、Trefethen, Pragerに行く。

Pejuはプレミアムワインのみの生産で、店舗には殆ど出荷しておらず、95%がレストランへの直卸・・・・という観光客的の心に響く殺し文句により、テイスティングの後、2000年のCabernet Sauvinignonを買う。

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Peju Winery

Pragerは、ウェブサイトのローカルなノリそのままの家族経営ポートワイン屋。一応普通のワインも作っているが、テイスティングしたCabernet Sauvignonは一口飲んでダメ。が、ポートは中々よろしい。でTawny Portを買う。Pragerのテイスティングルームには、「25年間放置したままの窓」があって、くもの巣が張り巡らされている。これがホントの「web site」ということで、インターネットのホームページにもその窓の写真が載っている。年季の入ったダジャレである。

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Pragerの”ウェブサイト”

Pragerの主に、「Napaでは子どもにもワインを飲ませるのか」と聞いた。
アメリカでは未成年(=21歳未満)の飲酒に異常に厳しい。宗教のせいもあるのかもしれないが、それ以上に、車社会なので、未成年が酔っ払って運転すると危ないからだ。しかし、ここはNapa。ワインの味もわからないようでは、ワイナリーの跡継ぎになれない。

Pragerの主の答えは
「もちろん飲ませるとも」。
しかし彼の子どもはワインが嫌いなんだそうだ。「何歳」と聞いたら「4歳」と。それは嫌いだろう。無理するなよなぁ、という感じ。

Trefethenは、かなりメジャーなワインだが、やっぱり「ワイナリーに来ないと買えないワイン」というのを揃え、てぐすね引いて観光客を待ち構えている。すっかり乗せられて、1998年のReserve Cabernet Sauvignonと1997年のLibrary Selectionなる Chardonnayを買ってしまった。

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Trefethenのテイスティングルーム

TrefethenではDry Rieslingがあったのでさっそっく購入。珍しいからだ。アメリカってRieslingやらGewurztramminerといったワインにトンとお目にかからない。あっても大抵ドライではなく滅茶苦茶甘い。TrefethenのテイスティングカウンターにいたMichaelいわく、
1)アメリカ人はRieslingやGewurzは甘い二流ワインだと思っている
2)だから、安くしか売れない
3)Napaの土地は高いので、この二つを作っていては元がとれない
ということなのだそうだ。

シリコンバレーで財を成した人がNapa近辺のワイナリーを買って隠居する、というのはよく聞く話。Napaは「シリコンバレーすごろくのあがり」みたいなところなのである。それで土地が高騰した。このバブルが弾けないと、Napa RieslingやNapa Gewurzにありつけないのか。

あとNapaに行ったら寄ってみるとよいところとしてはOakvill Grocery。何の変哲もない外見の店だが、旨いチーズとハムとバゲットなどが調達できる。(Oakvill Groceryは、Stanford大学のすぐ横にあるStanford Schopping Centerにも支店が入っている。)最近、加えてNew Yorkのハイエンドスーパーマーケット、Dean & Delucaもできた。ここのワインショップは壮観。Napa近隣のワインがこれでもか、というほどありますです。はい。

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Dean & Delucaのワインショップ。この写真の奥左手に、見えているよりさらに広いスペースがある。

NapaからCalistogaという街にかけて、一本道がメインにある。その脇にこうしたワイナリーやら店やらが軒を連ねている。みなワイナリーからワイナリーへとテイスティングのはしごをしているので、車はみんな蛇行運転・・・・なハズはありません。そんなことしたらすぐ捕まるので、気をつけましょう。

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11 月 27, 2003

Thanksgiving

今日はThanksgiving。日本の正月的重要度のイベントで、家族やら友人やらで集まって七面鳥を食べて、さらに莫大な量のこってりした料理を詰め込む。恐ろしいことに、Thanksgivingディナーは夕方の4時くらいから始まり、えんえん食べる。

毎年恒例の友人宅に招かれた。集まった子どもたちはこんな感じ。いろいろ人種が交じっていて、エキゾチックな外見の子も多い。ちなみに、Thanksgivingは無宗教なお祭りなので、誰でも集まることができるのでgood。(クリスマスはクリスチャンだけだ)
去年までは毎年来ていたのに今年は来なかったカップルがいたのだが、なぜだろう、という話になった。

