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3 月 31, 2003
JTPA Newsletter
JTPAというボランティア団体をやっているのだが、その一環で何人かで集まってせっせと作っているNewsletterがある。まだ始まったばかりで試行錯誤中だが、その3号目である4月1日号がやっとできて、今発送したところ。謎の気合入りです。
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3 月 27, 2003
時事ジョーク
戦争ネタ系ジョークをいくつか紹介。アメリカ人が一枚板で戦争賛成ではないことがちょっとわかると思う。
老舗のThe Onionのトップページは戦争一色という感じ。
「Bushが自ら戦場に」というのでは、
"There may be some folks out there, born silver spoon in hand" "but that ain't Bush. No, that ain't Bush," "He ain't no fortunate son."ということで、ブッシュはただのドラ息子じゃないという締めで、つまり本当はただのどら息子だと揶揄している。"born silver spoon in hand"はボンボンということですね。
「US forms its own U.N.」は、UNの賛同が得られないのに痺れを切らしたアメリカが自分たちだけでUNを作るというもの。
"We've got Bill Frist from Tennessee, Tom DeLay from Texas, and Dennis Hastert from way up in Illinois," U.S.U.N. delegate Rick Santorum said. "Despite the diverse backgrounds of the delegates, cooperation has not been a problem"
ということで、「アメリカが世界」と思っているアメリカ人を笑っているのである。
「デモクラシーを愛したに違いない、アメリカの空爆で死んだイラク人」
となると、ブラック度は高まって、「夫が生きていたら、やがてアメリカがもたらしてくれることになるはずのデモクラシーを気に入ったことと思う」と未亡人が語る、というもの。もちろんこれは、「アメリカのイラク参戦はイラクのためとかいいながら、イラク人の命を奪うもの」という皮肉。
「参戦擁護者・反対者の議論」は、論理的にイラク攻撃を批判する反対者に対して、擁護側は「とにかく俺を信じろ、全て大丈夫だ」としか言わないというもの。
The Onion以外では、今はもう更新されていないSatire Wireのもので、悪の枢軸(Axis of Evil)のものはジョークとしてのレベルが高い。「偉そうなAxis of Evilに対抗し、リビア、中国、シリアがAxis of As Evilを結成した」というもの。その知らせを聞いた北朝鮮のKim Jung-ilが
"Right. They are Just as Evil... in their dreams!" "Everybody knows we're the best evils... best at being evil... we're the best." といって怒り、フセインは
"An Axis can't have more than three countries," なぜなら、第二次世界大戦のEvil Axisは日・独・伊だったからと宣言。
それを受けて、他の国々が3国ずつまとまっては続々と新たなAxisを形成する。
"Cuba, Sudan, and Serbia said they had formed the Axis of Somewhat Evil, forcing Somalia to join with Uganda and Myanmar in the Axis of Occasionally Evil"以下延々と続く。
最後は
"Israel, meanwhile, insisted it didn't want to join any Axis, but privately, world leaders said that's only because no one asked them."と、おなじみのユダヤ人ジョーク。