「子どもが感染症に弱くなったので、大勢人が集まるところに来ないことにしたらしい」

などなどと話していたら突然一人が

「私たちのせいだと思う」

と言い放った。

来なくなったカップルは著しく信心深いクリスチャンだが、「私たちのせい」と言ったカップルはユダヤ人。そのせいだ、と言うのである。
(ユダヤ人はデフォルトでユダヤ教徒です。)

真偽の程はわからないが、宗教って深いなぁ、と思った次第。

Survey of America 2で 書いたとおり、アメリカ人の58%が、「神を信じない人はモラルがない」と考えているわけで、かなり仲のよい友人であっても、私みたいに無宗教なんてのは 論外と思う人がいる可能性大。一方、少なくともシリコンバレーに住んでいるような人は、他人が違う信条を持っていることに慣れているので、「おまえの宗教 はなんだ」などと立ち入ったことを普通は聞いてこない。ので通常は黙っている。

ちなみに、うちのダンナもクリスチャンである。知り合って何年もたってから

「僕もクリスチャンとして、うんぬんかんぬん」

という発言があり

「お前もかブルータス」

と思った。といっても、教会に行ったりするわけではなく、単に自分の心の中で信じているということらしい。しかし、高校生の頃は、聖書を読む会なるものに参加してたとのことで、それって結構敬虔ではないか。

もちろん、ダンナは私が無宗教なのを知っているのだが、それを言うとイヤーな顔をするので、この話題は家庭内でも避けて通っておりますです、はい。

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11 月 26, 2003

Survey of America 2

Survey of Americaのエントリーの続き。「アメリカは強力だから変わっているのではなくて、変わっているから強力なのだ。」というEconomistの特集について、ではアメリカのどこがどう変なのか、という中身である。

いくつか拾うと。


    アメリカ人は子沢山
  • 出生率は85年ごろ底を打ち反転、現在は女性一人当たりの子ども数はほぼ2人と先進国で最高レベルに

  • 国民の平均年齢は、今から2050年まで36歳のまま変わらず(ヨーロッパは今の38歳から高齢化が進んで53歳になり、2050年には中国ですら44歳になる)

  • アメリカ人は田舎モノ
  • 人口の半分以上が郊外に住んでいる

  • 1990年代に建てられたオフィススペースのなんと90%が郊外

  • アメリカ人は信心深い
  • 聖母マリアの処女懐妊を信じる人が、進化論を信じる人の3倍いる

  • 80%が神を信じている

  • 58%の人が、「神を信じない人はモラルがない」と考えている

  • Ciscoにすら、"Geeks for God"という社員向けキリスト教の集まりがある

  • アメリカ人は愛国心が強い
  • 91%が非常に愛国心があると答える

信心深いという点はアメリカの異常な点。「進化論を教えるな」と親や教会が真剣に抗議したり、中絶手術を行う産婦人科に爆弾を仕掛けたりする。とても正気の沙汰とは思えない。で、外国人たちは、「アメリカ人はこのまま宗教戦争に突入するのでは」と恐れているが、Economistは「いや、大丈夫。アメリカの教会はばらばらで、教義一辺倒の狭隘なものではなく、むしろ悩める現代人の癒し系」という。

全国規模の宗派が殆どなく、どれもセクトレベルの小さい集団で、しかも新しい宗派がいつもボコボコ生まれる一方、なくなってしまう宗派もたくさんあるんだそうだ。ある調査で、187の宗派を1995年から5年間フォローしたら、37なくなって、54の新しい宗派が誕生したと。

宗教だけではなく、政治も国レベルより州レベルの力が強い分権。(税金の額から、弁護士資格から、ギャンブルや売春の許可まで州ごとに違う)ご存知の通り、会社だって、栄枯盛衰が激しい。さらには、いろいろな価値観も乱立、相互にせめぎあっている。この「なんでも分権制度」がアメリカの特徴だ、とEconomistは強調する。

いわく:

Yet the contest of values is a source of strength as well as weakness for America. New opinions are always bubbling up; elite views are always being tested. This is messy but not acquiescent. De Tocqueville argued that the most insidious threat to any democracy was apathy, which conducts people “by a longer, more secret, but surer path towards servitude.” America's culture wars help to bar that secret path.・・・・・Doctrines of American exceptionalism tend to be self-regulating.

価値観がせめぎあい、常に不安定であることで、デモクラシーが無関心によって崩壊するのを防いでいる。また、せめぎあいがあるせいで、あまり極端なことは自発的に修正される、と。

しかも、アメリカはどんな国とも異なっている一方で、よそ者の外国人でもアメリカ人になることができる。他の国が、民族や言語を同一にすることで成り立っているのと違って、アメリカの根本は「信義・信念」を同一にすること。「信義・信念」さえ受け入れれば、それでアメリカ人になれるわけである。

****

外から見ている間は「勝手で傲慢で嫌な奴らだねー」と思っていたアメリカだが、一旦中に入れば、かなり心地よい。少なくとも、今のところ、私にとっては。言語とか、民族とか、そういう「自分の力で変えられないもの」で縛られているのではなく、信義とか行動様式といった、自分の意志で選べるものが国の成り立ちの根元にあるから、ということも大きいような気がする。「嫌だったらアメリカにいるのいつでもやめていいんだし」という大雑把な感じが「いいかんじ」なんですなぁ。

その昔、日本のテレビで、放送大学の講座をボーっと見ていたら、アフリカの原住民の部族についての話をしていた。いわく、ある地域に複数の部族がいる。部族間の行き来は自由。唯一のルールは、新しい部族の言葉を覚えることなんだそうだ。それさえクリアすれば、男でも女でも新しい部族の一員として迎え入れられる、と。
「あー、もう新しいところに行こう」
と決めたら、トコトコと出向いて、しばらくがんばって言葉を覚えると、アーラ不思議、あなたも新しい部族の人なのだ。

アメリカもそういう感じだ。実は、この「信義を受け入れれば、その国の国民になれちゃう」というのは、新しいものでもなんでもなくて、人類のもともとの行動様式に近い、とっても自然なものなのかもしれない。

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Survey of America

私が、最初にアメリカ人を集団で見たのは、高校生のときオーストラリアにホームステイに行ったときのことだった。いろいろな国から来たホームステイの生徒たちを集めて、1週間ほどの合宿があり、そこで、各国の生徒たちが、自分たちの国に関する出し物をする、という催し物があった。そのとき、40-50人いたアメリカ人たちは、全員で国歌を歌った。全員胸に手をあてて、最後はばんばんと足を踏み鳴らしながら。

いろいろ複雑なことを心配したり考えたりせずに、思い切り国歌が歌えるアメリカという国の若さ、純真さを、「青二才だねぇ」とせせら笑いたいような感じがした。(ひねた高校生だったのだ)。一方で、「戦争に負けたことのない国はいいよな」とも思った。(というと、アメリカ人は自分たちだってベトナム戦争に負けた、とか言うのだろうが、日本の敗戦とレベルが違う。)

しかし、それ以上に「日本だったら右翼しかこんな類のことはしないよなぁ、怖いやつらだ」というのが正直な感想であった。なんだか勝手そうで怖そう、と。その後も長いことアメリカに関しては、同じような感想を抱いたまま年月が過ぎた。

さて、そのアメリカという国を深く分析してあるのがEconomistの11月6日号の特集。題してA Survey of America。

A nation apart
From sea to shining sea
Us versus us
Therapy of the masses
Home of the brave
Politics as warfare
Doctor Jekyll and Mr Bush
The last, best hope of earth?

アメリカという国がどんなに変な国か、という話をえんえんといろいろな角度から書いてある。

9-11以降のアメリカの反応を見て
「よく知っていると思っていたアメリカという国が、実は全然得体の知れない異様な国に変貌したようで恐ろしい」
といったことを言っていた日本人は結構いるが、この特集を読むと、ヨーロッパでも同じように感じた人たちが多いようだ。(ご存知の通りEconomistはイギリスの雑誌。)
いわく:

It (9-11) was like a bolt of lightning, briefly illuminating the landscape but not changing it.