***
ということで、アメリカ人だって自分を笑い飛ばすことができるのでありました。
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3 月 26, 2003
将来を考える国・現在を考える国
シリコンバレーに住む日本人2人からもらった、彼らの今回の戦争についての意見のメール。私自身の気持ちにとても近い。
一人は、
「今朝テレビで、フロリダの基地で演説しているブッシュを見ました。
いつもの Freedomとか Peace等の美辞麗句が並んで、悦に入っている彼の顔を見ると、生理的に嫌気してしまいます。」
という。いや、その通り。芝居がかってると言うか、重みがないと言うか。
しかし、同じ彼はまた
「いっぽう、私の職場には湾岸戦争後にイラクから亡命してきた人が働いてます。
彼は、やはりフセインが大嫌いで一家ともども国を離れ、USで暮しています。」
ともいう。
そうそう、そうなんだよなぁ。実際アメリカで暮らしていると、アメリカの鼻持ちならない嫌なところの陰に隠れた良いところが見えてくる。例えば、国を追われた人・発展途上国で貧困に苦しむ人を大盤振る舞いで受け入れてきたところはやっぱりえらい。安価な労働力を増やすとか、世界の頭脳を集めるとか、下心はあるかもしれないけれど、理由はともあれアメリカの大盤振る舞いで結果的に救われた人はいっぱいいる。しかも、アメリカという理念とシステムを受け入れさえすれば基本的には誰でも「アメリカ人」になれる。(これがどれくらい変わったことかは、「日本人」の定義を考えれば明らかだろう。7世代くらい日本でreproductionを繰り返さないと「日本人」になれないんじゃないだろうか。参議院議員のマルティ・ツルネンさんを「日本人」だとあっさり思う人は少ないはずだ)。
というわけで、アメリカには「アメリカという国があってよかった」と胸をなでおろしつつ生きている人がそこここにいる。
***
もう一人は、イラク攻撃の根拠の薄さに不快感を示しつつもこういう。
「私は基本的にHusseinのようなヤクザ的存在は大嫌いですから、害虫退治も理解できます。ヨーロッパの国々みたいに、『腫れ物に触らない』『ヤクザとは共存しよう』という態度にはゲロゲロです。」
9・11はアメリカという国に対する宣戦布告だった。少なくともアメリカに住む多くの人々はそう思ったはずだ。以降、アメリカは一人で戦争状態に突入している。他の国から理解されないまま、アメリカは1年以上も戦っている。
その戦争の中、「このままテロを放置したら、将来さらに激しいテロが起こる可能性がある」という「最悪の将来シナリオ」を考えて、「テロを擁護(しているかもしれない)イラクを攻撃する」という現在の行動を起こしたのが、今回の戦争とも言える。石油を確保するとか、これまた様々な「下心」が取りざたされるが、「表向きの理由」であるところの、「アメリカを守る」というのも決して嘘ではないと思う。
アメリカという国は「将来を深く考えて行動を起こすことが得意な国」である。「将来起こるかもしれない問題を未然に解決するために、最善の行動をとる」ということがビジネス、政治から医療まで深く浸透している。Silicon Valley & Autismに書いたように、2歳半の子供に自閉症の可能性があったら、その診断が不確かであっても治療を開始する国だ。こうした「将来の問題を解決するために今行動を起こす」ということが、今回の戦争の背景にあり、これが正しいと思う人が多いことが、10人に7人以上のアメリカ人が、今もなお参戦を支持する理由の一つだろう。(「兵士が国のために戦っている以上は、戦争に反対したくない」というのも、私の会うアメリカ人の多くがいう理由ではあるが)
対して日本は「現在を深く考えて行動するのが得意な国」だ。小賢しく理由を問うことなく、プロセスに磨きをかけて「一期一会」の一瞬を「今」に実現しようとする。アメリカ型と日本型、いずれにもメリット・デメリットがあり、どちらがよいというものでもないが、この二つのいずれかの思考方法にどっぷりつかった人が相手の思考パターンを理解しようとするのは難しい。