9-11で、アメリカが変わったわけではなく、9-11という稲妻で、一瞬本来のアメリカの姿が照らし出されたのだ、と。よい表現だなぁ。

この分析の一貫したテーマを簡潔に表しているのが、次の一節。
America is not exceptional because it is powerful; America is powerful because it is exceptional. And because what makes America different also keeps it rich and powerful, an administration that encourages American wealth and power will tend to encourage intrinsic exceptionalism.

アメリカは強力だから変わっているのではなくて、変わっているから強力なのだ。そして、他の国との相違点こそが、アメリカを豊かで強力にしている。だから、アメリカ政府が国を豊かで強力にしようとすると、その本質的差異がより助長されることになる。

・・・と、ここまでで今日は終わりです。続きはまた明日・・・・。

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「伊能忠敬式」は時代遅れ

<日経産業新聞2003年11月26日に掲載されたコラムです。>

 私は、日本の大手情報技術(IT)企業と米国の技術系ベンチャーとの橋渡しの仕事をしている。その中で、「すばらしい技術はないか」という問いかけを日本の方から受けることが多い。
 もちろんある。しかし、それは「まだまだリスクがたくさんあり、苦労して育て続けてやっと花開くかどうかわかる技術」だ。
 パートナーとなる大企業側は、その技術を自社の製品に組み込んだりしながら、一緒にリスクをとって育てていかなければならない。すぐ花開くような完成度の技術を持ったベンチャーがあったら、とっくに他の大企業が目をつけている。
 しかし、どうも多くの日本企業が「どこかに自分たちの知らないすばらしい技術があって、それを見つけさえすれば一気に事業拡大ができる」という夢が捨てきれていないように見受けられる。
 この裏には、日本の大企業での「伊能忠敬」の存在がある、と私は思っている。
 伊能忠敬は、言わずと知れた日本地図の父。全国を測量して歩き、最初の実測日本地図をつくりあげた偉大な人物である。一方、現代の日本企業にいる「伊能忠敬」氏は、社内のいろいろな部門がテンデバラバラにやっている事業内容や将来計画を調べ上げ、もっともらしい「戦略図」に落とし込むのが仕事。この「戦略」には、世の中に存在する技術やら事業が満遍なく含まれている。
 あまりに包括的に何でも入っているので、結果として複数の競合会社の「戦略」がほとんど同じになることもあるくらいだ。にもかかわらず、その上さらに「未知の技術」を探そうとする。「今までしてきたことで業績があがらないなら、今までしていないことを探そう」というわけだ。
 いわば、詳細な全国地図が完成しているのに「まだ見たことのない島があるかもしれない」と際限なく歩き回るような状態である。
 私はこれは、日本が発展途上国であった時代の名残ではないかと思っている。当時は、他の国に既にあるのに、日本では知られていないビジネスモデルや技術も多かったから、「What=何をするか」を探し出すのが大事だった。
 いうなれば、発展途上国時代は「歩き回って地図を描くこと」が「戦略立案」となった。歩く途中には、がけ崩れや嵐もあって、さぞ苦しかっただろう。しかし、地図を作り、それに従って猛然と働きさえすれば、先進国に比べて安価な人件費という優位性で勝つことができた。
 しかし、日本のIT企業は、今や人件費も技術水準も世界のトップレベルだ。しかも、インターネットをはじめとした国際的な情報網も発達、ほとんどの情報がリアルタイムで手に入る。「自分たちの知らない夢のようなビジネスのネタ」などもはや世界のどこにもない。
 もう、Whatを探し続けるのはやめよう。そして、すでに知っているWhatをじっくり検討し、その中で何ができるか、何を捨てるか、どうやったら勝てるかを徹底的に考えて、打って出よう。先進国は、手持ちの札で戦うしかないのである。

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11 月 25, 2003

田舎の280

先日のシリコンバレー=田舎エントリーのコメントでkameさんから、「シリコンバレー在住時は、緑の多い280を好んで運転」と書き込みいただきましたが、今日夕暮れ時に280(高速道路の名前)を走ったので、運転しながら写真をとりました。
(よいこの皆さんは真似しないように)
暗いですが、田舎なのはよくわかるかと。ベンチャーキャピタルの立ち並ぶSand Hill Roadと280が交差するあたりです。牛がいたりしますね。