加えて、「ヨーロッパは過去を深く考えて行動するのが得意だ」と言えると美しいし、知ったかぶり・聞きかじり・読みかじりの知識では多分本当にそうなんじゃないかという気がするが、残念ながらそこまでヨーロッパ人の深層心理を知らないので、これはわからない。
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3 月 23, 2003
身近な戦争
戦争である。ローカルテレビの天気予報まで、San FranciscoからNapaにかけて明日は雨、と言った直後にイラクの天気が出て、一瞬「Bay AreaにBaghdadという地名があっただろうか」と戸惑ってしまったくらい。
この戦争について語れるほど、私はイスラムとユダヤ問題も、石油事情も、Al-Kaedaとイラクの関係も深く知らない。かといって、戦争を見ない振りして他の事を語る気にもなれない。なので、「私の身近な戦争」について。
***
私にとって戦争はいつも「歴史上のできごと」だった。その帰結が全て明解になった何十年後かに分析されて語られる「戦争」。善悪の評価が付いた後で語られる戦争。全ての人が第3者として、評論家として語る戦争。
私の身の回りで一番戦争に近かったのは、軍人だった父方の祖父だろう。第二次世界大戦で太平洋の島々に戦いに行ったらしく、軍服の写真が田舎の家には飾ってあった。白黒でピンボケでほこりをかぶっていた。しかし、祖父からは一度も戦争の話を聞いたことはなく、私にとっての戦争は古ぼけたフレームに収まった白黒の写真そのままに、抽象度が高いままだった。
***
アメリカに越してきてから、ダンナと友達夫婦と4人で食事をしたときのこと。ダンナの両親は中国の国民軍で、共産党革命で本土から逃げて台湾に渡った、という話になった。彼の父親は、まだ小さいうちに、他人の家の豚小屋なんかを転々としながら命からがら逃げて海岸線に辿り着き、やっとの思いで船に乗って台湾に着いたらしい。母親の方は、もう少し裕福だったので、そこまで悲惨な逃避行ではなかったようだが。
友達のほうは奥さんが中国系、ダンナさんがベトナム人である。奥さんの両親はうちの義理の両親同様、共産党革命で本土から台湾に渡ったくちだ。しかしダンナさんの方は、自分自身がベトナム戦争を逃れてきたのだ、という話になった。当時7歳くらいだった彼は、父親が軍人だったので、サイゴン陥落時の米軍の最後の船に乗って、アメリカに亡命してきたのだそうだ。最後は、それはあわただしく、父親が突然血相を変えて家に走りこんできて、着の身着のままの家族を取りまとめて港まで走ったのだという。父親が家に来てから陥落まで30分もないという、生死をかけた一瞬だったらしい。「でも、僕は子供だったから、大勢子供も乗っている船旅は結構楽しかったよ」と笑っていたが。
ベトナム戦争は、一応私は記憶にないでもない。2歳くらいの頃にベトナム戦争に反対して焼身自殺した女性を主題にした「フランシーヌの場合」という歌がはやったが、そのサビは今でも歌える。でも、やっぱりベトナム戦争は「歴史上の出来事」という認識しかなかった。もしくは「テレビの中の出来事」と言ってもいいだろう。
サイゴン陥落の日に走って逃げた彼は私とほぼ同じ年だ。アメリカでは大学院まで出て、今はシリコンバレーのハイテク企業で普通にプロダクトマーケティングなどしている。そんな「普通の人」が、映画かテレビの一場面のように生きるか死ぬかの瀬戸際を走って逃げてきた、という違和感。
食卓を囲む4人のうち3人までが自分か両親が戦争(か内乱)を脱出してきて、私だけが「戦争は歴史上の出来事」と思えるような平々凡々たる恵まれた人生を送ってきていたのだった。
***
それ以外でも、当地では、「父親が暗殺された」フィリピンの女性、内戦下のニカラグアでアントレプレナーとして事業を成功させた男性、などなど、「緊迫した情勢をかいくぐってきた人」に時々出会う。
そうした「自らが戦争の近くにいた人たち」を間近に見た後での、今回の戦争で思うのは「私だったらどうするだろう?」ということだ。「歴史上のできごと」ではなく「自分にも起こりえること」として考えるとき、その判断はとても難しいものになる。
私がブッシュだったらどんな決断をするか?次の巨大テロを起こさないためには、いったい何をしなければならないのか?UNのバックアップを取り付けることは可能なのか?可能でないということはいつ判断すればいいのか?