280.jpg

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11 月 24, 2003

New Yorkで$500のスシ

New York TimesのYes, It's a Mall, but a Far Cry From the Food Court (すみませんが多分有料)

New YorkのCentral ParkのかどのTime Warner Centerに、超高級レストラン街が来年オープンする、という話。Napaの伝説のレストラン、French Laundry(予約したい日の一ヶ月前の朝10時から電話受付開始だが、10時半にはもう全席埋まっている、ので一度も行ったことがない)のシェフや、Las Vegas随一のレストランのシェフやら6人が豪華絢爛なレストランをオープンするんだそうだ。

中でも目を引くのは豪華絢爛レストランの一つ、Masa Takayama氏の寿司屋Asayoshiである。

French LaundryのNew York版は一人135ドルで68席、別のレストランは一人80-120ドルで225席、、、という具合なのだが、Asayoshiは、なんと一人500ドル、というのも驚きだが、それ以上にのけぞるのが客席数。な、な、なんと「9席」です。9席。要はカウンターだけということであろう。多分。

うーむ。しかも、他のレストランオーナーシェフたちは、皆今までやってきたレストランも開けたまま、New Yorkに挑戦なのだが、Masa氏は今までの店は閉めちゃって、9人のお客さんにかけるのだ。これが本当の日本の職人芸。

ちなみに、「狭義」のentrepreneurとは、「雇用を生み出す人」のことである。仕事を自分で作り出しても雇用を生み出さない場合、アントレプレナーチックではあるが、自己実現のために働いているだけ。(「広義」には、こういう人もアントレプレナーではあるが。。。)

そういう意味では、Masa氏は生粋の「non entrepreneur」な職人さん、なんですねぇ、おそらく。

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11 月 23, 2003

シリコンバレーの暮らし

東京の暮らしの最大のストレスは電車に乗ることだった。周りに人が一杯いて、耳の穴の中まで見える。で、世の中にはとてつもなく耳が汚い人というのがいることを知った。ぼーぼーと毛が生えていて、わさわさと耳垢がそれに絡まっていたり。あと、他人の首の後ろにある大きなほくろから、太い毛が一本びよーんと伸びているのが目の前3センチにあることも。

世の中には、知らずに済むのが幸せなことがある、としみじみ思ったものだ。耳が汚かろうが、ほくろから毛が生えていようが、本来ならば知ったことではない。見えてしまうから、ストレスなんである。

もちろん、これは比ゆ的、記号的なもの。他人との距離が近いと、外見以外でも「知りたくないこと、見たくないこと」にたくさん触れてしまう。で、疲れる。

一方、今私が住んでいるシリコンバレーというところは、かなり他人との距離感が遠いところである。なんといっても物理的に遠い。なぜなら田舎だからである。

例えば:

1)私の家の前の道はこんな感じである。
home.jpg

2)庭には、このようにリスがたくさん出没する。
sqrl.jpg

黒いリスというのは珍しいらしい。まことしやかに
「スタンフォードの実験動物のリスが、遺伝子実験で突然変異を起こして黒くなり、それが逃げ出して周辺に広まった」
と語られたりする。

去年の冬、雨が降るたびに、電話は聞こえにくくなり、DSLは不通になる、という苦難に遭遇した。しかし、冬場はあちこちで嵐で木が倒れたりして、電線や電話線がぶちきれるため、「3日間、電話も電気も不通」みたいな正真正銘の危機があちこちで勃発する。電話会社はその対応に追われているので、「DSLが時々つながらなくなるんですけど」くらいのあまちょろい苦情では誰も直しに来てはくれない。

夏になってから、やっと電話会社の修理の人が来てくれていわく
「リスが電話線の被膜を食べてたのが原因」
とのこと。うーむ。

3)アライグマ・ガレージ侵入未遂事件が起こる。
raccoon.jpg

ガレージに猫ドアを設置したのだが、肝心の我が家の猫はなぜか猫ドアを怖がって使わない。ところが昨日見てみたら、ドアの周りが泥だらけになっている。おや、と思ってしげしげと見ると、上の写真にあるとおり猫の4倍くらいの巨大な足跡が猫ドアの下にベッタリと二つついている。どうも、何かの動物が猫ドアを潜り抜けてガレージに入ろうとして格闘したが、体が通らなくて諦めた、という感じのようだ。家族会議の結果、これはアライグマであろう、という結論に。