***
日本の母親が「アメリカ人は80%も今回の戦争に賛成だと聞いた。けしからん。」といって怒っていた。どこから取った数字かわからないけれど、多分本心から賛成している人はそんなに多くないはず。ただ、いったん戦争が始まった以上賛成する、という人は多いのは確か。20歳前後の若者が多数戦場で戦っている。「国のために命を懸けて戦う人がいる以上、簡単に戦争反対なんていえない」という人たちがたくさんいるので。
当事者として、実際に起こっている渦中で、ものごとを判断していくことは、複雑でとても難しいことなんだなぁ、というため息が結句です。
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3 月 19, 2003
景気と戦争
今日、昔隣に住んでいたMikeと話した。MikeはVerityという公開企業のVP of marketingである。売上げは2Q前に底を打って、回復基調だそうだ。しかし、そう話している最中にバグダッドへの攻撃が始まった。戦争ともなれば、最低数週間は企業活動がストップするから、またしばらく様子見だ、と苦笑。
著しく優位性を持った最新鋭の軍事力を持つアメリカの侵攻が今まさに起こっているかと思うと、なんだか自分のしていること全てが空虚なことに感じられる。早く終わることを祈るのみ。
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M&Aと株価
M&Aでは通常、売り手の会社の株価が上がり、買い手の会社の5-6%株価が下がる。「高買いする」という経験則があるからだ。これはインターネットオークションなどを経験した人ならわかると思うけれど、ついつい「買う」ということに興味が集中してしまい、リーズナブルな値段より高い値段で買ってしまうことが多い。
半導体メーカーのGenesisが同業のPixelworksを買うことが発表されたが、今回は買い手ののGenesisの株が上がった。San Jose Mercuryの"Genesis to acquire Pixelworks"という記事には
Genesis shares rose 3.4 percent Monday. Pixelworks shares fell 21 percent
とある。
なぜだ、と思ってReutersの発表の方ををよく読むと、実はreverse mergerで、Pixelworksの方がGenesisの株をプレミアムを払って買い取るような形(つまり通常の逆)で、しかし結果的にはGenesisがマジョリティーを握ることになるのである。いろいろなワザを繰り出すものだ。
ちなみに、HPがCompaqを買収すると発表した日、HPの株価は1日でなんと19%下がった。
***
一方「戦争が来る」という恐れで低迷していた株価が、Bushの演説で戦争が始まることがほぼ不可避となったことが明らかになるや上昇。「不確実な状態で待つよりも、さっさと戦争が始まる方が、さっさと終わる可能性が高いので好ましい」ということらしい。いかにももっともらしい理由ではあるが、よく考えれば「不確実な戦争より確実な戦争の方が好ましい」という全くもってわけがわからない屁理屈ではないか。Sorosが「reflexibility」という言葉で、「株価は経済原則じゃなく、心理戦」というのような意味のことを表現していたが、まさにその通り。詳細は、Financial Timesの記事"Wall Street welcomes clarity on Iraq"にあるとおり、
At 1230 GMT the Dow futures were up 108 points, after the Dow soared 282 points in the previous session. The S&P 500 futures were 9.4 points above fair value and Nasdaq futures were 13 points higher.
しかし、Bushの演説を聞いても全然怒りを感じない。日本にいるときは、日本の政治や経済のニュースの多くに、心拍数が上がる怒りを感じたのに。なぜだろう、と考えた。やっぱり距離があるから、だろう。アメリカという国と私の間の距離だ。Bushの演説でも「なるほど、イラクの兵士に語りかけたりするんだ。」とか、「ということは、実はイラク国内クーデターの可能性も探っているのか」とか、Bushの意図を探るという好奇心・知的関心の方が強い。
適度に距離があるというのは心の平安を保つにはなかなかよいことなのである。
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3 月 16, 2003
人生とお金
IP Infusionのファウンダーの吉川さんと話していたら、「ある人に『できれば40までに家に300万ドル入れろ。最低でも100万ドルは入れられるような人生設計をしろ』といわれた。考えさせられた。」と。IP InfusionはSan Joseにあり、Intelからも出資を受けているrouting softwareを開発する会社。
額については、吉川さんと別れた後で「税前かな?税引き後かな?」とか、「トータルで家に入れるお金かな?それとも余剰資金かな?」とかいろいろ考えたのだが、多分「税引き後・余剰資金として、40までに300万ドル」ということじゃないかと思った。(吉川さん、違っていたら教えてください)
そう思った理由はこんなところだ。
1)シリコンバレーでは40半ばから転職-abilityが低下する
2)ということは40代前半までに、その後の人生のかなりをカバーできる蓄財をしておくのが安心
3)人生何歳まで生きるかわからないから、元本は手をつけず、利回りだけで食べていけないとダメ。100万ドルで5%で運用したら5万ドル、シリコンバレーより生活コストの安い地域に移れば生活していける。300万ドルあったら、家購入で100万ドル使ったとして、残りの利回りが10万ドル。これだったらシリコンバレーでも暮らしていける。
ちなみに吉川さんはまた同じ人に「事業に自分の金を投入するな。リスクが高すぎる」とも言われたと。起業はハイリスク・ハイリターンだが、起業家の人生は起業家が守らなければならない。無防備・無手勝流では危険過ぎるのである。
***
吉川さんはまた、
「日本に住んでいたときは3000円のワインを安いと思って買っていたけれど、今は14ドルを越したらちょっと考えてしまう」
とも言っていた。確かに私も日本では3000円のワインを軽い気持ちで買っていた。でも今は、家で普段飲むなら10ドル以下、ちょっと友達でも来るというときで15ドルくらい。ベルギー出身のちょっぴりノーブルな雰囲気の友達がいるのだが、彼の家のパーティーで一本1ドル99セントのワインが山のようにサーブされたこともあった。(といっても、Napaの結構まともなワインなのだが)
***
昨日ダンナと車で出かけたら、途中で銀行に寄りたいという。何かと思ったら溜まった小銭を貯金するのだった。(銀行は土曜も営業している)
家に、「電動小銭振り分け機」があって、25セント、10セント、5セント、1セントと、コインを分類、いっぱいになると筒状の紙でラップする。それが溜まったら銀行に持っていく。いつもながらマメなことだと感心して、銀行の駐車場で待っていたら、隣に高級そうなレクサスが止まって、そこからアジア系の男性が降りてきた。見ると手に大きな布の袋を持っている。明らかにコインがずっしり入っている感じ。彼も小銭を貯金に来たのだ。
昔日本で同僚だった30代の男性が、いつも会社の机の引き出しに小銭をポケットから移していて、いっぱいになると、引き出しごと引っ張り出してゴミ箱に捨てていたのを思い出した。さすがにそこまで大雑把な人も少ないかもしれないが、「高級車に乗って銀行に小銭を預けに行く」って、日本だったら守銭奴扱いだろう。週刊誌の表紙の見出しになりそうだなぁ、なんて思ってしまった。
「1円を笑うものは1円に泣く」ということはよくわかっているのだが、やっぱり私はお金の大切さが骨身にしみてわかっていない。ダンナやレクサスの男性を見て、つくづく思った。
***
日本にいた頃、「お金というのは、最低限の生活に困らないくらいは、空気のように自然に存在する」と思っていた。最近日本から来る若い人と話していても「お金は特にいらないんです」といわれることが多い。でもそれは「最低限生活する程度のお金には一生困らないはず」という暗黙の前提があって「それ以上のお金は特にいらない」と言っているのに違いない。まさか、「ホームレスになってもいいんです」という意味ではあるまい。
でも、職業の安定性が非常に低く、老後の蓄えも自己リスクに負かされている当地の生活の中では、昨今の不景気もあって、「金がない老後は惨めな老後」というイメージがリアルにある。「一生毎日安心して生活できるだけのお金をどうやって手に入れるか」というのはとても重要な命題なのだ。
当地では、金銭的に成功することを「financial freedomを手に入れる」という言い方をすることが多い。financial freedomは「それ以降の人生でお金の心配をすることなく生きていける額のお金を手に入れること」ということになるので、通常は数百万ドル以上となろう。
***
昔日本である著名な独立コンサルタントの人が「自分は年収が1000万円あれば満足」と言っていた。でもそれって「生涯にわたって毎年1000万円使えたら満足」という意味なんじゃないだろうか。とすると、利回りがほぼ0に近い日本ではあるが、なんとか3%で回すとしても3億円超の貯金がリタイアするときに必要。30年で3億円貯めるとしたら(利子がないと仮定して)毎年1000万円ずつ貯金しなければならない。税引き後で1000万円貯金するには、3000万円くらい年収がないと無理なんじゃないだろうか?