昔ビジネススクールに通ってた頃、学校の中庭のゴミ箱にアライグマがごそごそと入っていった。アメリカ人とドイツ系スイス人の友達と一緒だったのだが、ドイツ系スイス人の方が
「おwash bearだ」
と言った。私はwash bear = 洗い・熊、とすぐに納得したのだが、アメリカ人は怪訝な顔をして
「wash bearってなんだ」
と。英語ではraccoonなんだな。ドイツ語では日本語同様「洗う・熊」と呼ぶとのことで、へー、とちょっと感動。ちなみに、日本語の「目にクマができる」はraccoon eyeと呼ぶ。もしかして、「目にクマ」の「クマ」は隈取のクマじゃなくて「熊」だったり?

もとい、日本ではかわいいシマシマの尻尾で人気者(のような気がする)アライグマだが、当地では下水やらゴミ箱やらをあさる、きたなーい動物。

朝起きたら、ガレージの猫ドアにデブのアライグマが挟まって身動き取れなくなっていたりしたら怖いなぁ。。。

ちなみに、我が家よりもうちょっと山のほうに行くと、うかつに飼い猫を表に出したらコヨーテに食われてしまうこともあるらしい。

シリコンバレーというのはこのようにド田舎なのである。海と湾に囲まれ、空気は澄み切っており、車で10分も行けば、豹サイズの山猫や鹿が闊歩する大自然。

日本人に限らず、初めてシリコンバレーに来た人が一様に驚くのがこの「シリコンバレー=田舎」ということ。以前、Palo Altoのダウンタウンをてくてく歩いていたら、車が止まって、運転手が窓を開けて顔を出し
「シリコンバレーはどこだ」
と聞いてきたことがあった。アクセントからどうも北欧の人のようである。
「ここだけど」
と答えると、相手は怪訝な顔をしつつ
「・・じゃぁ、会社が集まっているのはどこだ」
今度はこちらが答えに窮した。そんな場所はないからだ。(まぁSan Joseのほうに行けばある程度は集積しているが、Palo Altoからは少々遠い)。
仕方がないので
「だったら、Sand Hillに行ったら。VCがたくさん集まっている、あのSand Hill Roadはすぐ近くだ」と道順を教えた。
でも、彼はきっと後で「だまされた」とか思ったんじゃなかろうか。Sand Hill RoadのVCオフィスは、通常ちょっと横道に入った奥まったところにあり、Sand Hill自体は、野中の一本道、という感じ。しかもそのVC群もすぐに終わって、鹿が飛び交う山の中に突入してしまう。

ところが、その田舎町に世界最先端の技術産業が栄えている。人口密度が低くて、自然が一杯なのにエキサイティングな仕事ができる、というのは世界でも中々得がたいコンビネーションであろう。大自然という意味では例えばハワイなんかも結構いけてるが、観光と農業以外の産業がほとんどない。

しかも、かようにド田舎のシリコンバレーであるが、文化は果てる寸前でかろうじて踏みとどまっている。サンフランシスコまで出れば一応オペラホールもあるし、前衛芸術もある。シャガール回顧展、なんてなものも行われたりする。
chaichai_2.jpg
(シャガール展で買った「シャガール牛」のミニぬいぐるみ(目がシャガール)と我が家の猫。)

さらに、スタンフォード大学であれこれ催し物がある。それも「大学演劇部の発表会」みたいなアマチュアなものではなく、世界からいろいろなグループを呼び寄せて、演劇、ダンス、音楽のステージを行っている。大学がLively Artsという組織を作って、運営しているもの。私もオーストラリアの前衛ダンスグループの「白鳥の湖」とか、日本の太鼓とか、いろいろ見に行った。来年はフラメンコ・ギターの公演が教会で行われるのに行く予定。