プロとして通用する年数が、スポーツ選手的に短いシリコンバレーでは、もっと急速に蓄財しないとならないことになる。みんなそのリスクを感じているから、トータルで年収が30万ドルを超すような夫婦でも質素な生活の人が回りにはとても多い。
***
「いつかはリタイアする」
「リタイアした時点で、それ以降利回りで生活していけるだけのアセットがある必要がある」
この二つのことが、なんだか日本にいるときはぼやけてわからなかったような気がする。(年金はやむなく積み立てていたが、絶対まともに支払われることはないだろう、とは思っていた)単に若かっただけかもしれないけれど、やっぱり「お金は空気のように自然に供給されるもの」というわけのわからない信念があったような気がしてならない。
日本では、多くの若い人がフランスやイタリアの十万円を越すような鞄を買っているようだが「老後の蓄えは大丈夫?」と他人事ながら不安になってしまう。
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3 月 15, 2003
Freedom Fries
戦争反対の立場を貫くフランスに抵抗して、議会食堂がFrench FriesをFreedome Freisに名称変更。もちろんFrench ToastはFreedom Toastになった。詳しくはCBS Newsへ。

Lebanon Daily Newsにまで書かれている。
そんなこと本気でするか、と思うがしてしまうのだな。もちろん国民は笑っている。友人たちとのディナーでも「Congressがそんなことに時間を使ってる場合か」と怒りながらもみんなで大笑い。
しかし、Yahoo UK&IrelandによればFrench Fryは実はベルギー発祥の食べ物だから、お門違いと。確かに昔ベルギーに友人を訪ねて遊びに行ったら、そこここの街角の屋台でFrench Fry(とは彼らはもちろん呼ばないが)が売っていた。本場ベルギーではマヨネーズをつけて食べる。
***
ちなみに、ある国(や地域)の名前が付いた食べ物が、その国(や地域)にいくとない、というのはよくあること。アメリカンコーヒーがアメリカではない。というか、標準的に飲むのが薄いアメリカンコーヒーだからだが。
ドイツでは「ハワイアントースト」というものがあるらしい。パイナップルが乗ってる子供に人気の朝食だそうだ。ドイツ人がハワイにバケーションでやってきて、ホテルの食堂で高らかに「ハワイアントースト」と頼んで変な顔をされた、とか。
食べ物じゃないけどよく知られている表現ではGo Dutchがある。割り勘。オランダで、現地の大学生に「Go Dutchってどういう意味か知ってる?」と聞いたら
「知らない」ということでした。やはり、というか意外にも、というか。
彼は続けて「だけど、きっと『ケチ』に関係することでしょう」と、かなり正しい推測。オランダ人はヨーロッパ中からケチの評判をもらっているんだそうだ。説明してあげたら「確かに僕たちはいつでも割り勘だ」と。さらに、彼らの間では「Go American」という表現があるといっていた。「大勢で食事をしているときに、誰か一人がテーブルの人全員に飲み物をおごること」だそう。アメリカ人は時々そういうことをする。どうせだったら全部おごってくれればいいのに、なぜか飲み物だけおごってくれるのである。(ただし、その後別のオランダ人にこの話をしたら「Go Americanという表現は聞いたことがない」と言っていたので、それほど普遍的に使われている表現ではないようだ。)
Go Dutch, Go Americanの例に倣って、勘定の払い方のお国柄で言えば日本式も結構特殊なので、Go Japaneseという表現も使えるかもしれない。10円単位まで正確に割ったり、男女で2:1にしたり、年功序列で5:4:3:2:1と細かく割ったり。この几帳面さを説明すると、大抵感動される。しかし、ある人には「ドイツ人と一緒だ」と言われたが本当だろうか。