東京・ニューヨーク・香港が大好き、という都会好きの人たちには超がつく退屈な場所かも知れないが、田舎好きにはたまらない場所がシリコンバレーなのである。仕事はきちんとしたいけど田舎が好き、というみなさん、諦めることなかれ。「田舎」と「エキサイティングな仕事」が両立する、シリコンバレーのような場所も世の中にはあるのだ。

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11 月 20, 2003

カッコウの巣の小学校

シリコンバレーにCupertinoという市がある。Cupertinoは、公立学校のレベルが高いので有名だ。

なぜレベルが高いかというと、中国人がやたらにたくさん住んでいるからである。中国人の親は著しく教育熱心で、かつ子どもたちもまじめに勉強するので、彼らが増えると学校のレベルが上がる。しかも、Cupertinoに住む中国人の親たちは、大学・大学院留学でアメリカに来た人たちが多いため教育レベルが高いということもある。

また、アメリカでは公立学校のレベルが、学区の住宅地の値段にはっきり反映される。イマイチの住宅地にどっと中国人が流れ込んでくると、その地区の学校のレベルが上がり、結果的に住宅の値段が高騰する、ということが起こる。人生の全イベントを、キャピタルインベストメントと考える傾向の強い中国人にとっては、大変望ましい出来事でもある。

で、中でも、レベルの高いFariaという小学校の話がSan Jose Mercury NewsのCan-do school。Fariaは「カリフォルニア州で一番学力の高い小学校」という輝かしい栄誉を持っている。
(ちなみに、アメリカの教育改革は必死なものがあり、小学生から共通テストを導入して各学校のレベルを客観的に評価し、改善されるとボーナスを出したりしている。)

Fariaには、Cupertino市民であれば、誰でも応募できるので、100人定員のKindergartenに昨年は781人が応募という狭き門だった。Kindergartenは日本で言うところの、幼稚園の最上級生だが、アメリカではここから義務教育。(ゆえに、義務教育をK-12、と呼ぶ。Kindergarten+小中高12年、という意味だ。)幼稚園の入試から気合がはいるところは、日本のお受験なみ。

記事にはいろいろと、この学校が生徒の学力を上げるためにしている努力が書かれているが、それより目を引いたのは、記事の横に付記されていた、生徒のデモグラフィック。いわく

人種: アジア人 90.7%, 白人 9%, その他 3%
親の最終学歴: 大学院以上 81%, 大学 18%, その他大学レベル 1%, 高校以下 0%
ランチ無料・または値引きの生徒(=貧困層): 1%

これ、学校が何をしようが、とにかく母集団の元のレベルが圧倒的に高いのが決定的要因だ、と思わざるを得ない。アジア人ばかりで、親は超高学歴で、貧乏人はいない。先生の一人は、「生徒が突然xenophobeという単語を持ち出したのでびっくりした。私だってそんな言葉使わない」と驚いていた。xenophobeは外国人嫌い、という意味だが、確かに相当インテリジェントな大人しか使わないような言葉だ。先生が教える前に生徒の方が勝手に学んでいるわけである。

生徒が圧倒的にアジア系な一方で、記事内に出てくる先生たちは、名前を見ても、掲載されている写真を見てもみな白人。

ふと、カッコウを思い出した。全く違う鳥の巣にタマゴを産みつけて育てさせるカッコウ。アメリカで白人たちがせっせと作り上げてきた学校システムに、ちゃっかりと自分の子どもたちを入れて、ハイレベルな教育を享受するアジア系は、カッコウみたいではないか。

とはいうものの、先進国になればおのずと国民の学習意識は衰えるわけで(日本でも明らかにそうなっているが)、そういう怠け者の国民は置いておいて、向上心ある移民をビシビシ鍛え、彼らを自国民として取り込んで国の将来を担わせてしまうところは、アメリカの方が一枚上手、だろうか。

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11 月 19, 2003

Nemoが・・・・@(*#&#%&

日本でも公開されたようですが。
THEY_FOUND_NEMO.jpg
They found Nemo! 

かわいそうなNemo...っていうより、まずそう。

ちなみに、私はダイビングが好きなのですが、潜ってるとよく「あ、あれおいしそう」とか思いますな。カンパチの大群に囲まれたりすると特に。カンパチ君は、顔を正面から見ると漢字で「八」と書いてあるのですぐわかります。

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