さらに、中国式でGo Chineseというのも使えるかも。「私が払う」と面子をかけて戦い、請求書がヨレヨレになるまでみんなで奪い合うこと。でも、基本的には年長者がおごるのが暗黙のルールらしいので、戦いの果てに、若者が手加減して年長者に払わせることになるらしい。ダンナ側の親戚が集まると、このバトルが繰り広げられる。年齢の上下関係があまりないと、戦いの激しさは増すらしく、私の義理の母は、相手に払わせないために、請求書をびりびりと破り捨てたことまであるらしい。激しいなぁ。
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eBayと放送禁止用語
eBayが、N-word(ニグロに類する言葉)追放に向けて一歩前進。オークションに出すものの説明でN-wordをインプットするとポップアップスクリーンで警告される。
こちらは、超ローカル新聞のSan Mateo County Newsの記事。
When a seller uses the n-word in an item description, a new box will automatically pop up on the computer screen. It will tell the seller that the listing contains a word which may be "highly offensive to many in the eBay community"
ということ。でも「禁止」ではない。歴史的に意味のある書物などで、タイトルにN-wordが入っているものもあるからとのこと。要は、N-wordが正しいcontextで使われてればOKなのである。
***
日本の出版物向けに「黒人」と書いたら、「アフリカンアメリカン」としてください。といわれて、そんな長い呼び名を何回も使ったら全体の文字数がオーバーしてしまうので、ある章を丸ごと削除したことがあった。黒人差別問題の本拠地、アメリカでも新聞なんかではblackという表現をよく使っているのに。正直なところ「羹に懲りて膾を吹く」って感じだよなぁ、と思った。
「黒人」以外にも、日本には様々な「放送禁止用語」がある。身体障害・精神障害関係は相当まずいようだ。「サイコパス」も使ってはいけない言葉らしい。今にHitchcockのPsychoは上映禁止になるかもしれないから、早めに見ておいたほうがいいかも。
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禁止用語に関しては、昔作家の筒井康孝がたいそう憤慨して書いたエッセーを読んだことがある。当時、「・・・に不自由な人」という言いかえがはやっていたらしく、ちょっと正確な表現は忘れてしまったが、例で言うと「めくら」を「視力に不自由な人」という感じに書き直しさせられたらしい。で、「今に『サラリーマン』は差別用語だから『小額の金銭に不自由する人』と呼ばなければならなくなるだろう。しかし、正確に表現すればするほどつらさが増すではないか」という類のことを書いていた。
昔同じ会社の人でちょっと大きめの人がいた。真夏に大勢で1台のタクシーになることがあって、「自分が隣に座ったら暑いだろうから助手席に乗る」と宣言。
その前に一度、確かNHKの番組で「太っている人の周りは涼しい」ということを証明するのを見たことがあった。小さな密室を2つ用意して、それぞれに太った人数名、痩せた人数名を閉じ込めしばらくそのままにする。太った人たちは、みな汗だくで苦しそうで見るからに暑苦しい。痩せた人たちは、淡々と世間話などしてて涼しげ。しかし、室温を測ってみると、太った人たちの個室の方が涼しいのである。痩せている人は、エネルギーを体外にどんどん発散させるから痩せており、太った人はエネルギーを溜め込むから太っているのだから、という説明。エネルギーはもちろん熱となって放散されているのである。
それをタクシーの中で説明したら
「そうか、じゃあ僕は『実はそうではないが、見た目だけが暑苦しい人』なのか。でも、そういう風に正確にいうとなんだか余計逃げ場がないな」と苦笑していた。
放送禁止用語置換ルールに従えば、「涼しげな見た目に不自由する人」となるのだろうか。
***
ちなみに、N-wordに相当する日本人の呼称はいわずと知れたJAPだが、これが日本人の蔑称と知らない若い人も結構いる。むしろ「Jewish American Princess」の略の方がよく知られているかも。「鼻持ちならないわがままなユダヤ系アメリカ人の若い女性」という意味。もちろん、本人に向かっていったら張り倒されます。
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3 月 14, 2003
人生相談
アメリカの新聞の人生相談が好き。毎日読む。欠かさず読む。最初に読む。
人生相談はAdvice Column。何人かの有名なadvice columnistがいて、その人たちのアドバイスは毎日全国の新聞に配信されている。普通の人生相談もあれば、マナーに関するものだけ、というのもある。それほど有名でないコラムニストだと、若い人向けにデート専門、ファッション専門、てのもある。作家などが片手間にするのではなく、プロのadvice columnistがいるのである。
好きな理由は三つ。
1)アメリカ人が日常の中で何をなぜ悩むのかがわかる
2)誰も教えてくれない微妙な常識が学べる
3)役に立つ教訓をケーススタディー的に学べる
まず1)のアメリカ人が何を悩んでいるのか、について。
こんな変なことを悩んでいるのか、という意外な悩みも多いのだが、それ以上に私が感じるのは
「大雑把で気の強そうなアメリカ人も、実は意外に細かい人間関係なんかでくよくよ悩んでいるんだなぁ」
ということ。 例えば、
「私の庭はnatural gardenで、野原に生えているような草花を大事に育てているのだが、訪れる親戚・知人が親切心で『あら雑草』と抜いてしまうことが多い。どうしたらいいか」
とか。私が昔持っていた「アメリカ人」のイメージだと、そんな時ははっきり「抜かないで欲しい。」と、なんのてらいもなく言えるのがステレオタイプ。しかし、やっぱりそれが言えない人がいるのだ。当たり前といえば当たり前だが、ステレオタイプというのは恐ろしいもので、私はへー、と意外に感じた。
なお、驚くのはパーティーに関する相談がものすごくたくさんあること。誰をどうやって招待するかとか、招待しない人が着ちゃったらどうするか、とか、いろいろと細かいことをエライ気にしている。
「ディナーパーティーのテーブルの上のろうそくはいったん火をつけて、芯を黒くしておくのがマナーと知人に言われた。本当か」
とか。 パーティーの一環で「結婚式」に関するものも多数。
次は、2)の微妙な常識が学べる、について。
その昔、日本の雑誌でとある有名人が
「20過ぎまで洋式トイレはフタを抱くように座るものだと信じていた。(つまり普通と逆向き)ところがある日、他人がトイレに走りこんで、座りながらドアを閉めるを目撃、『あ、あの人逆向き』と思ったのだが、ふと、『もしかして逆なのは自分?』と思ってこっそり調べたら、間違っていたのは自分だった」
というようなことを書いていたことがあった。 他人の国の常識には、この「トイレ」に似たようなものがたくさんある。つまり、全く間違ったことをしていても、他人がどうするかを見ることはないので、いつまでたっても気が付かない、ということ。
例えば、パーティーに呼ばれたら、
a)他に誰が来るか確認
b)服装を確認
c)家に帰ったらすぐに礼状を書く
んだそうだ。
このうちc)は「トイレ逆すわり」的失敗をする可能性があるもの。家に帰った後でカードを出すなんて、言われなければわからない。 なお、a)b)はもちろん、明らかに答えがわかっていれば必要ないが、結構
「自分たちだけが招かれたカジュアルな夕食だと思ってジーンズで登場したら、実は数組のほかのカップルも招かれているフォーマルなセッティングのもので、みんなかなりドレスアップしていた・・・・冷や汗」
てなことは十分ありえるのである。シリコンバレーの場合、いくらなんでもスーツを着てくる人はいないが、女性は肩の出るトップ、男性はドレスシャツにスポーツコートくらいのことはある。
3)の役に立つ教訓、については、去年亡くなった著名advice columnistのAnn Landersが良く使っていた言葉で、とても心に残っているものがある。それは 「Nobody can take advantage of you unless you let them」 というもの。これ、座右の銘です。


